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汚染水の語られざる現実【前編】

ニューズウィーク日本版 2013年12月24日 16時13分

 古い話で恐縮だが20年近く前、ケビン・コスナー主演の映画『ウォーターワールド』が公開前から大変な話題を呼んでいた。人類の破滅を描いた壮大なSF作品だからではなく、海上にセットを組んで撮影するという無謀な試みゆえ、映画史上「最も金の掛かった作品」となっていたからだ。

 だがふたを開けてみると評価は分かれ、観客の入りも思わしくなく、メディアには史上最大の失敗作と酷評された。

 いま福島第一原子力発電所でも、次元は異なるが「ウォーターワールド」問題が起きている。とにかく水が手に負えない(しかもこちらの水は放射能で汚染されている)。どこかで水が漏れるたびに批判的な報道や論評があふれ出し、対策費はかさむばかりだ。

 もちろん、福島は映画ではない。現実であり、国家を巻き込んだ重大事態である。事故発生から2年半が過ぎた今も、まだ汚染水との戦いが続いている。原発の敷地内には地下水と雨水が入り込み続け、放射能に汚染されている。これを封じ込めるのは至難の業と言えるだろう。

 汚染水を貯留するため膨大な数のタンクが建設されているが、タンクの数が増えれば増えるほど水漏れのリスクも増え、そのたびに大きく報道されて批判の声が高まる。この方法が持続可能でないのは分かっているから、政府は汚染水の増加を止めるために新たな対策を考え、予算を投入している。

 それでもいつかは汚染水を捨てなければならない。だがどの段階で、どれだけの量を、どこへ捨てればいいのか。こうした重大な決断には国民の参加が不可欠だ。汚染水に関わるさまざまな問題をよく理解した上で、確かな情報に基づいた議論をし、福島原発の未来をみんなで考えていく必要がある。

 汚染水漏れや現場作業員の被曝、近海の魚から検出された放射能など悲観的な話題が多いのは事実だが、冷静に考えてみれば状況はそれほど悪くない。安倍晋三首相が9月のIOC(国際オリンピック委員会)総会で状況は「コントロールできている」と宣言したのも、あながち根拠なき主張ではない。

 福島では放射能対策のために気の遠くなるような作業が行われている。それがあまり報道されないのは、作業がわりと順調に進んでいるからだ。今のところ核燃料の安定化は成功している。失敗すれば大変な被害を及ぼすから、これは最大の優先事項だ。



 原子炉内に残る核燃料も使用済み燃料プールに保管されている燃料棒も、11年秋以降は安定している。急造の冷却システムがうまく機能しているからだ。4号機の使用済み燃料プールから燃料棒を取り出して、作業員が近づける場所に移す準備も進んでいる。放射能は自然に減っていくから、燃料棒が過熱する可能性は時間の経過とともに減少している。

 その他の対策も、それなりに成功している。フィルターと建屋カバーによって空気中への放射性物質の拡散は遮断されているし、放射性物質を含んだちり粒子の再飛散も吸着剤によって最小限に抑えられている。

 困難な条件下で大量の汚染水を封じ込める仕組みも、ある程度は有効に機能している。汚染水の大部分は現在、建屋の地下、各種トレンチ(地下道)、専用のタンクや貯水池にためられている。

 しかし、このような封じ込めの努力は、地下水と雨水という容赦ない自然の力に脅かされている。汚染水の量が増え、漏水のニュースが度重なって、すべての汚染水をいつまでためておけるのか、そもそもためておくのは賢明なのか、ということを考えなければならない。

 当面の重要問題は汚染水漏れだ。しばしば混同されていることだが、地下水によって運ばれる放射能汚染の問題と、タンクなどからの漏水問題は性質が異なる問題だ。

 地下水、雨、潮の干満など天然の水の作用で引き起こされる水の汚染は通常、放射能の濃度が比較的低いが、水の総量は非常に多い。一方、タンクや処理システムからの漏水では、汚染水の量は少ないが、放射能の濃度は前出の天然の水のケースより高い。この2つの問題には異なる種類の困難があり、別々の解決法が必要だ。

 被害を受けた原子炉建屋はそれぞれ地下の水路やトンネル、トレンチでつながっており、汚染水が移動する通路はいくつもある。ロボットによるビデオ撮影で分かったことだが、これらの水の流通経路のうち少なくとも1つを通じて、きれいな地下水が建屋の汚染された地下に入り込んでいた。これによって、ためておかなければならない汚染水の量が増えている。

 システム内部の汚染水は1日当たり約400トン増加する。大型ガソリン運搬車に換算して13台分だ。しかも、これは流入分から流出分を差し引いた量にすぎない。最近、地下水のサンプル検査で分かったところでは、建屋の地下やトレンチから汚染水が漏れて、その地下に染み込んでいる。地下水は海に向かって流れ、海の水には満ち引きがあるから、汚染水の一部は原発の港湾部に運ばれていく。

 東京電力は8月に、このような汚染水の漏れは事故当時から発生していたようだと結論づけている。これは周辺に流出し、海に流れ込む放射性物質の最大の経路ということになる。



タンク漏れの害は小さい

 雨水も複雑な要因だ。パイプから水が滴っていたり、その下に水たまりがあるのが目視で確認されれば、漏水の可能性を調査する必要があるが、雨が降るとどこもかしこも調査しなくてはならなくなる。

 雨水自体もチェックし、処理しなければならない。この秋は2度も台風による大雨が降り、タンクエリアのせきは縁まで水でいっぱいになった。この水も、少しでも汚染されれば貯留しなければならなくなる。

 貯留タンクも大問題だ。現在、約1000基のタンクがパイプでつながれており、合計でオリンピックの競泳用プール120個分に相当する水でいっぱいになっている。汚染水は増え続けるから、さらに多くのタンクを建設中だ。

 膨大な数の貯留タンクを建設し、管理するには途方もない手間が掛かる。一部のタンクに不備があって漏れが見つかる事態もある意味、起こるべくして起きた。

 今年に入って、程度はさまざまだがタンクの漏水が何度も見つかっている。そのたびに大きく報道されているが、このようなタンクやパイプの漏れであれば、その影響はごく限られたものと考えていい。

 タンク内の汚染水のほとんどは、セシウム除去のフィルターを通して(完全な除去はできないにしても)放射能のレベルを大幅に減少させた後のものだ。それにこれらのタンクは海から何百メートルも離れているから、タンクからの漏水で海水が汚染される可能性も低い。

 8月には1度、約300トンという飛び抜けて量の多い汚染水漏れが見つかり、このときは原子力規制委員会が国際原子力事象評価尺度(1〜7レベル)でレベル3の「重大な異常事象」だと宣言している。

 それでも外部の環境に漏れ出した放射性物質は、海岸線での放射能計測値にまったく変化が出ない程度のものだった。このときに比べれば、その他の漏水ははるかに影響の小さいものだった。

 タンクからの水漏れくらいは心配ない、と言うのではない。汚染水のモニタリングと管理だけでも大変な作業であり、疲弊している現場の作業員にさらなる重荷を課すことになる。

 タンクの水漏れは、作業の質より量とスピードが求められる、場当たり的な応急処置の当然の結果でもある。だから長期的な解決策とならないことは想定済みだ。汚染水漏れのニュースは不安をあおり、不安ゆえに健康を害する人もいるだろう。

 だがタンクから漏れた水が環境に及ぼす影響は微々たるものだ。むしろ影響が大きいのは地下水の汚染で、対策もそこに焦点を当てるべきだ。



 既に大きく報じられているが、日本政府は問題の核心に切り込み、地下水問題に対処するために470億円を投じて以下の3方向からの対策を講じると発表している。

 第1に、汚染水から放射性物質を除去すること。第2に、汚染された地下水の港および外海への流出を防ぐこと。第3に、汚染されていない地下水と汚染水を分離しておくことだ。

 第1の点についていえば、放射性物質の除去装置は冷却システムと一体化されている。核燃料を冷やすために施設内を循環させている水は、放射性セシウムを除去するろ過システムを通す仕組みになっている。

 建屋の地階部分の放射能濃度は、処理された冷却水と流入する地下水によって常に薄められているから、最悪時に比べると格段に下がっている。トリチウム以外のすべての放射性物質を除去する新たなろ過システムも運用開始を待つばかりだ。

 第2の海と港湾部への汚染水流出防止については、既にいくつもの対策が実施されている。その中には、港内の放射性物質が最近になって急増した原因とされるタービン建屋から埠頭へとつながるトレンチを閉鎖する作業を強化すること、港と損傷した建屋に隣接する地下水の間に遮水壁を建設することなどが含まれている。

 第3のアプローチは最も困難なもので、まだ汚染されていない地下水の原子炉建屋への流入と汚染された水の流出を、共に防止する必要がある。

 具体的な対策としては、まず内陸部から流れてくるきれいな地下水を、原子炉建屋の手前でくみ出す方法がある。さらに思い切った方法として、損傷した原子炉およびタービン建屋の周囲を凍土方式の遮水壁で囲むことも提案されている。

 こうした方法の潜在的メリットと成功の可能性を、そのコストおよび必要となる労働力を勘案して総合的に評価すると、日本政府が320億円を投じようとしている凍土遮水壁の建設には疑問を呈さざるを得ない。遮水壁がこれほどの規模で造られた例は過去になく、その有効性を疑う専門家もいる。

 そもそも、遮水壁は放射線量の高い場所に設置しなければならないので、その作業は困難かつ危険を伴うものになる。さらに、より重要度の高い循環式冷却システムや進行中の瓦礫撤去、使用済み燃料プールの燃料除去などの作業を邪魔しないよう注意が必要だろう。

 掘削作業で新たに出てくる汚染水の処理も必要だろうし、建設中は地下水の汚染が増える恐れもある。完成後も、クモの巣のように張り巡らされた冷却パイプの維持・管理は多くの労働力とエネルギーを必要とするだろう。

※筆者のリード・タナカは米海軍で25年以上にわたって原子力対策を担当し、福島第一原発の事故直後には在日米軍司令官および駐日米国大使の放射能対策顧問を務めた。デービッド・ロバーツは物理学者で、福島の事故対応の時期に駐日米国大使の科学顧問を務めた

(「汚染水の語られざる現実【後編】」に続きます)

[2013.11.12号掲載]
リード・タナカ(元在日米軍司令官放射能問題顧問)、デービッド・ロバーツ(物理学者・元駐日米国大使科学顧問)

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