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「9・11」から13周年、その前夜にシリア空爆を発表したオバマ - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2014年9月11日 12時39分

 2001年の「9・11」同時多発テロから13年の年月が流れました。その「13周年」の前夜に当たる10日の東部時間午後9時、オバマ大統領は全米向けのTV演説を行い、テロリスト集団「ISIS(大統領はISILと呼んでいましたが)」を撲滅する、そのためには「手段も場所も選ばない」と宣言しました。

 これは事実上、シリア領内におけるISIS拠点への空爆を開始するという宣言に他なりません。それにしても、これではまるで2002年の「9・11の一周年」にイラクへの戦意を表明したブッシュ大統領にソックリだとも言えます。

 2009年に登場したオバマ政権は、当初は「核廃絶」をうたったプラハ演説や、「イスラムとの和解」を説いたカイロ演説などを通じて、国際協調と外交を優先するいわばハト派政策、つまりブッシュ時代との決別という色彩を出していました。

 ところが、経済の再建が極めて「スロー」な中、有権者の不満を受けて伸長した共和党の保守勢力が議会を支配して、オバマは様々な形で保守派からのプレッシャーを受けることになります。そんな中で、オバマは「無人機(ドローン)」を多用したテロ容疑者の暗殺や、パキスタン領内に侵入してのウサマ・ビンラディン殺害など、いわば隠密作戦によるタカ派政策も実施せざるを得なくなります。

 つまり、ホンネとしての、あるいは当初の有権者の期待を受けた形でのハト派政策と、大統領として野党から「侮られない」ためのタカ派政策の二重性を抱え込むことになりました。

 対シリア政策というのは、その良い例です。シリアが国際社会から問題視され始めたのは、「アラブの春」の動きが活性化する中で発生した反政府運動に対して、アサド政権が化学兵器を使用するなど、内戦とも言える激しい軍事的な弾圧に出たからです。

 この際には、共和党のタカ派は「早く反政府勢力に武器を供与してアサドを倒せ」という主張を繰り広げました。ですが、オバマ政権は「いや、反政府勢力といっても色々ある中で、アルカイダ系のグループ、つまり反米テロリストも入っているのだから簡単に支援には踏み切れない」として拒否、結果的にロシアの仲介でアサドに化学兵器を放棄させることで危機を脱しています。



 ですが、その仲介者のロシアは、その後はウクライナ情勢を巡って西側と間接的な「ホットな戦争」を戦うことになり、今となっては「プーチンに仲介を頼んだ」オバマは「甘かった」として批判されているわけです。一方で、その「オバマが信用しなかった反政府勢力」の中から、今回はISIS(自称「イスラム国」)が登場して、シリアを拠点にイラクへの侵攻や、クルド自治区への迫害行動などを展開し始めたわけです。

 ISISは、モスルのキリスト教徒を迫害、クルド人のヤジーディー教徒を迫害、更にはアメリカ人のジャーナリスト2名の「斬首」動画を公開するなど、激しくオバマ政権を挑発し続けました。ここへ来て、オバマは「反撃しなければ、アメリカを守れない弱腰大統領」だという批判を、野党・共和党からのプレッシャーとして強く受けることになったのです。

 ですが、イラク戦争終結を公約に掲げたオバマとしては、イラクの地では地上軍は動かせません。またアメリカの特にオバマ支持の世論も「イラク戦争に反対したからオバマに投票した」という意識が強く、イラクでの自国軍の再投入には強く反対しています。そんな状況でイラク領内での空爆は既に開始しているわけですが、米国人2名の「斬首」は、この空爆への「報復だ」としてISISは更に挑発を強めてきました。

 要するに国外からはISISの残虐行為による挑発、国内からは「お前は弱腰だ。弱腰だと国内テロの標的にもなるぞ」という保守派からの挑発、この双方に追い詰められるようにして、オバマは「9・11の13周年」その「前夜」にシリア領内への空爆を発表したことになります。

 今回のシリア領内への空爆ですが、要するにISISはイラクに侵攻しているものの、シリア領内の軍事拠点を叩かなくてはダメだという、おそらくはCIAそして軍の提言を受けたもののようです。

 ではこのオバマの作戦は「うまく行く」でしょうか?



 私はかなり怪しいと思います。まずISISの側は、こうしたアメリカの動きは計算済みであるか、むしろ狙っていて挑発を繰り返してきたと考えられるからです。ということは、ISISの施設だと思って空爆したら、民間施設であって結果的に誤爆で民間人が犠牲になってアメリカの評価が下がるとか、あるいはアメリカがシリア内で「反アサド、反アルカイダ、反ISIS」のグループを支援しようとすると、先回りして残虐な暴力をそのグループに加えるなどの罠は既にセットされている可能性があります。

 アメリカは、湾岸諸国、例えばサウジとかUAE、そしてヨルダンやトルコとの結束で対処するとしていますが、何よりも大切なのはイラクの新政権の安定、そしてイランとの関係の一層の改善だと思います。そちらが動揺するようですと、更にISISには反抗のエネルギーが集まってきてしまうからです。

 では、オバマとしては今回の決定から「逃げる」ことができたかと言えば、それは「ノー」でしょう。しかしこれは積極的な決定というより、「状況に流された受け身の」決定だったことは明らかです。

 このままですと、オバマ政権は「当座の次の一手」を間違えないようにフラフラしながら、多くの批判を浴びつつ大破綻を避けながら任期を全うできれば上々、そんな状態を続けるしかなさそうです。ですが、そうではあっても残りの2年をどう乗り切るかということは、「次の時代」を大きく左右するのは間違いありません。

 その先に来るものが、ヒラリーの「タカ派リベラル」的な新機軸なのか、あるいは共和党の、例えばランド・ポールのような強めの孤立主義になるのか、それはやはり、今回の中東問題を含むオバマの政策の「結果」が大きく影響することになります。

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