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ノーラン監督『インターステラー』は世代を超えるか? - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2014年11月21日 11時49分

 日本で今週末公開されるクリストファー・ノーラン監督の『インターステラー』は、評価の難しい作品です。私個人としては、期待が高かっただけに「意外性はもう一つ」という第一印象がありました。例えば、同監督の『インセプション』で実現されている「夢と現実の多層構造」の映像化に比べれば、本作の時間と空間の表現は、はるかに科学的な常識に沿っており、イマジネーションの大胆さということではマイルドな印象です。

 また、様々な表現に過去のSF作品への「オマージュ」が散りばめられているのは、ノーラン監督としてはやや異例に思われました。スタンリー・キューブリック監督の『2001年宇宙の旅』と、ロバート・ゼメキス監督の『コンタクト』の2作品からの影響は特に強いように思います。また、相当に未来の話であるにも関わらず、1960年代の「アポロ計画」で使われた「サターン5型」に近いロケットが登場するのも、不思議な感じがしました。

 ということで、公開第1週の興行収入でトップの座を取ることはできず、ディズニーの少年向けデジタルアニメ作品の『ビッグ・ヒーロー6(邦題は『ベイマックス』)』の5600万ドルに対して、5100万ドルと2位に甘んじたのも、私としては何となく納得させられたのです。

 ですが、20代の若い世代の声などを聞くと、かなり印象は良いのです。例えばノーラン監督の作品はほとんど見ているファンの間でも『インセプション』と比べて、遜色はないというような評価があるようです。

 ちなみにこの作品、アメリカでは一般の拡大公開(ワイドリリース)は今月7日の金曜でしたが、IMAXフォーマットのごく一部の劇場では5日の水曜夜にオープン、私の住んでいるニュージャージーの郊外地区でも6日木曜の晩に、IMAXと4Kの2種類のフォーマットで先行上映がありました。

 私は、その6日の初回(午後8時)に行ったのですが、IMAXは売り切れで4Kに回ったところ、そちらはガラガラでした。小学生の男の子を連れた家族連れなどが多く、哲学的とも言える内容にはあまりついていけないようで、リアクションはそんなになく、個人的にもあまりエキサイトはできませんでした。

 一方で、大学生など若者のグループはみんなIMAXに行っていたようです。上映が終わって出ていくと、全く同じ時間に終わったIMAXの劇場から、それこそ大変な熱気と共に彼らは出てきて、ロビーには作品の感想を話し合う声が充満していたのです。少し聞いてみると、皆その反応は極めてポジティブでした。

 1つの可能性としては、IMAXと4Kのフォーマットの違いがあるのかもしれません。IMAXはドット数もコマ数も、そして音響のクオリティも4Kよりかなり上のスペックですから、本作のように絵も音も意識して作り込んだ作品の場合は、相当な印象の差になるのかもしれません。

 ですが、私としては絵も音も4Kで十分に楽しんだと思うのです。フォーマットの違いが評価の差になるほどではないと言えます。では、あの若者たちの熱気は何だったのでしょう? ネットにあふれる「星4つ」という最高の評価は、どう説明したらいいのでしょう?



 そこには世代の問題があるように思います。

 私のように、それこそ60年代に「アポロ計画」が実現されていくプロセスを同時代の経験として記憶している世代、そしてキューブリック監督の『2001年宇宙の旅』をある種の原体験として持っている世代には、この『インターステラー』は既視感がありすぎるのです。

 ですが、ノーラン監督のコアのファン層である、80~90年代生まれの若い世代には、アポロははるか昔の歴史であり、『2001年宇宙の旅』の原体験も持っていません。そうした世代には、この『インターステラー』が描き出す、宇宙空間を舞台にした時空を超えた世界観の話は、極めて新鮮な経験になるのでしょう。

 アメリカの若者の間には「60年代の再評価」というべき現象があります。ビートルズのリバイバル的な人気は大変なものですし、例えば「ウォール街占拠デモ」とか、アップル社などIT企業の「ヒッピー文化的なカルチャー」などにも、60年代のニュアンスが感じられます。そうした延長上に「宇宙への関心」というものも、説明できるように思うのです。

 もちろん、現在のアメリカは巨額のカネを投じて宇宙開発を再開するような状態にはありません。ですが、意識の問題として、平凡な日常性を離れて宇宙空間に思いを寄せ、人類として地球を超えたフロンティアに夢を追う、60年代には濃厚にあったそんな感覚が、今の20代、30代の若者たちにも共有されていると思います。

 そう考えるとこの『インターステラー』は、まさに古典となった過去のSF作品群、そして歴史となったアポロ計画に対するオマージュを織り込みながら、新しい世代の中にある宇宙への「意識の拡大」を受け止め、世代と世代を結びつけていくという役割を持った作品なのかもしれません。

 主演のマシュー・マコナヒー(『コンタクト』にも出ていました)の演技はブリリアントですし、父と娘のエピソード(これも『コンタクト』に重なってきます)は感動的です。また『2001年』へのオマージュとしては、宇宙船とステーションの「ドッキングのシーン」が非常に興味深かったことも指摘しておきたいと思います。一見の価値のある作品であることは間違いありません。

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