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日本の財政問題とギリシャ破綻

ニューズウィーク日本版 2015年6月29日 18時21分

 *連載第1回「量的緩和の功罪」はこちら→

 日本はギリシャにはならない。それだけは確実だ。

 ギリシャは、IMF(国際通貨基金)とEU(欧州連合)そして各国政府から融資を受けているが、その返済が難しくなっている。銀行システムは破綻寸前。預金者が預金封鎖や銀行破綻、ユーロ離脱を恐れて、預金の引き出しに走っている。

 こうなったら、経済は終わりだ。銀行を封鎖して、金融破綻からの経済崩壊を防止するために、一旦動きを止めるしかない。自給自足に近い経済に戻し、金融システムの再建のめどが立つまで、経済活動を止め、待ち続けるしかない。

 なぜ、こんなことになってしまったか。理由はただ一つ。債権者の言うことを聞かなかったからである。お金を借りているときに、するべきことはただ一つ。返済条件を守り、守れないときは債権者の言うことを聞くこと。それだけだし、それ以外に選択肢はない。

 ギリシャは、一度デフォルトしており、過去の国債は元本を大幅に削減して返済するリスケジュールが行われた。その再建策でも返済が難しくなり、今回、二度目の破綻を迎えようとしている。

 一度目の破綻では、欧州金融市場全体への不安の波及、欧州銀行システム全体への波及が懸念された。ギリシャからポルトガル、スペイン、イタリアといけば欧州金融システムは破綻、欧州経済はどん底へ落ち込むからだ。したがって、何としても救済しなければならなかった。しかし、現在は、民間銀行セクターは債権者ではなく、また他国への波及も懸念されず、精神的な準備もなされているから、欧州にとって怖いことはない。ユーロ離脱となれば、ユーロという通貨の脆弱性が示されることになる、という恐れが一部にあるが、これは杞憂である。

デフォルト後は自給自足からのスタートになるが

 なぜなら、第一に、ギリシャがユーロから離脱することはできないからである。離脱した瞬間に、実体経済も崩壊してしまう。エネルギー資源も食料も輸入できなくなるだろう。第二に、間違って離脱してしまえば、そのように経済は本当に破綻してしまうから、むしろ、ユーロの強さ、強い通貨で守られていることの価値が、誰にでも、どの国にもわかって、誰もユーロから離脱したくない、とますます思うはずだからだ。これは、リーマン破綻後の危機でハンガリーなどが体験済みで、皆知っていたことだし、ギリシャもチプラス首相もわかっていることで、彼は、借金は返さないと言っているが、ユーロには残ると言っているぐらいだ。

 したがって、ギリシャの脅しというよりは、乳幼児のような泣き叫びも、遠吠えも、欧州は相手にせず、借金を負けることも、債務削減要求をのむこともしない。しかも、チプラス首相のように態度が悪ければ、感情的にも誰も支持しなくなってしまう。お情けすらかける気が失せてしまうからだ。もちろん、まっとうな、譲歩しない強い理由がある。ギリシャに財政再建について甘い条件で救済してしまえば、ユーロ圏の他の国への悪い、甘やかす前例になってしまうことを恐れているからだ。したがって、ここでは欧州は一歩も譲らない。だから、ギリシャは、黙って欧州の言うことを聞くしかないのだ。債権者の言うことを聞かなくては債権の再建はできない。

 さて、日本である。

 日本はギリシャにはならない。理由は2つ。第一に、実体経済は極めて順調であり、日本経済は盤石であるからである。長期的な成長力の問題はここでは関係なく、普通にやっていけるまっとうな経済であるということだ。したがって、日本の経済は破綻しないし、銀行システムも、政府財政破綻が起きたとしても、ショックは大きいが、対応は可能であろう。

 第二の理由は、債権者が国外の主体ではなく、国債の保有者は9割が国内経済主体であることだ。したがって、国際交渉になることはないのだが、実は、ここが日本にとって財政問題がギリシャ以上に重要であり、問題がより深刻であることの理由なのだ。

 なぜか。ギリシャは、債権者のいうことを聞けば、財政問題は解決する。一方、いうことを聞かなければ、デフォルト、財政破綻となるが、実は、これで財政問題自体は解決する。なぜなら、借金を踏み倒してしまえば、自給自足経済からのスタートとなるが、財政問題は解決するからだ。借金はなくなる。そして、借金踏み倒しにより、海外債権者、ここでは、IMFや欧州各国政府であるが、彼らが損失を被るだけで、ギリシャ国内には負担が及ばない。

 さらに、ギリシャはプライマリーバランスが実現している。新たな借金ができないわけだから、税収の範囲内で歳出を回すしかない。だから、結果的にプライマリーバランスが実現している。さらに、利子率はものすごく高いから、利子も払うのを止めれば、黒字になってしまうのだ。だから、ギリシャは、日本よりも遙かに財政は健全なのである。

破綻したときの苦しみは日本のほうが大きい

 問題は、民間経済が弱いことと、徴税システムが機能していないこと、歳出が国民に対して甘すぎること(年金など)にあるのであり、財政収支、借金のレベルは問題でないのだ。日本は、これらの問題がないから、経済としては遙かに健全だ。だから、逆に言えば、政府財政がめちゃくちゃでも、経済は問題なく営まれているのである。だから、日本政府はギリシャ政府とは比べものにならないくらい、借金ができているのである。

 そうなると、財政破綻したときの影響は、ギリシャの比ではない。国民への負担は果てしないものになる。国債の保有者は国内銀行、その預金者であるから、国民負担である。政府が身軽になれば、国民にその負担はおよび、国民は大きな損失を被るのである。増税で取られるか、貸した金を踏み倒されるかの差であり、いずれにせよ、国民がほぼ全額負担することになる。いざとなれば、海外に負担を移転させられるギリシャよりも、日本の財政問題が深刻であり、踏み倒すという最終手段が存在しないだけに、より国民にとっては負担の大きな問題なのだ。

 インフレによって、政府の借金の実質価値を目減りさせるということは、国民の債権の価値を目減りさせることであり、目に見えない借金踏み倒しに過ぎない。だから、負担はインフレという形で国民生活に及び民間経済は苦しくなる。

 つまり、財政問題とは、負担の押し付け合いに過ぎない。ギリシャは、その押し付けに失敗した。日本は失敗すれば、政府財政が破綻し、成功すれば,民間経済、国民生活が苦しくなる。それだけのことなのだ。

 それでも、日本に比べてギリシャが遙かに追い込まれている理由は、財政破綻を背景に銀行システムが破綻するリスクが高まっているからだ。今回も、政府が財政破綻するよりも、ギリシャの銀行システムが破綻することが国民生活、経済を破綻させることになる。だから、銀行封鎖をチプラス首相は行ったわけだが、これは当然国民の反発を招き、チプラス首相は、海外の債権者からも国内の有権者からも見捨てられ、自滅の道を確実にした。

 そして、銀行システムの破綻の背景には、ユーロ離脱のリスクがある。ギリシャが自ら離脱しなくとも、財政破綻をして、さらに欧州の債権国の言うことを聞かなければ、ECB(欧州中央銀行)にも見捨てられ、実質ユーロから離脱させられてしまうリスクがある。これこそが、経済の終わりである。一番重要なのは通貨、それを元に成立する銀行、そして、銀行に支えられる経済という構図になっているが、高々政府の借金の問題を経済の根本の通貨危機にしてしまったのが、チプラスの敗因なのである。

 一方、日本においては、銀行システムはほぼ盤石で、地方金融機関が衰退するという長期的な問題はあるが、システムのリスクはない。そして、自国通貨の円も問題はなく、単なる政府の大盤振る舞いによる借金の問題だけで、政府財政以外は日本は万全だった。ところが、アベノミクスのうちの異次元緩和により、円という通貨の価値を意図的に毀損させてしまい、さらにインフレでますます価値を喪失することを目指すと宣言しているから、これをとことこん本気で追求することが、これから行われるとすると、日本も本当の危機がやってくるのである。

 財政問題とは、政府が負担の先送りをしているだけの問題であり、深刻だが、限定的な問題だった。それが、通貨危機による金融危機、経済危機と発展するリスクに高まってしまったのは、量的緩和、異次元緩和なのである。そこからの脱出、出口戦略については、来週議論することとしたい。(小幡績・慶應義塾大学ビジネススクール准教授)

*連載第3回「ギリシャと日本の類似性」はこちら→

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