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ダラス警官銃撃事件が大統領選の流れを変える

ニューズウィーク日本版 2016年7月14日 16時0分

<60年代のベトナム反戦運動の騒乱は社会の右傾化につながり、大統領選で法と秩序を訴えたニクソンを当選させた。今回の悲劇が今年の大統領選にどのような政治的影響を及ぼすかはまだ読めない>

 警官5人が死亡、7人が負傷したテキサス州ダラスの銃撃事件は、米大統領選挙の様相を一変させる可能性がある。民主・共和両党の候補指名をほぼ確定させたヒラリー・クリントンとドナルド・トランプは、人種と暴力、警察の問題について、これまで以上に注意深い対応が必要になりそうだ。

 トランプは銃撃事件の夜、いつもの自画自賛と他者への侮辱を控え、自己抑制の利いた声明を発表した。「われわれは法と秩序を取り戻さなければならない。人々の信頼を取り戻し、家も通りも安全・安心だと思えるようにしなければならない」

 クリントンはツイッターで、「平和な抗議行動の警備という神聖な職務の遂行中に銃撃された警官たち」の死を追悼した。さらに両陣営とも、事件翌日の政治集会を中止にした。

【参考記事】人種分断と銃蔓延に苦悩するアメリカ

 銃撃事件の前日には、連続発生した警官による黒人射殺事件に対し、アメリカ各地で怒りの抗議デモが行われていた。ダラスでも数千人がデモ行進に参加したが、銃撃事件の直前までは平和で秩序のあるデモだった。

 もともとダラス市警は、地域との関係を重視する進歩的な姿勢が高く評価されていた。デモの警備に当たった警官の大半は半袖シャツの軽装だった。
 
 気になるのは、今回の警官銃撃事件がクリントン、トランプ両陣営の選挙運動をどう変えるかだ。クリントンは、多くの射殺事件の被害者になった黒人よりも警察寄りの姿勢をさらに強めるしかないのか。トランプはこれまでの勝手気ままで大衆扇動的な言動を抑え、もっと自己抑制的な政治家像を前面に出すことを強いられるのか。

トランプ有利の展開も

 今後の展開を占う上で、過去の例はあまり参考にならない。1960年代、ベトナム反戦運動でアメリカが揺れに揺れた後、有権者は右寄りになり、68年の大統領選で法と秩序を訴える共和党のリチャード・ニクソンを当選させた。



 92年、黒人青年ロドニー・キングを暴行した白人警官に無罪評決が出たことへの不満が爆発する形で起きたロサンゼルス暴動では、逆の結果になった。当時民主党の大統領候補だったビル・クリントンは、暴力を非難すると同時に、警官に対する黒人の不満に共感を表明。秩序の回復という重要テーマで現職のジョージ・H・W・ブッシュよりも頼りになる印象を与え、有権者の心をつかんだ。

 かつてのニクソンのように、現在の混乱がトランプの追い風になる可能性はある。クリントン陣営は、米軍最高司令官を兼ねる大統領には「静かなリーダーシップ」が必要であり、トランプは不適格だという主張の説得力が増すとみているかもしれない。だがクリントンも、黒人など少数派の支持基盤を維持したければ、警官による暴力の問題に正面から取り組むことを求められる。

【参考記事】クリントンの私用メール問題はまだ終わらない

 1963年11月、同じダラスで起きたジョン・F・ケネディの暗殺は、事件や暴動の政治的影響がいかに予測困難かを示すいい例だ。

 現職大統領の射殺事件は全米の同情を集め、64年の大統領選は同じ民主党のリンドン・ジョンソンが圧勝。30年代のニューディール政策以来、最も目覚ましい社会改革「偉大な社会」政策のきっかけとなった。だが同時にケネディ暗殺は、ベトナム戦争の激化とアメリカの保守化の前触れでもあった。

 今回のダラス事件も、政治的影響がはっきりするのはしばらく先になりそうだ。

[2016.7.19号掲載]
マシュー・クーパー

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