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伊勢志摩サミット、日本文化の真髄として伊勢神宮の紹介を - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2016年3月1日 17時0分

 首相夫人の安倍昭恵氏が先月末に三重県を訪れ、今年5月の伊勢志摩サミット開催に際して各国首脳の配偶者らが参加する「配偶者プログラム」について、伊勢神宮の訪問や海女との交流を行いたいという考えを示したそうです。

 まずこの「配偶者プログラム」については、前回日本で行われた洞爺湖サミットの際に、「十二単の着付け鑑賞」や「豪華な茶会」などをやって大ヒンシュクを買った前例がありますから、今回はオーソドックスに「社会貢献」というG7+EUの公式通りにやるのがいいと思います。従って神宮とか海女というのは、この際は外すべきだと思います。

 ですが、せっかく伊勢志摩で行うのですから、伊勢神宮を紹介するのは大事だと思います。配偶者プログラムなどという腰のひけたやり方ではなく、堂々と首脳を全員ひきつれて行くのが良いのではないでしょうか。もちろん政教分離という概念は、G7として世界に発信すべきメッセージの1つですから、宗教行為としての「参拝」は不適切ですし、不可能でしょう。

 ですから見学ということになると思いますが、単に観光ツアー的に案内しても面白くありません。もっと狙いを定めて実施すべきだと思います。それは「日本の文化」として学術的に正確な情報を提供し、その上で心からの畏敬の念を持ってもらうということです。

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 また、その際に一番大事なのは、個々の首脳個人が「感動した」とか「気に入った」とかいうことだけでなく、同行記者団が「神宮」という文化を正確に理解し、畏敬と感動の念を持って自国のメディアで報じてもらうようにすることです。そして、そのことが日本のソフトパワー向上と、インバウンド観光の一層の誘致になれば、それに越したことはありません。

 そのためには、どうしたら良いのでしょうか?

 一つ前提があります。G7参加国の記者たちには「伊勢神宮は戦前の国家神道の象徴だから取材するのは気が進まない」という誤解や、「そもそも政治の場であるG7の日程に宗教の神殿を絡めるのは良くない」という漠然とした先入観があると思われることです。こうした誤解や先入観があることを前提にして、これを解消し、首脳と記者団に圧倒的な好印象を持って帰ってもらうためには、以下の5点に留意することが必要だと思います。

 1つ目は、神道についてその全体像を理解してもらうことです。欧米のキリスト教徒からは「原始的なアニミズム」という蔑視を受ける危険性は否定できません。これに対しては、ルーツとしての修験道や道教の影響、あるいは陰陽道やオホーツク文化の影響、世界のどこにでもある収穫への祈りとの関連、そして何よりも多種多様な「カミ」の存在が日本の歴史の多様性と重層性を象徴していることなどを学術的に説明すれば、首脳夫妻も報道陣も目を輝かせて聞き入るのではないでしょうか。

 2つ目は、特に神宮の成り立ちについてです。「天照大神(あまてらすおおみかみ)」、つまり記紀によれば天皇家の祖先とされる神を祀った「内宮」が神宮の中心にありますが、この「内宮」は、ある時代にヤマト政権が全国支配を確立して、その権威を誇示するために建立したものでは「ない」と言われています。反対に、東方の種族との和解の証として建てられたという説があります。そのような議論は、各首脳や記者たちの関心を集めるでしょう。

 3点目は、庶民信仰の問題があります。江戸期には「伊勢講」という一種の互助会が全国に組織されていて、巡礼者への旅行費用のファイナンスをしていたこと、その一方で「伊勢信仰」というのは、古代へのあこがれというより「商売の神様」への素朴な感情の発露だったことなど、現代は多角的な研究が進んでいます。そうした観点から外宮の位置づけなどを紹介していけば「どうして内宮と外宮があるのか?」という質問に答える形で、日本文化の重層性を紹介できるのではないでしょうか?

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 4点目は、式年遷宮に関してです。式年遷宮は神道の重要な概念である「清浄さ」を維持するという思想を背景に、690年以来、延々と実施されてきました。ですが、それは天皇家が一貫して行ってきたのではなく、例えば武士政権の時代には、武士により資金が集められていますし、現代では民間の寄付でまかなわれています。つまり日本というのは祭政一致国家ではなく、複雑で多様な社会であり、その多様性の中から生まれた自発的なエネルギーによって、この式年遷宮という手間もお金もかかる伝統を維持してきた――この「パトロンの多様性」という点に関しての説明も必要でしょう。

 5点目は、日本の宗教の多様性についてです。そこには、神仏習合の問題という興味深いテーマがあります。神道と仏教という「全く異なる思想体系」が、どのように重なっていったのかを調べることは、人類に普遍の価値、すなわち「異なる価値観の共生」や「ロジカルな思想と感性的な思想のバランスと共存」といった問題にリンクする、実は極めて今日的な問題でもあるのです。

 ですから、「明治期の廃仏毀釈は悪」だから元に戻せなどという善悪二元論では、とても片付かない深いテーマです。実は、あまり知られていないのですが、伊勢神宮も元は神仏習合がされており、その1つのお寺の遺構が残っています。それは、「慶光院」という内宮の参道にある尼寺で、現在は廃寺となっていますが、立派な建物が残っています。この「慶光院遺構」も、可能であればサミットの首脳や取材陣に特別公開して、日本文化の重層性、多様性の象徴として理解してもらえたらいいと思います。

 伊勢神宮は確かに内宮を中心とした「天照大神」信仰の場でありますが、同時に外宮があり、多くの別宮があり、また慶光院の遺構があり、その全体が示しているのは日本文化の経てきた長い時間の重みに加えて、時代によって変化してきた多様性と重層性の構造なのだと思います。

 今年の伊勢志摩サミットでG7諸国やEUで伊勢神宮への関心が高まるのは素晴らしいことです。「国家神道のイメージと重ねることで嫌われるのでは?」という余計な心配は無用です。堂々と情報発信をして、堂々と首脳夫妻と大報道陣を連れて行けば良いのです。「神道の持つ多様性、庶民信仰、パトロンの多様性、神仏習合」といったキーワードに留意しつつ、学術的な情報を豊富に提供して、積極的に文化メッセージを発信することを期待したいと思います。

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