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どれだけ自民党が嫌いでも、「無能な野党」しか選択肢がない…米政治学者が憂う「日本政治の機能不全」

プレジデントオンライン / 2024年4月13日 7時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/BluIz60

今年11月のアメリカ大統領選では、バイデン大統領とトランプ前大統領の一騎打ちの構図が固まりつつある。カリフォルニア大学バークレー校のスティーブン・ヴォーゲル教授は「アメリカ政治は極端な二極化が進み、日本以上に機能不全に陥っている」という――。(後編/全2回)(取材・文=NY在住ジャーナリスト・肥田美佐子)

■どんな人が「もしトラ」を望んでいるのか

(前編から続く)

――トランプ前大統領はラストベルト(さびついた工業地帯)の労働者の支持を得るべく、炭鉱復活などによる雇用創出をアピールしてきました。彼の政策は、アメリカで置き去りにされたラストベルトのブルーカラー層の人々に恩恵をもたらしたのでしょうか。

断じてそうは思わない。トランプ前大統領はブルーカラー層から厚い支持を得ているが、主な支持理由は経済政策ではなく、ほかの問題に対する彼のスタンスにある。

アメリカでは経済政策や外交政策をめぐって世論が分かれており、個人のアイデンティティーが依拠する文化(的価値観)にも分断がある。トランプは文化的分断を味方に付けているだけだ。経済政策も外交政策も評価できるものではない。

トランプが何より強みとしているのは文化的な問題だ。彼の「エリート批判」は大人気を博しており、(特にブルーカラー層の間で)強い共感を呼び起こす。移民を攻撃する「ナショナリズム」も一部の有権者に受ける。つまり、トランプ人気は彼の政策ゆえではなく、トランプが、ブルーカラー層に強く訴えかけるようなテーマや考え方を雄弁に語るからだ。

オンラインでインタビューに応じるヴォーゲル教授
オンラインでインタビューに応じるヴォーゲル教授

■経済は成長しているのに、賃金は上がらなかった

――米経済は堅調で雇用も力強く、賃金上昇も目覚ましいと、日本で報じられています。米国ではコロナ禍による人手不足で、低所得層の賃上げ率が最も高くなり、40年ぶりに格差が縮小しました。とはいえ、長引くインフレに苦しむ人々も多いように見えます。

第2次世界大戦以降、アメリカでは着実に生産性が上昇してきた。そして、1980年までは、生産性とともに賃金も上がっていた。その後も生産性は上がり続けたが、下位50%の平均的な労働者の賃金は横ばいに転じた。

米経済は成長し続けているにもかかわらず、長年にわたって、下位50%の労働者は生産性上昇や経済成長の恩恵にあずかっていなかった。その恩恵は上位10%、いやトップ1%のアメリカ人が享受してきた。(トランプ支持者をはじめ)アメリカの労働者が幸福感を抱けない理由はここにある。

だがコロナ禍以降、「逼迫(ひっぱく)する労働市場」が下位50%のアメリカ人の賃金にプラスの影響を及ぼしている。つまり、人手不足のおかげで、格差が縮小したわけだ。日本でも、人手不足はプラスの効果をもたらした。日本では2010年頃から労働市場が比較的逼迫してきたが、それが政策変更につながったとみている。

■アメリカでもようやく「賃上げ」が広がってきた

例えば、日本政府が「ウーマノミクス」を推進し始めた理由の一つは逼迫する労働市場にある。日本政府は労働人口を増やすべく、女性の労働参加を後押ししている。「同一労働同一賃金」などの政策は、逼迫する労働市場のなせる業だ。人手不足が政治にプラスの影響を及ぼすことは日本の例を見ればわかる。

人手不足が経済的観点からも功を奏するのは、前述したアメリカの例が示している。一方、日本では逼迫する労働市場が賃金の押し上げにつながらなかった。これは少々不可解だったが、現在、少しずつ上がっているようだ。日本でも、ようやく賃上げが本格化し始めるのではないか。

逼迫する労働市場による賃上げトレンドから最大の恩恵を受けているのは下位50%のアメリカ人だ。つまり、平均的なアメリカの労働者は人手不足のおかげで暮らし向きが良くなっている。この現象は当分続くかもしれない。これは日本の働く人々にとっても朗報だ。

■経済の堅調さが支持率に反映されるには時間がかかる

――米シンクタンク「経済政策研究所(EPI)」の今年3月21日付 報告書「State of Working America(アメリカ労働情勢)」によると、2019~23年の実質賃金上昇率は、低賃金労働者が12.1%だったのに対し、高賃金労働者は0.9%です。その差に驚きました。

経済は好調だが、バイデン大統領の支持率に反映されていない。その理由として、インフレが考えられる。インフレ率はピーク時より大幅に低下したが、物価はコロナ禍前よりまだ高いため、有権者には物価高の感覚が根強く残り、人手不足が政治的にプラスの影響を及ぼすところまでいっていない。その点で、バイデン大統領に同情する。

次に考えられるのが「時間差」だ。経済の堅調さが支持率に反映されるようになるには、ある程度時間がかかるのではないか。バイデン政権や民主党は、有権者が11月までに経済の力強さをもっと強く実感してくれることを願っているはずだ。

次に、有権者にとって、経済はもはや最大の関心事ではなくなった可能性がある。もちろん、今も関心はあるだろうが、前述した文化的要因の優先順位のほうが高いのかもしれない。アメリカでは二極化が進んでいるからだ。共和党支持者は「共和党政権のほうが経済に強く、民主党政権は経済に疎い」と考えている。民主党支持者は、その逆だ。

つまり、実際に経済が堅調だという事実は有権者にとって、もはやあまり意味がないのかもしれない。

■バイデン大統領の勝率は50%以上ある

――世論調査ではトランプ前大統領のリードが報じられていますが、トランプ氏とバイデン大統領は事実上、互角の戦いを繰り広げています。大統領選の行方をどう見ますか。

トランプ前大統領がいまだに支持者から人気があるのが腑に落ちない。アメリカの有権者の気持ちを図りかねるため、選挙も見通しにくい。とはいえ、世間で「トランプ疲れ」が起こっていることを考えると、バイデン大統領の勝率は50%以上ではないか。トランプが勝つ可能性もあるがね。

トランプ前大統領は4つの刑事事件で起訴されており、大統領選前に、そのうちの1つで有罪になる可能性がある。有罪判決はトランプの岩盤支持層を勢いづけるという見方もあるが、激戦州ではマイナスに働く。

投票する人の手元、背景には星条旗
写真=iStock.com/twinsterphoto
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/twinsterphoto

■わずかな票でも取りこぼせばトランプは負ける

共和党指名候補争いから撤退したヘイリー元国連大使の支持者は、その大半がトランプに投票するだろう。だが、わずかな票でもバイデン大統領に流れれば、トランプの敗北につながる。ほんの少しの割合の共和党支持者と無党派層がトランプに票を投じないだけで、差が出る。今年の大統領選も、そのくらい接戦になるということだ。

バイデン側にとっての悪いニュースは、彼の主要な支持層である若者やアフリカ系米国人、ヒスパニック系の有権者がバイデン離れを起こしていることだ。バイデンは4年前の大統領選で、若者から圧倒的支持を受けた。トランプより若者や黒人の票を多く獲得したとしても、その差が小さくなるのはまずい。

――ケネディ元大統領の甥、ロバート・ケネディ・ジュニア氏など、第3政党の候補者について、どう思いますか。

第3政党への支持はバイデン大統領の票を奪う可能性がある。わずかな支持でも、バイデンにとっては危険だ。2000年の大統領選で、共和党のブッシュ・テキサス州知事(子)がクリントン政権2期目のゴア副大統領と接戦を繰り広げたが、第3政党の候補者(注:社会運動家のラルフ・ネーダー氏)の存在がゴア敗北の一因だったといわれている。

■日本の政治は二極化の傾向が薄い

――トランプ前大統領は4つの刑事事件で起訴されているにもかかわらず、選挙戦を続け、共和党の大統領候補になる見通しです。日本人の感覚からすると信じられません。

故田中角栄元首相も似たようなものだ。ロッキード事件で逮捕・保釈された後も、政界に非常に大きな影響力を及ぼしていた(注:1972~74年まで首相、1976年夏に逮捕後、保釈)。当時、彼は「ヤミ将軍」と呼ばれていた。首相退任後も、最大派閥だった田中派のトップとして、表舞台の背後から、事実上、国を動かしていた。つまり、政界の「黒幕」のような存在だった。

――日米の政治について、どう思いますか。

どちらも機能不全だ。まずアメリカは、政治システムの二極化が激しい。共和党と民主党の差は歴然だ。平均的な有権者を中央に位置づけると、共和党は右寄りであり、民主党は左寄りだ。つまり、両党とも政治的スタンスが実際の有権者よりも極端なのだ。こうした米政治の二極化は、あらゆる面で有害な影響を及ぼす。

ひるがえって、日本の政治システムは二極化の傾向が薄い。自民党と主な中道派の野党の差がはっきりしないのだ。経済政策一つとっても、自民党内の差のほうが、自民党と主な野党の差より大きい。自民党内には、タカ派もいればハト派もいる。自由市場支持派もいれば、より社会主義に近い考え方の議員もいる。幅が大きい。

一方、与野党間の違いがクリアでないため、福祉の充実や労働・金融規制を支持する有権者がいても、どの党に投票すべきかわからない。多くの場合、与党も野党も同じようなことを議論している。

■日本の野党には政権を担うだけの力がない

つまり、本当の意味で、政治に「競争」がないのだ。理由は2つ。まず、前述したように、政党間の違いがはっきりしない、または大きくないことが挙げられる。そして、もう1つの理由は、野党に政権を担うだけの力がないことだ。

例えば、自民党より左寄りの有権者は立憲民主党を支持するかもしれないが、実際に一票を投じるのはためらうのではないか。まず、立憲民主党が自民党に勝てるかどうか確信を持てない。次に、野党が国をうまく統治できるかどうか確信がない。2009年に政権交代が起こり、3年余りにわたって民主党が政権の座に就いたが、効果的に統治できなかったからだ。

2024年4月10日、ホワイトハウスのローズガーデンで共同記者会見を行う岸田文雄首相とジョー・バイデン大統領。
写真=NurPhoto via AFP/時事通信フォト
2024年4月10日、ホワイトハウスのローズガーデンで共同記者会見を行う岸田文雄首相とジョー・バイデン大統領。 - 写真=NurPhoto via AFP/時事通信フォト

自民党嫌いの日本人は多いだろうが、野党はもっとまずい。つまり、日本の有権者には、「好ましくない二択」しか道がないのだ。岸田政権も自民党も支持率が低迷しているが、野党の支持率はもっと低い。これでは、誰のことも支持しない有権者がいても不思議ではない。これが日本政治の機能不全だ。

とはいえ、アメリカのほうがひどい。法案を通して事を進められるだけ、日本政府のほうがましだ。日本には、ナショナリスト的なポピュリズムもない。

■日本政治には「競争」が足りない

――日本政治の機能不全は有権者にも責任があるのでしょうか。政治家の責任でしょうか。

有権者と政治指導者の関係は「チキン・アンド・エッグ(鶏と卵)」だ。つまり、どちらとも言い難い問題だ。とはいえ、日本の有権者をとがめるつもりはない。政界の指導者らに、より大きな責任がある。有権者に良い選択肢を与えることができないのだから。日本の有権者には、「嫌いな政党」と「有能だと思えない政党」という選択肢しかない。

日本の野党はもっと努力し、自分たちの政治のクオリティーを高めるべきだ。それには、まず、野党が「団結」する道を探ることだ。そして、「いつでも政権を取ることができる」という覚悟を有権者に示さなければならない。民主党が自民党に勝ったとき、私たちアメリカ人の多くは、(日本の将来に対し)非常に楽観的な見通しを抱いた。「日本の政治にも、ついに『競争』の時代が訪れた」と。

日本は党派間の競走を取り戻す必要がある。政治というものは、与党と野党が競い合わなければ機能しない。少なくとも2009年には「競争」があった。(同年8月の衆院選で)自民党が負けたのだから。

日本には、競合的な政治システムを機能させるだけの十分な力がある。だが、それを実現させるには、野党がもっと競争力をつけなければならない。有権者に対し、自分たちは自民党に取って代わりうる力強い「選択肢」なのだということを示す必要がある。

■「もしトラ」なら岸田首相はトランプを制御できない

――大統領選の話に戻りますが、「もしトラ」を想定し、「トランプ氏に影響力を持っていた安倍晋三元首相はもういない。岸田文雄首相はトランプ氏と渡り合えるのか」といった懸念が日本から聞こえてきます。

言うまでもなく、トランプの再選はアメリカのみならず、日本を含む世界にとって最悪だ。欧州の政治指導者は、トランプが復活するのではないかと非常に心配している。アジアの政治指導者らは、そこまで心配していないようだが。

トランプの復活でアメリカの民主主義が破綻し、機能しなくなったら、世界にとって大きな脅威となる。世界の存続にかかわる脅威だ。大統領選の結果は世界全体に、とてつもない影響を及ぼす。日本の(岸田)首相がドナルド・トランプの要求にうまく対処し、トランプを動かせるとは思わない。

スティーヴン・ヴォーゲル(Steven K. Vogel)
カリフォルニア大学バークレー校教授
政治経済学者。先進国、主に日本の政治経済が専門。プリンストン大学を卒業後、カリフォルニア大学バークレー校で博士号(政治学)を取得。ジャパン・タイムズの記者として東京で、フリージャーナリストとしてフランスで勤務した。著書に『Marketcraft: How Governments Make Markets Work』(『日本経済のマーケットデザイン』)などがある。

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肥田 美佐子(ひだ・みさこ)
ニューヨーク在住ジャーナリスト
東京都出身。『ニューズウィーク日本版』編集などを経て、単身渡米。米メディア系企業などに勤務後、独立。米経済や大統領選を取材。ジョセフ・E・スティグリッ ツなどのノーベル賞受賞経済学者、ベストセラー作家のマルコム・グラッドウェル、マイケル・ルイス、ビリオネアIT起業家のトーマス・M・シーベル、「破壊的イノ ベーション」のクレイトン・M・クリステンセン、ジム・オニール元ゴールドマン・サックス・アセット・マネジメント会長など、欧米識者への取材多数。元『ウォー ル・ストリート・ジャーナル日本版』コラムニスト。『プレジデントオンライン』『ダイヤモンド・オンライン』『フォーブスジャパン』など、経済系媒体を中心に取 材・執筆。『ニューズウィーク日本版』オンラインコラムニスト。

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(ニューヨーク在住ジャーナリスト 肥田 美佐子)

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