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船も遠隔操作で動かす時代

ニューズウィーク日本版 2014年10月17日 12時25分

 人っ子一人いない「幽霊船」が、3750億ドル規模の巨大市場である海運業界の未来を変えるかもしれない。「海上輸送を根底から変えるための機は熟している」と、イギリスの航空宇宙・防衛大手、ロールスロイス・ホールディングスのオスカー・リバンダー副社長(船舶技術部門担当)は言う。

 ロールスロイスは航空宇宙・防衛のほか船舶用エンジンなどの開発・製造も手掛けている。同社はいずれ完全に無人の貨物船が世界中の海上輸送を担う日が来ると確信。「自動車や列車をはじめ、遠隔操作や自動システムを社会が受け入れる素地が広がっている」とリバンダーは言う。

 総重量60万トンの大型船を遠隔操作する「ブルーオーシャン」システム開発チームの責任者、エサ・ヨキオイネンは次のように説明する。「船長は陸上のコミュニケーションリンク経由で船上のセンサーからリアルタイムのデータを受信する。船の至る所に設置した多眼カメラで、船とその周囲の俯瞰図など、360度のシミュレーションが可能だ」
例えば、香港からロサンゼルスへ商品を運ぶ船をカンザス州トピカで操縦する、というケースもあり得るわけだ。

 ヨキオイネンらが開発した360度のブリッジシミュレーターは現在、訓練用として使われている。「複雑な数学モデルを使って、架空の船がブリッジからの指示に対してどう反応するかをシミュレーションできる」と、ヨキオイネンは言う。「実際に指示を入力して船の周囲360度の景色を再現し、現実の船をコントロールするまであと一歩のところまで来ている」

 船のブリッジから遠く離れた陸上の操縦室で船を操縦するようになっても、衝突を回避するのが船長の責任であることに変わりはない。

無人化で効率20%アップ

 海運業界は10年以上前から無人船の可能性を本格的に検討してきた。近年の燃料費の上昇を受けて、航行速度を落として燃料を節約したほうが経済的になっていた。

 しかし乗組員は長旅を嫌がるため、乗組員を探すのに余計な手間とコストが掛かるという難点もある。業界の見積もりによれば、乗組員にかかるコストは貨物船の運航コストの44%を占めている。



 無人化によってより効率的な航海が可能になり、乗組員のための居住スペースや設備も不要になれば、最大20%の効率アップにつながるとロールスロイスは期待している。排ガスも20%減少する見込みだ。EU(欧州連合)は過去2年間に350万ユーロを投じて、「情報ネットワーク経由の船舶無人航法(MUNIN)」と称するプロジェクトを立ち上げている。

 プロジェクトの責任者を務めるオルヌルフ・ヤン・ロドセスによれば、「最大の狙いは船のすべての機能のうち、どの程度まで自動化できるかを見極めること」だ。「短期的には、乗員を1人だけに減らして操縦の大部分を陸で行うようにしたい。そしてゆくゆくは、自動化技術によって海難事故がゼロになる日が来るはずだ」

 アメリカでは、米国防総省の防衛先端技術研究計画局(DARPA)が対潜水艦作戦用持続追尾無人艦(ACTUV)を開発中だ。米海軍には既に米テクストロン・システムズ社が開発した、作戦投入可能な無人艇がある。

 軍用であってもメリットはEUのものとそう変わらない。人間が生活するのに不可欠な設備を取り払えば、船体をスリム化できる。コンピューター、GPS、マイクロ波など多くのテクノロジーと同じように、無人船の技術革新も軍用から商用に転用するのはそう難しくはないはずだ。

 ただし今すぐというわけではない。当然、抵抗もあるだろう。現在世界の海を航行中とみられる約10万隻の船の80%を代表する国際的船主団体「国際海運会議所(ICS)」の渉外責任者サイモン・ベネットは、無人船が実験段階を脱するまでにはまだ相当の時間がかかるとみている。

「船が無人で航行できるようになるのは20〜30年ぐらい先だろう」とベネットは言う。「現行の国際法では航行時の最少乗員数が厳密に定められている。乗員数の削減は反発の大きい問題だし、人間はとかくテクノロジーを過信しがちだ。システムがダウンすれば、われわれ人間の昔ながらの航海術だけが頼りなのだが、そのことを忘れずにいられるかどうか」

 ベネットによれば10年後にはeナビゲーションというシステムがスタートする。現在の船舶航行管理システムでは船が岸に近づくと地元の沿岸警備隊から乗員に指示が出るが、それが自動化されるはずだ。



海賊のいい「カモ」に?

 最終的には船長と乗組員が船を制御して責任を持つという点は変えるべきでない──そう考える人々は抵抗を覚えるだろうと、ベネットは承知している。「海上輸送の遠隔操作の拡大は非常に議論を呼ぶテーマだ。技術の進歩に伴い、議論は今後10年は続くだろう」

 現に貨物船の自動化に公然と反対する声も一部で上がっている。世界全体で120万人の雇用が懸かっているからだ。

 無人船が突き付ける危険性は失業だけにとどまらない。海賊から狙われる危険性もあると、無人システム関連のコンサルティング会社、UVSコンサルティングのアントワーヌ・マルタンは指摘する。

 国際海事局(IMB)海賊監視センターによれば、今年1〜5月に世界全体で報告された海賊行為の件数は累計72件に達した。無人船が普及すれば海賊行為がさらに増えることは容易に想像がつく。

「無人の船なら人質の心配はなくなるだろう」とマルタンは言う。「しかし格好の標的にされる可能性はある。乗組員がおらず、警備隊を警戒したり避けたりする必要もないので、海賊行為がやりやすくなるだろう」

 もっとも遠隔操作で操縦できる船を造る技術があるのなら、いっそそれに見合うセキュリティーを備えた船を開発するという手もある。「無人船があれば海賊なんか怖くない──それこそ船全体に電流を走らせればいいんだ。乗組員の心配をする必要はないんだから」と、ベネットは冗談交じりに言う。

 むしろ地政学的な部分がテクノロジーに追い付くことをベネットは願っている。「世界中が平和になり、海賊などいなくなればいい」

[2014.8.28号掲載]
マイケル・キャロル

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