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民主党大会でTPPに暗雲、ヒラリーが迷い込んだ袋小路

ニューズウィーク日本版 2016年7月29日 18時0分

<民主党の全国党大会で、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)への反対論が勢いを増した。かつてはTPPに賛成していたヒラリー・クリントンも、これまで以上に反対姿勢を強めざるを得ない状況に追い込まれている>

最大の敗者はTPP

 民主党の全国党大会では、ヒラリー・クリントンが正式に民主党の大統領候補に指名された。バーニー・サンダース上院議員を支持してきた勢力の反乱は最小限にとどまり、ひとまず民主党は結束の演出に成功した。

 結束が勝者であったとすれば、最大の敗者はTPPだろう。民主党大会を経て、TPP発効への道のりは、これまで以上に険しくなった。

 TPPを発効させるには、米議会の同意を得る必要がある。バラク・オバマ政権は、新政権が発足する前にTPPの議会審議を終えることを目指してきた。

【参考記事】経済学的に考えればわかる、TPP合意の理由と影響

 ところが党大会の期間中に、民主党の下院院内総務であるナンシー・ペロシが、TPPへの反対を明言してしまった。同じころには、共和党の下院議長であるポール・ライアンも、年内のTPP審議に、悲観的な見通しを示している。上院の両党首脳は、かねてからTPPに後ろ向きであり、年内審議への道は限りなく狭まった。

【参考記事】次の台湾総統を待つFTAとTPPの「中国ファクター」

 政権交代後の見通しも開けない。民主党のティム・ケーン上院議員は、党の副大統領候補に指名されるにあたり、直ちにTPPへの反対を表明した。これまでTPPに好意的な発言を繰り返し、TPPの議会審議に必要なTPA(貿易通商権限)の成立に賛成した数少ない民主党議員だっただけに、TPPの早期発効を願うビジネス界の失望は大きい。

袋小路に迷い込んだクリントン

 TPP支持派にとって何よりも誤算だったのは、クリントンがTPPへの反対を見直す道が、ほとんど閉ざされてしまったことだ。

 国務長官時代にTPPを支持してきたクリントンだが、今回の選挙戦ではTPPへの反対に転じている。クリントンの変節については、TPP反対を鮮明にするサンダース支持派への配慮に過ぎず、実際に大統領に当選した場合には、いずれTPP支持に回帰するとの見方が根強い。

 誤算を招いたのは、バージニア州知事であるテリー・マコーリフが、民主党大会中に行った不用意な発言である。クリントン夫妻との近さで知られるマコーリフは、米政治情報サイトPOLITICOの取材に対し、クリントンは現在TPPに反対しているが、いざ就任すれば賛成に立場を変えると述べた。

 TPPを厳しく批判してきたサンダース支持派などは、これに猛反発。党大会の混乱を恐れたクリントン陣営は、「選挙の前後を問わず、TPPには反対する」と明言せざるを得なくなった。



 これが誤算だったのは、マコーリフの発言こそが、まさにクリントンが考えていた逃げ道だったと思われるからだ。マコーリフは、クリントンがTPP賛成に転じる条件として、「多少の修正を加える」ことを挙げていた。

 これまでクリントンは、「今のままではTPPに賛成できない」と繰り返し、明言こそしないものの、何らかの修正を加えたうえで賛成に転じる余地を、慎重に残してきたようにみえた。

 ところが、マコーリフの発言を否定するために、クリントンはそうした逃げ道を自ら塞いでしまった。議会を説得するためにTPPの内容を見直そうにも、もはや多少の小細工では許されない。ハードルは高くなった。

支持者は保護主義を求めていない

 いくら選挙のためとはいえ、ここまでクリントンが袋小路にはまり込む必要はあったのか。

 世論調査は別の絵を描き出す。回答者の過半数は、外国との貿易を機会と考え、前向きにとらえている。その割合は、2010年前後から上昇傾向にある。

 とくに驚かされるのは、民主党支持者の意識である。米国では、「共和党は自由貿易、民主党は保護主義」と考えられてきた。実際に、党大会に集まった熱狂的な民主党の支持者や、労働組合などの利益団体は、これまで以上に保護主義を強く主張している。

 現実はどうか。同じ世論調査を支持政党別にみると、貿易を前向きに考える割合は、共和党支持者よりも、民主党支持者の方が高い。世論調査を見る限り、クリントンには、自由貿易支持に回帰する道が残されているように思われる(図表)。



TPP再起動には時間

 クリントンが袋小路から抜け出すには、しばらく時間がかかるかもしれない。

 ここまで反対姿勢を明確にしてしまった以上、クリントンが当選直後にTPPに取り組もうとすれば、せっかく選挙で得た勢いが失われかねない。それでなくてもクリントンには、移民制度改革など、優先したい課題がある。そのため民主党関係者は、改めてクリントンがTPPに向き合うには、就任2年目以降まで待つ必要があるとみる。それどころか、クリントンが当選した場合には、「なぜ通商が米国の有権者のためになるのか、何年もかけて、初歩の初歩から説明をやり直す必要がある」との指摘すらきかれる。

 党大会の最終日に行われた指名受諾演説で、クリントンはTPPに言及しなかった。労働組合などは、TPPに一気にとどめをさそうと、演説のなかでTPPを批判するよう、盛んに働きかけていたという。TPPは、挫折の瀬戸際まで追い込まれながら、なんとか踏みとどまっている状況である。

安井明彦1991年富士総合研究所(現みずほ総合研究所)入社、在米日本大使館専門調査員、みずほ総合研究所ニューヨーク事務所長、同政策調査部長等を経て、2014年より現職。政策・政治を中心に、一貫して米国を担当。著書に『アメリカ選択肢なき選択』などがある。




安井明彦(みずほ総合研究所欧米調査部長)

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