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米中間選挙の隠れた争点は「格差是正」 - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2014年11月11日 11時38分

 先週アメリカで実施された中間選挙では共和党が大勝しました。これに加えて、一部の州では住民投票(レファレンダム)が行なわれています。例えば「マリファナ解禁」に関しては、これまでのコロラド州とワシントン州に加えて、首都ワシントンDCやオレゴン州で「承認」されることになりました。

 私の住むニュージャージー州は、憲法上こうした州の法制に関しては、基本的に州議会での制定を原則としており、住民投票の位置付けは極めて限定的な制度になっています。多くの州で、住民の意思により色々と「自由な制度」が実現しているので、ニュージャージー州でも「うらやましい」という声が出ています。マリファナ解禁が本当に「自由な制度」なのかどうかは議論の分かれるところですが、そのぐらい今回の中間選挙では各州の住民投票が話題になったのは事実です。

 なかでも最も注目されたのは、最低賃金の改正です。

 共和党の候補が強いいわゆる「レッドステート」4州で、最低賃金のアップが住民投票で可決されて話題になりました。具体的には、以下の通りです。

■アラスカ州・・・最低賃金を現在の7ドル75セントから、2016年に9ドル75セントにアップする案を69%の賛成で可決。

■アーカンソー州・・・2017年に8ドル50セントに。

■ネブラスカ州・・・2016年までに9ドルに。

■サウスダコダ州・・・2015年に8ドル50セントに。

 これら4州の上院議員選挙ではいずれも共和党の候補が勝っています。ということは、多くの有権者が、上院議員選挙で共和党に投票しながら、同時に行われた住民投票では「最低賃金アップ」に賛成したことになります。

 一見すると、「オバマ政権の下で格差が進んだ」のでこれに反対するために「上院は共和党」に投票し、併せて「格差是正になる最低賃金アップ」に賛成したということ、つまり「格差」が争点であり、「格差を作ったオバマ」への「ノー」が突きつけられたようにも見えます。

 ですが冷静に考えると、このロジックは奇妙なのです。というのは、最低賃金のアップは民主党の政策であり、共和党は「経営者の立場」を代表するとともに「政府によるあらゆる規制には反対」という立場のために、最低賃金アップには反対の立場だからです。

 言い方を少し変えますと、有権者は「格差」が問題だと考えれば、最低賃金のアップに賛成すると同時に、格差是正は「政府の役割」だという民主党を支持するはずなのです。ですが、今回の投票行動はそうではなかったのです。

 では、格差は争点ではなかったのでしょうか? そんなことはありません。アメリカにおける格差は実感として、拡大しつつあるというのが大多数のアメリカ人の感覚だと思います。



 この投票行動をどう見たらいいのか、まず一つあるのは「多くのアメリカ人にとって最低賃金は他人事ではない」のです。90年代まで、あるいは2000年代の半ばまでであれば、家族や友人の多くがフルタイムで働き、例えば5万ドル前後以上の年収を得ていた人は相当数いたと思います。つまり、自分の身の回りに「最低賃金を意識するような人は少ない」という層が相当数いたということです。

 ですが2008年のリーマンショック以降は、自分の家族や周囲の中に「量販店や外食などで最低賃金に近い水準で働いている」人がいるとか、見聞きすることが増えたのです。つまり多くのアメリカ人にとって今や「最低賃金は他人事ではない」という感覚があります。

 では、どうして「格差」や「最低賃金に近い水準でしか雇用がないこと」が問題なのに、有権者は共和党を勝たせたのでしょうか?

 それは言ってみれば消去法的な選択です。有権者は「格差是正に熱心なのは民主党」であることは知っています。ですがその民主の、特にオバマ政権は「税金を投入して格差是正を試みても結果的に上手くいっていない」、そのことを問題にしているのです。

 例えば、リーマンショック直後の景気刺激策で、オバマ政権は巨額な税金を投入して、橋や道路の架け替え、学校施設の改善に取り組んだわけです。ですが、そうした投資は建設業などで一過性の雇用は生んだものの、その後のアメリカ社会における雇用の創出や格差の改善には結びつきませんでした。

 また2008~09年の金融危機に際しては、アメリカの金融システムを守るために銀行に公的資金が注入されました。それは必要だったかもしれませんが、少なくとも格差社会において相当な高給を受け取っている金融街の人々が、税金で救済されることには、世論は抵抗がありました。

 このように、民主党のオバマによる「格差是正策」は必ずしも効果を挙げているわけではない、つまり民主党には実行力がないと思われているのです。その結果として中間層は棄権、もしくは「変化を期待して」共和党に投票したというわけです。少なくとも共和党の上院議員や知事であれば税金の無駄使いは抑えてくれるだろう、そのような期待もあったでしょう。

 今回の選挙において「格差」はやはり潜在的な争点としてあったと思います。その改善への思いは、多くの州で最低賃金の大幅アップを住民投票で決定するという投票行動に繋がっています。その一方で、政府が税金を投入して格差是正を行うことには効果が疑問だという考えから、むしろ小さな政府論の共和党に票が入ったのだと思います。

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