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アベノミクスの「賛否」という不毛な議論 - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2014年12月9日 13時13分

 日本の総選挙にあたって「アベノミクスへの賛否」という議論があるようです。確かに過度の円安にはマイナス効果があるでしょうし、株高を演出したといっても日本の場合は年金やファンドを通じて国民全体が株高の恩恵を受ける構造になって「いない」以上は、株高だけでは格差が拡大するだけという批判は出てきてしまうわけです。

 ですが、いくら選挙だからといって、現時点で「アベノミクスが悪かったのだから、円高と株安に振って元に戻せばいい」という議論にはほとんど意味はないように思います。というのは、元に戻すのは不可能だからです。

 一方で、今年2014年に関して4~6月期の GDPが消費税アップの反動で「マイナス7・1%」、そして7~9月期に関しては、修正後の数値は「マイナス1・9%」(いずれも年率換算)というように、GDPとしてはかなり悪い数字が出てきています。

 これはアベノミクスの「悪影響」ではないのでしょうか?

 確かに一連のGDPは非常に悪いですし、海外のエコノミストたちの評価としては、日本は再びリセッション(景気後退)に入ったという言い方が多くなっています。

 ですが、私はこの数字は「アベノミクスの悪影響だ」とは言えないと思います。理由は3つあります。

 まず「第1の矢」です。日銀は猛烈な勢いで円を供給し、一気に円安を実現し、またインフレ的な効果も部分的には見られるようになりました。ドル換算ではダメですが、円建てで見れば賃金にも上昇の気配はあります。

 では、どうしてGDPは向上しないのでしょう、どうして景気実感は上向かないのでしょうか? それは「アベノミクスを実施した『から』ダメになった」のではないと思います。そうではなくて「過激なアベノミクスを実施した『にもかかわらず』経済が動き出さない」ということを人々や国内企業が感じて怯えてしまっているからです。

 つまり日本の不況、いや経済の衰退には「人口減」という問題と「国内産業の競争力喪失」という問題、更に「産業の構造転換の失敗」という問題が重なっており、そのことは「人工的なインフレ政策」などでは、如何ともしがたいということが見えてきたのだと思います。

 ですからアベノミクスをやった「から」ダメになったのではなく、「やっても」ダメだということが分かった、それが今回の7~9月期の「マイナス1・9」ということなのではないかと思われます。



 第2の理由は「第2の矢」に関連しています。安倍政権は大型の公共投資を実施して景気を刺激しようとしました。ですが、これが効果を上げていません。では90年代の、例えば小渕恵三内閣のさいに実施されたような「ハコモノ行政」の結果として「一過性の景気刺激に終わって経済を痛めるだけに終わった」という悪循環が再発しているのでしょうか?

 仮にそうなら「第2の矢」をやった「から」ダメだったという説明は可能です。ですが、実態はそうではありません。人口減に伴う人手不足のせいで「公共投資の実行が遅れている」のです。そのために、用意した予算ほどには経済効果が出ていないのです。この点に関しても、アベノミクスを実施した「から」ダメになったのではありません。そもそも日本の経済社会の構造に問題があって、「第2の矢」が機能していないのです。

 では「第3の矢」はどうでしょう? 確かに「規制改革」とか「女性の活用」というのはかけ声だけで、安倍政権の経済構造改革は遅れています。海外での論調には、保守イデオロギーに固執するのは「改革に反対する勢力に支持されている政権だ」からという論法での安倍政権批判がありますが、一概に否定はできない面があります。

 ですがこの点に関しても各野党の政策を見てみると、国内産業の競争力回復あるいは、最先端の高付加価値産業の育成へ向けて教育と社会制度の改訂といった政策を主張しているケースはほとんどありません。それどころか、高齢者や組合などの既得権益との関係が濃厚であったり、政策そのものが後ろ向きであったり危機感にとぼしいものが多いのです。

 要するに、アベノミクスの「賛否」という議論は不毛なのです。「この道しかない」と胸を張る安倍首相も危機感が足りないですし、現在の景気低迷を「アベノミクスの逆効果」だと決めつけて思考停止している野党の主張も同じように空疎なのです。

 ですから、仮に安倍首相が言い方を変えて「アベノミクスの効果は十分でない。だから経済は崖っぷちであり、選挙に勝ったら第3の矢の改革を必死にやる」と訴えて、意味のない野党批判をやめれば、もっと選挙は有利に戦えるかもしれません。いずれにしても、年明けの政策運営には、そのぐらいの悲壮感を持ってあたらねば乗り切れないでしょう。

 一方で、GDP数値の下方修正、日本国債の格下げ、2017年4月消費税10%という確約の重圧、仮に原油価格が反転して上昇に転じた場合にそれでも円安が拡大した場合の国際収支、こうした難問に取り組む覚悟が足りないと見れば、国民は政権を突き放す可能性は十分にあります。

 もっとも、こうした問題への危機感が野党に見られるかと言えば相当にあやしいのも現状で、まだまだ政権側が比較優位に立っている、それが現時点での選挙情勢なのだと思います。

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