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ギリシャと日本の類似性──量的緩和による危機の拡大

ニューズウィーク日本版 2015年7月6日 18時30分

 *連載第2回「日本の財政問題とギリシャ破綻」はこちら→

 ギリシャでは、高々政府の財政破綻に過ぎなかったものが、ギリシャ国内の政治的な歪みにより,経済全体の破綻となりつつあるが、日本の状況もこれに似ている。

 なぜなら、日本経済は、長期的な問題はあるにせよ、銀行システムは問題がなく、経済は成熟経済としては順調であり、単なる政府部門の赤字累積という問題に過ぎなかったことが、量的緩和により、金融危機、経済危機に陥るリスクが存在するからだ。

 日本経済のアキレス腱は何か。国債市場である。唯一のリスクは国債市場にある。国債市場が危機となれば、金融は混乱し、金利は急騰し、一気に景気は悪くなり、株価も暴落し、今の楽観ムードに支えられている経済は行き詰まり、デフレどころか、日本経済の危機が語られることになろう。

 国債市場というのは、どこの国、どの経済でも、金融市場の基盤であって、金融は経済に大きな影響を与えるから、経済の基盤でもある。ギリシャにおいても、国債を発行して自力で資金が調達できるのであれば、EUやIMFの緊縮策を受け入れる必要もなく、自国の好きなようにやれば良かったのであるが、誰もギリシャに新規に金を貸そうという民間経済主体はいない。だから、EUとIMFが救済として、ボランティアというか、公的に支援すると言うことで、金を貸すしかなかった。そして、二度も破綻しているので、破綻しないためには、財政を立て直すしかないから、救済する条件として緊縮策を迫っただけのことであり、救済して欲しくなければ、まあ後は好きにしてくれ、ということなのである。

 日本経済がギリシャと決定的に違うのは、国債を発行して資金調達が十分にできるからである。そして、その裏付けは、民間経済が健全であり、徴税システムがしっかりしているので、いざとなれば、消費税引き上げなどをすれば、財政破綻をすることはない、という見込みである。民間経済の健全性と徴税システムの信頼性がギリシャと根本的に違うのであるが、ギリシャと同じことは、国債市場は買い手が存在しなければ、危機もしくは破綻に陥る、ということである。

国内投資家が持っているから安心、という誤解

 日本の国債は、国内保有が95%程度で、海外に依存していないから、ギリシャのようなことはない、という議論は2つの大きな誤りを犯している。第一に、国内の買い手に見放されたら終わりであり、投資家が買わなくなれば終わりであるのは、投資家が国内であろうと国外であろうと関係ない。第二に、国内投資家だから、万が一国債市場が危機になって、デフォルトなどが起きても、海外から借りていないから大丈夫、というのは、もっと大きな誤りだ。なぜなら、デフォルトは最終手段であり、最後の望だからだ。デフォルトすれば、とりあえず、利子返済の苦しみから逃れ、借金も返済しなくて良いから、借金ゼロからスタートできるようになる。だから、圧倒的に楽になるのだ。問題は、借金が二度とできなくなるだけだ。ただ、ギリシャのように、複数回デフォルトしても、救済されてきた国は、勘違いして、また、そのうちどうにかなる、と思ってしまう場合もある。

 日本においては、しかし、このデフォルトによる逃げは通じない。なぜなら、デフォルトすれば、日本の金融機関が損失を被り、それは預金者や保険契約者の損失となる。公的機関の保有分は、税金で埋めることになるから、100%国内負担であり、財政破綻でデフォルトすることが最後の、危機からの脱出手段であるギリシャと違って、逆に地獄への道なのである。

 一部の極端な考えの人々に、その代わりの脱出手段と思われているのが、日銀の買い支えだ。したがって、量的緩和を永遠に続ければ、日本国債の暴落も財政破綻もない、ということになる。一方、量的緩和に反対している人々の最大の懸念は、これが起こることだ。つまり、日銀が国債市場破綻防止のために買い支えを行うシナリオを警戒しており、この買い支えは、量的緩和の実施で既に始まっている、という批判である。

 しかし、量的緩和に賛成し、黒田総裁の異次元緩和を支持している多くの人々も、量的緩和が永遠に続くとは思っていない。いずれは(デフレ脱却という言葉を使うにせよ使わないにせよ)終了して、正常な金融政策に戻ると考えている。したがって、量的緩和はいつか出口を迎えるのである。

 出口では何が起きるか。まず、インフレ率が上がる。逆に言えば、インフレ率が上がれば、出口に向かうということになっている。なぜなら、量的緩和は、ただの金融緩和と異なり、また米国の量的緩和とも異なり、景気対策、失業対策としてではなく、インフレそのものを起こすことが目的だからだ。インフレとなれば、名目金利が上昇するから、国債価格は下落することになる。つまり、出口では必ず国債価格は下落することになるのだ。

量的緩和の副作用は国債市場の混乱に表れる

 このとき、量的緩和の致命的な副作用が増幅されて実現する。量的緩和とは、日銀が徹底的に国債を買いまくることであるから、その分、他の投資家は、国債を買えなくなっている。今までの国債の投資家達の多くは、国債市場でもはや国債を買うタマがないこと、また、今後は、日銀の緩和の方針の変更、さらにその変更への市場の予測の変動により、価格が乱高下するリスクが高まったことから、国債市場から退出あるいはその方向へ進んでいる。同時に、日銀の買いによって国債市場がバブルになり、価格が天井に近くなったことも、市場から退出する絶好の機会を与え、退出のインセンティブを強めた。同時に、量的緩和により円安が進んだことも、国内債から海外債券にシフトすることを促し、日本国債市場の投資家に退出を促進した。

 この結果、日本国債市場の投資家層は薄くなり、深みもなくなった。日銀だけが味方であるが、それ以外の要素では、日本国債が一旦下落トレンドになったら、そこへ買い向かう投資家は激減したのである。生保に期待する向きもあるが、海外債券へのシフトも徐々に進んでいることから、以前のような役割は期待できないと思われる。また、日本の企業は横並びであるから、一旦、海外債券という流れができてしまえば、いままで、日本国債が中心という習慣に馴染んでいただけの均衡から、合理的にリターンを追う均衡に移ることになり、今後は、生保の行動も変わると思われる。

 したがって、日銀の量的緩和により、国債市場は脆弱化が進められたことになる。この自ら脆弱化した市場を、日銀が自らバブルで膨らませ、そして、自らそのバブルを壊すこととなる。それが量的緩和なのである。

 もし、インフレ率が上がらなかったらどうなるか。一つは出口は永遠に来ない、という形式的な議論もあるが、それこそが、国債市場をもっとも危険な状態に追い込むシナリオだ。つまり、前述のバブルがより一層膨らみ、崩壊するタイミングが遅れるだけでなく、そのインパクトがより大きくなるだけだ。そして、市場の脆弱性もより致命的になっているだろう。したがって、インフレ率が上がらないまま、景気は良いのに、量的緩和を継続することは、国債市場の危機を深めるだけのことなのだ。

 この危機からどうすれば逃れられるか。ギリシャにならないためにはどうしたらよいのか。それは来週議論しよう。(小幡績・慶應義塾大学ビジネススクール准教授)

*連載4回目は7月13日掲載の予定です。


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