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米ファストフード業界で「時給15ドル」要求ストをめぐる議論 - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2013年12月12日 10時30分

 今年の夏以来、アメリカでは「ファストフード業界の時給を15ドルに」という要求を掲げた運動が続いています。この運動ですが、必ずしも組織された一つの運動というのではなく、色々なバリエーションがあります。

 1つには、連邦政府として、つまりアメリカ全国に適用されるものとして「最低賃金を15ドルにせよ」という要求。

 もう1つは、冒頭に述べたように「マクドナルドやウェンディーズ、KFC(ケンタッキーフライドチキン)などのファストフード・チェーン」あるいは「ファミリーレストラン・チェーン」に関して、「最低時給を15ドルにせよ」という要求。

 更にこれ以外にも、ファストフード・チェーンに加えて「ウォルマートなどの低賃金雇用」に関しても「最低時給15ドルを実現しよう」という要求。

 という具合です。ちなみに、3つ目の「ファストフードに加えてウォルマートなども」という主張は、ビル・クリントン政権当時の労働長官(日本の大臣に相当)だったロバート・ライシュ氏が主張して、請願のための署名運動を行っています。

 参考までに、現在の連邦最低賃金は1時間7ドル25セントですが、オバマ大統領は今年の年頭一般教書演説で、これを「10ドル10セント」にしようと主張しています。ただ、その演説の時点では「非現実的」という受け止め方が多く、その後はこれを実現する方向での具体的な動きはありません。

 そんな中、12月5日の木曜日。「ファストフード・チェーン」を中心とした外食産業で「一斉ストライキ」が行われました。「一斉」と言っても、全米で100カ所程度に過ぎなかったようで大きな動きではありません。

 業界全体として組合の組織率は低く、中には個人でのストライキ参加というケースもあったようですが、その場合は雇用主から「不快感」を示されたとか、「スト参加を見抜かれて事前にシフトから外される」ケースがあったなど、力関係としては決して強力な「運動」とは言えない「一斉スト」でした。



 ただ、ストライキ中の労働者がデモを行っている様子などは、全米のメディアで報道されましたし、同時に賛否両論がネットの記事や、SNSでかなり広範な形で盛り上がっていたのは事実です。

 賛成論としては「若者の雇用環境が改善する」であるとか「購買力が広い範囲で改善され国内消費に寄与する」というような説に加えて、「ブランドの社会的イメージが向上し企業側にも有利」などというものもありました。

 反対論としては「廉価なファストフードが値上がりすることでインフレを加速する」とか「時給が大幅にアップすれば自動化が進んで雇用が縮小される」、あるいは「一社だけ改善しても、他が追随しなければ失敗するだけ」など、色々な声があります。中には「現在の時給でも採用待ちの予備軍が大量に存在する中で、時給アップを主張した人間は解雇されるだけだろう」というような悲観論もありました。

 企業側のコメントとしては、ウォルマートの「反論」が徹底していました。「そもそも人件費を大幅アップさせたら、巨大な雇用創出ができなくなる」とする一方で、「実際は最低賃金での雇用は少ないので、最低額を時給15ドルにしても全体への改善効果は少ない」などとして正面から要求を拒否しています。

 その一方で、今回話題になったマクドナルドはコメントを出していませんが、この会社の場合はオペレーションの多くがフランチャイズであるために、本部として現場の各店舗レベルの雇用に関するコメントは出しにくかったという解説もあります。

 この「ストライキ」と、これに付随した議論というのは、それ以上でも以下でもありません。そして、もしかしたら、この「スト戦術」というのは効果を生まないのかもしれません。そうではあるのですが、少なくともこうした運動が行われ、そしてそれに関する議論が盛り上がったということ自体は、決して悪いことではないように思います。少なくとも、こうした動きや議論があることで、アメリカ社会は「閉塞感」を緩和できているように思います。

 また賛成論と反対論というのは、明らかに民主党と共和党の対立軸を反映したものではありますが、お互いを罵倒するようなムードや、最初から決裂を決め込んで双方が絶叫調になるということもありませんでした。何よりも、労働者の「団体交渉権」という権利そのものは、「嫌い」であるとか「反対」という共和党系の人も含めて、とりあえず「権利」として社会的な認知はされている、そう見ても良いと思われます。

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