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【まんが】日本人が宗教に頼らず道徳を身につけられるワケ

ニューズウィーク日本版 2016年4月7日 15時57分

 日本人は日本論・日本人論が好きだ。だが、外国人の手によるもの、日本人が日本の読者に向けて書いたものは多いのに、日本人が外国の読者に向けて書いた日本論はあまり見かけない。どんな自画像を描くかだけでなく、どう他国に理解してもらうかも大切なはずだが、日本人によるそうした努力はあまりなされてこなかった。

 否、そうした日本論は実はある。100年以上も前に英語で書かれ、アメリカで出版された『Bushido: The Soul of Japan』だ。著者は明治時代の教育者であり思想家であった新渡戸稲造。日本人の精神を欧米人に理解してもらおうと、この本(日本語では『武士道』)を英語で書き上げた。

 出版されるやいなや高い関心が寄せられ、フランス語やドイツ語にも翻訳されて世界的なベストセラーとなった。西洋の思想と比較しながら"日本人の魂"である武士道の本質を解説した『武士道』から、多くの人が人生の知恵や教訓を得たという。今も各国で読み継がれ、まさに名著だ。

 このたび、この名著がまんが化されたのを機に、『まんがで人生が変わる! 武士道――世界を魅了する日本人魂の秘密』(新渡戸稲造・著、カネダ工房・まんが、三笠書房)から「プロローグ」と「第1章」を抜粋し、4回に分けて掲載する。


『まんがで人生が変わる! 武士道――世界を魅了する日本人魂の秘密』
 新渡戸稲造 著
 カネダ工房 まんが
 三笠書房


※シリーズ第1回【まんが】日本人の礼儀正しさは「武士道」から来ている?
※シリーズ第2回【まんが】『武士道』を書いたのはキリスト教徒だった
※シリーズ第3回【まんが】「武士道」の原点は戦闘時のフェア・プレイにある

◇ ◇ ◇

世界に誇れる精神は、どこからきたか?――仏教と神道と儒教が武士道に与えたもの


ステファニー「さあ、いよいよ『武士道』を読みはじめましょう! どんな秘密が書いてあるか、ワクワクします!」

みのり「でもそもそも武士道ってさあ、一言でいうと何なの?」

さくら「いやいや、読みはじめたばかりなんだし、いきなり書いてあるわけないじゃない」

ステファニー「『武士道とは一言でいえば、武士階級のノブレス・オブリージュである』とあります」

さくら「そんなこと書いてあるの!?」

みのり「の、のぶれす、おぶりー?」

ステファニー「『高い身分にある者が負う義務』のことです。身分の高い人はその高貴さや自分のあずかっている特権の分だけ、立派な行いをしなければならないという、欧米の考え方です」

さくら「なるほど。でも、どうして新渡戸さんは、そんな西洋の考え方をもち出して説明しはじめるんだろう......?」

『武士道』執筆のきっかけは?

 明治時代に世界で活躍した新渡戸稲造は、たくさんのカルチャー・ショック(文化の違いへの大きな驚き)を経験しました。その中でも、とくにショッキングな出来事だったと思われるのが、『武士道』の第1版の序文に書かれた、ラヴレー氏との会話です。

 新渡戸とベルギーの法学者エミール・ド・ラヴレー(1822~1892年)は、あるとき宗教について話し合っていました。ラヴレー氏は新渡戸から、「日本の学校には宗教教育がない」と聞き、仰天します。欧米の学校では、聖書の物語を通じて子どもたちに道徳や倫理(人としての正しい生き方)を教えるからです。キリスト教の教義を身につけなければ、平気で嘘をついたり人を傷つけたりする、悪魔のような人間になるとまで思われていました。

 新渡戸のほうは逆に、ラヴレーが驚いたことに驚きます。日本人はことさらに宗教に頼らなくても、道徳を身につけられるからです。

 また、新渡戸の妻であるアメリカ人のメアリーは、ことあるごとに日本人の考え方や慣習について不思議がり、しきりに新渡戸に質問していたといいます。

【参考記事】道徳教材に「二宮金次郎」、何が問題なのか?

 新渡戸は、ラヴレー氏やメアリー夫人に、日本人の生き方・考え方をもっと理解してほしいと思いました。そして、「日本では宗教の代わりに、武士道が道徳心や倫理観を育む」という結論に達し、そのことを『武士道』で主張します。

 いわば『武士道』は、カルチャー・ショックから生まれた1冊なのです。

ノブレス・オブリージュとは?

 武士道がどのようなものなのか、欧米の人たちに伝えるため、新渡戸は「ノブレス・オブリージュ」という言葉を用います。

 これは、「高い身分の人は、それだけ多くの義務を負わなければならない」という意味のフランス語です。

 権力者が好き放題に悪いことをしたら、社会はひどい状態になってしまいます。社会の秩序を保つためにも、身分の高い人は模範的なふるまいをしなければいけません。この社会的責任が、ノブレス・オブリージュです。

 欧米にあるのと同じような社会的責任は、近代以前の日本にもあった、それこそがサムライの武士道だ、というのが新渡戸の主張です。欧米人に理解してもらうために、わざとノブレス・オブリージュという言葉を用いたのです。



封建制とともに生まれた「サムライの共通規範」

 サムライ、すなわち武士は、中世から近世までの「封建制」の日本で、最も権力の強い身分でした。

 封建制とは、主君と臣下との結びつきをもとにした社会制度です。主君は臣下に対して土地の支配を認め、その代わりに臣下は主君に忠誠を誓います(御恩と奉公)。

『まんがで人生が変わる! 武士道――世界を魅了する日本人魂の秘密』より

 新渡戸によると、日本の封建制の始まりは、源頼朝(1147~1199年)が鎌倉幕府を開いたときです。武士である源頼朝が日本を支配したとき、天皇や貴族を中心とする世の中から、武士を中心とする世の中に変わり、封建制も確立されたというわけです(これについては諸説あります)。以後、鎌倉時代、室町時代、安土桃山時代、江戸時代と、武士が主となって政治を動かしました。

 サムライはもともと、戦うことを専門とする人々です。そんな人々が権力を得たうえに、「どんなに卑怯なことをしても勝てばいい」などと考えていては、社会がめちゃくちゃになってしまいます。ゆえに、敵どうしの間でも守られるような、「フェア・プレイ」の精神が必要になりました。

 このフェア・プレイの精神から、サムライが守るべき掟としての「武士道」が生まれます。掟といっても、「するべきこと」や「してはいけないこと」が成文法(文字で書かれた法律)として制定されたわけではありません。サムライたちの生き方をとおして、長い時間をかけて形成された、暗黙の「共通規範」であり、サムライたちの間の一種の常識なのです。

武士道を生んだ3つの思想

 武士道の「起源」は封建制ですが、それとは別に武士道の「源泉」、すなわち武士道を生んだ3つの思想があると新渡戸はいいます。

 それは、近代以前の日本人の思想を作ってきた①仏教、②神道、③儒教です。

『まんがで人生が変わる! 武士道――世界を魅了する日本人魂の秘密』より

①仏教

 仏教は、運命を受け入れること、危険を前にしても心を乱さないこと、生に執着する必要はないこと、そして死を恐れないことを説きます。これらの教えは武士道に、現世の物事に流されない思想としての深みを与えました。



②神道

 日本の神道で崇拝される神さまは、自然を含む多くの事物で、「八百万の神」と呼ばれます。また、天照大神(あまてらすおおみかみ)をはじめとする神々は、日本人の祖先でもあります。ゆえに神道の教えの中心は、自然崇拝(自然を敬うこと)と祖先崇拝(祖先を敬うこと)だと新渡戸はいいます(これについては諸説あります)。

 自然崇拝からは国土を愛する気持ちが生じます。また天照大神は天皇家の始まりなので、祖先崇拝は天皇への忠誠心につながります。このような愛国心と忠誠心を、武士道は神道から学んだのでした。

③儒教

 新渡戸によると、武士道に最も大きな道徳的影響を与えたのは儒教でした。儒教とは、孔子(前552(?)~前479年)によって創始された、中国に起源をもつ思想です。

 孔子の教えを受け継いだ孟子(前372(?)~前289(?)年)は、「親(しん)」(父と子の関係)・「義」(主君と臣下の関係)・「別」(夫と妻の関係)・「序」(年上と年下の関係)・「信」(友人どうしの関係)を大事にするよう説きました。これを「五倫」といいます(新渡戸は孔子の思想として紹介していますが、おもな提唱者は孟子でした)。とくに主君と臣下の関係は、武士道の思想の最も大切な基本となりました。

 孔子・孟子にもまして武士道に大きな影響を与えたのは、「知行合一(ちこうごういつ)」を説いた王陽明(1472~1528(?)年)の陽明学です。

「知行合一」とは、考えることと行動することが食い違ってはいけない、思考と行動とを一貫させなければならないという教えです。

 武士道は抽象的な哲学ではなく、サムライたちの行動ルールやマナー規範なので、このような実践的な教えと相性がよいのです。

 以上、武士道の「源泉」としての仏教、神道、儒教を見てきました。複雑で奥深いこれらの思想のそれぞれから、よいエッセンスをうまく吸収して、武士道はサムライという独特な人間像を作り上げたのでした。

※シリーズ第1回【まんが】日本人の礼儀正しさは「武士道」から来ている?
※シリーズ第2回【まんが】『武士道』を書いたのはキリスト教徒だった
※シリーズ第3回【まんが】「武士道」の原点は戦闘時のフェア・プレイにある


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