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日本にもスタートアップの時代がやって来る

ニューズウィーク日本版 2016年2月27日 7時5分

 スマートフォンの普及によって、だれもが場所と時間を問わずインターネットに接続できる環境が実現し、ビジネスのインフラに本質的な変化が訪れようとしている。本誌ウェブコラム「経済ニュースの文脈を読む」でお馴染みの評論家、加谷珪一氏によれば、「日本のビジネス環境に大きな変化をもたらす可能性を秘めている」動きだ。

 日本は欧米に比べ、起業家が少ない、起業しにくい、などとよく言われる。実際、日本政策金融公庫の調査によれば、起業予備軍(経営経験がなく、現在起業に関心がある人)は全体の15.7%いるのに、実際に起業した人は1.4%しかいない(2015 年1月21 日「起業と起業意識に関する調査」)。

 しかし、そんな日本にも変化は確実に訪れる。加谷氏は新刊『これからのお金持ちの教科書』(CCCメディアハウス)で、いま訪れつつある「新しい資本の時代」にどう働き、どう稼ぐべきかを説いているが、それによれば「10年後には、すべてのビジネスパーソンが『起業家』になっているかもしれない」のである。

 このたび、これから日本に増えてくるであろう起業家たちにとって、一種のロールモデルになるかもしれない2人の若い起業家と、自身も若くして起業したコンサルタントであるソーシャル・デザイン代表理事の長沼博之氏に集まってもらった(長沼氏は世界の次世代ビジネストレンドや国内外のスタートアップ事例に詳しく、昨年『ビジネスモデル2025』〔ソシム〕を上梓している。1982年生まれ)。

【参考記事】起業家育成のカリスマに学ぶ成功の極意

 起業家のひとりは、UPQ(アップ・キュー)代表取締役CEOの中澤優子氏(1984年生まれ)。昨年7月1日に創業し、わずか2カ月後の8月上旬、SIMロックフリーのスマホやキーボード、イヤホン、4Kディスプレイなど「ブルー・バイ・グリーン」のアクセントカラーで統一された17種類24製品のオリジナル家電・家具を発表し、話題になったハードウェア・スタートアップの起業家である。

 いまも正式な社員は自分ひとりだけというが、社外のメンバーや中国などの製造工場と密にやり取りして商品開発を行い、モノづくりに邁進している。東京・秋葉原のハードウェア・スタートアップ支援拠点「DMM.make AKIBA」内にオフィスを構え、当初はECサイト「DMM.make」だけで販売していたが、いまでは200店以上の大手家電量販店でもUPQの製品を扱っている。

 もうひとりは、ライフスタイルデザイン代表取締役社長の森雄一郎氏(1986年生まれ)だ。オーダーメイドのスーツやシャツなどを販売するECサイト「LaFabric(ラファブリック)」を2014年から運営し、Made in Japanの高品質とジャストフィットのサイズ感を売りに、手ごろな価格で消費者に届けることを実現している。

 リアルの店舗での計測や試着なしに、ネットでスーツをオーダーしてもらう――ひと昔前ならあり得なかったかもしれないが、いまやネットで服を買う行為は珍しくなくなったし、ライフスタイルデザインでは、快適にオーダーメイドできるようシステム改善に取り組んできたという(同社では商品開発だけでなく、ウェブ開発も自社で行っている)。また各地で期間限定のポップアップ型ショップを立ち上げ、今年1月には、東京・渋谷に初の常設型リアル店舗をオープンした。

「だれもがネット環境に簡単につながる時代になり、価値観が多様化してマス・プロダクトを売りづらくなっている」(加谷珪一氏)

 加谷氏をモデレーターとして実施した座談会「これからの日本の起業家たち」を、前後編の2回に分けて掲載する。

◇ ◇ ◇

加谷 だれもがネット環境に簡単につながる時代になり、その一方で、価値観が多様化してマス・プロダクトを売りづらくなっている環境のなかで、起業家たちはどういうことを考えてビジネスをしているのか。

 私が社会人になった頃はちょうどパソコンブームで、OEMでパソコンを作るベンチャー企業がいっぱい出てきたんです。でも、まだまだマス・プロダクトの延長でした。2000年代に入るとネットビジネスの世界になり、多くの企業がサービスを立ち上げて、その代表が楽天の三木谷さんなんかだと思います。つまり、サービスの時代になった。

 しかし、価値観が多様化していることもあって、いままたモノに対する興味が湧いてきているのではないかと思います。ふたたびモノの時代になるのではないかと。

 そんなわけで、今日はモノづくりで起業したおふたりに来ていただきました。まずは、どういう経緯で、どういう思いでモノづくりをするようになったのかをお聞かせいただけますか?

中澤 私はもともと、カシオ計算機で携帯電話の企画、プロダクトマネジメントをしていたんですが、私が入社した2007年の時点で、すでにモノづくりは飽和していて、どんどんスペックを上げて競争するという負のスパイラルの真っただ中でした。だから、いちばん苦しくて、つまらないと言われる世代だったんです。

 しかも、先輩はみんな15歳以上も年上で、楽しかったころの話を聞かされては、「昔はいいな~」と思っていました。さんざんモノづくりを楽しんできて、いまはダメだと嘆く世代と、これからメーカーでモノづくりをしようとする私たちとでは、モノづくりに対する考え方も全然違っていました。

加谷 携帯電話は一時期、かなりスペック競争が激しくなっていましたから、そのころに開発をしていたら、確かにやりがいもあって、楽しかったでしょうね。

中澤 私が入社して5年で、ほとんどの携帯電話メーカーが淘汰されて、カシオもNECに統合されることになりました。モノづくりは素晴らしいよと言っていた人たちも、みんなバラバラになってしまったんです。でも、そこであきらめたくなかった。

 どうやったらモノづくりに戻れるだろうってずっと考えていたんですが、実はその間に、カフェを始めたんです。自分の手でお店を作って、メニューを考えて、お客さんの反応を見ながら工夫して......というのはモノづくりと一緒で、ものすごく面白いんですが、やっぱり電気が通ったモノづくりをしたいなって、ずっと思っていました。

「ここ1年半くらいで、個人でモノづくりをできる環境が整ってきた。私のやりたいことができるかも、と思った」(中澤優子氏、手前はUPQの製品で光るキーボードの「Q-gadget KB01」など)

 そうしたら、ここ1年半くらいで、個人でモノづくりをできる環境が整ってきたんです。スタートアップを応援する仕組みとか、商品を販売できる環境とか。それで、もしかしたら私のやりたいことができるかも、と思ったわけです。

 だから、起業したいとか、ベンチャーという意識はなくて、ただただ、先輩たちが教えてくれた楽しいモノづくりを、私たちの世代の形で実現したかったんです。

【参考記事】広告ブロック技術のShineはネット業界の「核兵器」

加谷 上の世代とか、かつての時代に対する「悔しさ」が、ひとり家電メーカーへの原動力になったわけですね。森さんはどういう経緯で、カスタムオーダーのファッション通販サイトというビジネスを思いついたのですか?

森 僕は地元が岡山なんですが、岡山って縫製が盛んなんです。ジーンズとか、制服とか。家族や親戚や友達のお母さんが繊維メーカーや縫製メーカーで働いているっていう環境でした。

 ただ、僕が中学・高校と進んでいくうちに、どんどん工場がなくなっていったんです。僕の叔父もボブソンに勤めていたんですが、工場が閉鎖になって、希望退職という形でしたが、職を失ってしまいました。

 そのときに、僕は「なんでだろう?」って思ったんです。だって、だれだってジーンズを履くじゃないですか。履く人は減っていないのに、なんで工場が閉鎖されてしまうんだろうって。

 大学を卒業して、アパレルの仕事をするようになってわかったのは、業界のいびつな構造です。中間流通がものすごく多いんです。まず商社があって、卸会社も第一卸、第二卸とあって......何十年もそういった構造のままなんですよ。

加谷 確かに、アパレルは複雑そうですもんね。

森 めちゃくちゃ複雑です。お客さんが払ったお金のうちの、ほんのちょっとしか製造現場に下りてこないんです。ものすごくマージンが低い。要するに、現場が儲からない仕組みなんです。だから、現場をやっていた岡山の人たちが苦しい想いをしていたんだなって気づいたんです。

 いまはインターネットの時代なので、ネットを活用して、工場と直接やりとりしたいなって、シンプルに思ったわけです。

加谷 インターネットを活用する大きなメリットとして、"中抜き"ということがよく言われますが、まさにそれをやってのけたわけですね。

【参考記事】ミレニアルズ世代が熱狂する「カスタマイズ」とは何か

森 オーダーメイドという発想にいたった理由はもうひとつあって、それは、僕たちは毎日ふつうに洋服を着ていますけど、たとえば加谷さん、今日来ていらっしゃる服を、どこのだれが作ったかってわかりますか?

加谷 いや~、わからないなぁ。

森 そうなんですよ。でも、それって変だなって思ったんです。

「いまは自分がメディアを選ぶ時代だから、自分で情報を集めることができるようになった。その結果として、モノを選ぶハードルが高くなっている」(森雄一郎氏、後ろに掛かっているのは「LaFabric」のコート)

 いま、野菜とか体に入るものについては、どこでどう作られたのかを気にする人が多くなっています。だから、毎日12時間も着ている洋服について、その生産背景とか、それが作られた経緯に、もっとリスペクトするべきだと思うんです。

 今日、僕が着ている服はすべて、どこのだれが作ってくれたかを知っています。そうすると、他の服に比べて、ものすごく愛着が湧くんです。自分だけのオリジナルですし、どんどん好きになる。

「コミュニケーション時代のメーカー」

加谷 森さんがライフスタイルデザインを起業したのが2年前で、中澤さんのUPQはまだ半年ですが、おそらくおふたりのビジネスは、3年前なら成立し得なかったという気がするんです。長沼さんからご覧になって、どういう変化が起こっていると思われますか?

長沼 まさにいま、社会が変わってきていて、これまでの市場シェアを奪い合う時代から、人々のマインドのシェアをどう取っていくかを問われる時代になっています。それがつまり、オーダーメイドやワン・プロダクトが求められる社会なんだと思いますが、そこには当然、デザイン性やストーリーが問われてくるわけです。

森 僕が明確に思っているのは、過去5年とか10年で、消費者の意識が圧倒的に変わってきていることです。情報化社会になって、売り手よりも買い手のほうが多く情報をもっています。

 これまではメディアから情報をもらって流行を知って洋服を選んでいたのが、いまは自分がメディアを選ぶ時代だから、自分で情報を集めることができるようになった。その結果として、モノを選ぶハードルが高くなっているんだと思います。本当に納得しないとお金を払ってくれない。

 オーダーメイドもそれにつながってきます。一点一点、生地やデザインから自分で選んで、もちろんサイズも自分だけのものだし、そうやって心から納得できるものにお金を使いたい、と思う人が増えているんじゃないでしょうか。

加谷 中澤さんは、オーダーメイド家電というようなビジョンがあったりするんですか?

中澤 それは考えていないです。数が少ないと言っても、家電はやっぱり大量生産品です。200台だろうが1万台だろうが、型のとおりにまったく同じものを作るわけですから。

 私は、お客さんに製品を面白がってもらうことに頭を使っています。UPQの商品は言ってみれば嗜好品で、なくてもだれも困らない。だけど、これにお金を払ってもいいなって思ってもらうためには、買ったときにだれかに自慢できればいいんじゃないか、って考えているんです。

「人とのつながりに大きな価値を置く人たちが増えている。そういう部分にマッチしたモノづくりが、これからの時代には求められる」(長沼博之氏)

 いま、みんなすぐにツイッターやフェイスブックでシェアしますよね。うちのキーボードはタッチすると光るんですが、それを写真に撮って投稿したら、大体「いいね!」がつくと思います。

 そして、そういう、ひと目で面白さが伝わって、ひとことで説明できるプロダクトって、いまどんどん減っていると思います。

加谷 かつての携帯電話のスペック競争もそうですね。

中澤 はい。それで「1グラム軽い」とかをメーカーは競っていたんです。でも、そのことを自慢できるかっていうと......できませんよね。だから、ひとことで説明できるようなプロダクトのほうが、いまの時代の人は素直に驚いちゃうんです。

 子供でもおじいちゃんおばあちゃんでもだれでも、人に「なにこれ?」って聞かれたときに、ひとことで自慢できるようなもの、これをいつも考えてモノづくりをしています。

 そう考えるに至ったのは、実はカフェの経験がめちゃくちゃ大きいんです。うちのカフェはパンケーキが結構人気なんですけど、みんな、それを食べに来るわけじゃないんです。写真を撮りたくて来る人がほとんどです。

加谷 写真を撮って、それをフェイスブックとかインスタグラムに投稿するんですね。確かに、料理の写真をアップする人って多いですよね。特に女性はその傾向が強そうです。

森 僕の姉なんかもすごいやってそう(笑)。

中澤 本当に、なかなか食べてくれないんですよ。アツアツで出しているから、私としては早く食べてほしいんですが、いろんな角度から何枚も撮りまくる。で、食べる前にアップするんです。

 ちなみに、40代くらいの男性がひとりで来ても、まったく同じです。

加谷 同じかぁ~(笑)。

森 上の世代の人たちも、同じ価値観になっているってことですか?

中澤 パンケーキに集まってくる人は、同じだと思います。だからメニューも、値段じゃなくて見栄えで「これすごそう」っていうやつを選ぶんです。だれも写真を撮っていないであろうものを。

 でも結局、人の消費行動って、そういうことじゃないかと思うんです。もちろん必要だから買うものもあるけれど、パンケーキやうちの家電のような嗜好品は、よく見られたいってことにすべてつながると思っています。言ってみれば承認欲求ですよね。

 だれかに自慢したいから買う。だから、そこに対しては他よりも高いお金を払ってくれるんだと思います。

加谷 確かに、スペックだけを過剰に追求していっても、一部にはそれが好きな人もいるかもしれないけれど、実はあんまり多くの人の心には響いていない時代になっていますね。

森 モノ自体に価値があるんじゃなくて、お客さんにとってもうひとつ、より強い動機とか、より強い価値がないと手に取ってもらえないのかなって思っています。

「LaFabric」のアプローチとしては、生産背景とか、これはどこそこの県のなんとかっていう地域で作られたスーツですってことを、すべて見せてあげるんです。商品がたどってきたストーリーを伝えるということですね。

 それも言ってみれば、中澤さんが言うように、自慢できる、人に語れるっていうことですよね。しかもオーダーメイドなんで、このポケットはこういうつもりで選んだんだ、といったことまで語れる。そういうものがないと、ただモノを作るだけでは足りないのかなと思っています。

長沼 おふたりのビジネスは、「コミュニケーション時代におけるメーカー」という感じがしますね。

 人が究極的に求めるのは、対面であったり、コミュニケーションであったりするという話が加谷さんの本にも書かれていましたが、人とのつながりに大きな価値を置く人たちが増えていることが、おふたりのようなビジネスが成功する背景にあると感じます。

 だから、そういう部分にマッチしたモノづくりが、これからの時代には求められるのでしょうね。

中澤 昔テレビが初めて登場して、みんなが「ほしい!」って殺到した時代とは、もう違うじゃないですか。なんでもすでにある時代なので、あって当たり前のものを別のものに置き換えたり、どこにでも売っているものを選んだりする行動の意味を、作り手が定義づけしてあげなきゃいけないんじゃないかと思います。

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『これからのお金持ちの教科書』
 加谷珪一 著
 CCCメディアハウス


ニューズウィーク日本版ウェブ編集部

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