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なぜビル・クリントンは優れた為政者と評価されているのか

ニューズウィーク日本版 2016年10月20日 11時35分

<女性スキャンダルで弾劾裁判にまで追い込まれたにもかかわらず、為政者として高く評価され、今なお絶大な人気を誇るビル・クリントンの半生(1)> (写真は2016年1月、妻ヒラリー・クリントンの選挙集会で)

 いよいよ11月8日、米大統領選の投票が行われる。このままいけば共和党のドナルド・トランプを破り、民主党のヒラリー・クリントンが勝利するだろう。そうなれば来年1月、第42代大統領を務めたビル・クリントンが、再びホワイトハウスの住人となる。

 10月上旬に過去の女性蔑視発言が話題になった時、トランプはテレビ討論会でこう反撃した。「私は言っただけだが、彼(ビル・クリントン氏)は実際に行動した」

 日本では今も、ビル・クリントンといえば「モニカ・ルインスキー事件」を思い起こす人が少なくないだろう。確かに次々とセックスやカネのスキャンダルが持ち上がり、最終的には弾劾裁判にまで追い込まれた大統領だった。トランプが反撃材料に持ち出したのも無理はない。

【参考記事】トランプの新たな個人攻撃、「ヒラリーは夫の不倫相手の人生を破壊した」

 しかし、反撃は空振りに終わった。もちろん、アメリカでもあの女性スキャンダルが忘れられたわけではないが、理由はおそらくトランプだけにあるのではない。特筆すべきは、ビル・クリントンがアメリカを再び繁栄に導いた大統領として高く評価されていること。そして、今なお国民の間で絶大な人気を誇っていることだ。

 西川賢・津田塾大学学芸学部国際関係学科准教授は『ビル・クリントン――停滞するアメリカをいかに建て直したか』(中公新書)の「はじめに」にこう記す。「クリントンは決してスキャンダルを起こしただけの政治家ではなく、内政・外交両面で後世に語り継がれる功績をあげ、アメリカを新世紀へと架橋した優れた為政者であったと認められている」

 1993年に46歳でアメリカ初の戦後生まれの大統領に就任し、スキャンダルにまみれながらも「双子の赤字」を解消して好況に導いた男の半生を追ったのが本書『ビル・クリントン』だ。250ページ超とコンパクトだが、来年にはアメリカ初の「ファースト・ハズバンド」になる可能性のある男の業績と、現在につながる評価がよくわかる一冊となっている。

 ここでは本書から一部を抜粋し、4回に分けて掲載する。第1回は「はじめに」より。


『ビル・クリントン――停滞するアメリカをいかに建て直したか』
 西川 賢 著
 中公新書


◇ ◇ ◇

 大統領について研究しているアメリカの政治学者リチャード・コンリーによれば、クリントンの伝記を著すということは「2人の異なる人物の評伝を書くようなものだ」という。

 スキャンダルにまみれた恥辱の大統領という姿は、クリントンという政治家の一面にすぎない。ビル・クリントンという政治家には、ほかにもいくつもの顔が存在するからである。

 たとえば、クリントンは南部アーカンソー州のホープという小さな町の決して裕福ではない家庭から身を起こして政治家を志し、州知事となり、ついには大統領にのし上がった。クリントンにはアメリカン・ドリームを実現させた人物という顔がある。

 レーガン政権以降の共和党の一大攻勢の前に守勢に回る一方であった民主党内の新勢力、ニュー・デモクラットの指導者となり、民主党の軸足を定め直した救世主という顔も忘れてはならない。

 そして何よりも、内政・外交両面で冷戦後に停滞していたアメリカの建て直しに辣腕をふるった優れた指導者という顔がある。これがもっとも重要な顔であることは言うまでもない。



 クリントン政権の後期、アメリカはIT産業を起爆剤とする空前の好況に沸いた。「この好況は永続し、もはや景気後退は生じないのではないか」、アメリカ人の多くがそんな楽観論を抱いたほどの好景気だった。

 思えば、クリントンが大統領に就任した93年当時、アメリカ政府は巨額の累積債務を抱え、日本などとのあいだに貿易赤字も発生しており苦しみ喘いでいた。この疲弊の極みにあったアメリカ経済を僅かな期間で建て直すことに成功したクリントンの手腕を高く評価する声は根強い。

 外交・安全保障分野でも、クリントンは旧ユーゴスラビア、北アイルランド、パレスチナなどで紛争調停の仲介役を積極的に引き受け、欧州やアジア太平洋地域で同盟関係をポスト冷戦期のリアリティに応じて見直すなどの成果をあげた。ポスト冷戦期の国際社会に忍び寄るテロの脅威や、気候変動問題への対策の重要性を早くから認識していた点でも、クリントンには先見の明が備わっていた。

 アーカンソー州リトル・ロックにあるクリントン大統領図書館はアーカンソー川を望む広大な敷地に建てられている。その建物は巨大な長方形であり、あたかも「橋」のような形をしている。

 これは、クリントンが第2次就任演説で用いたスローガン、「21世紀への架け橋」をモチーフとしたものである。

 クリントンは決してスキャンダルを起こしただけの政治家ではなく、内政・外交両面で後世に語り継がれる功績をあげ、アメリカを新世紀へと架橋した優れた為政者であったと認められている。

 クリントンの評価はいまなお上昇傾向にあり、その名はもはや民主党支持者に安心と安定を与える「優良ブランド」になった感さえある。

 2016年6月7日、民主党の大統領候補に内定したヒラリー・クリントンが「もう1人のクリントン」として早くから注目されてきたのも、こうした背景によるところが大きい。

【参考記事】元大統領の正しい使い方

 以上のような多様な要因を考慮することなくして、クリントンを語ることはできない。本書では、クリントンという政治家の持つ多様な顔を検討することを通じて、彼の全貌を描き出していく。

 クリントンが大統領に就任した90年代初頭、アメリカは国内で経済不況、国外で冷戦の終焉という大きな変化に直面していた。クリントンは大統領として、国内外の変化にどのように対応したのだろうか。また、クリントンはアメリカ政治にどのような「遺産」を残したのだろうか。

 クリントンの全貌を描くことは、90年代のアメリカ政治の全体像を描く作業であるとともに、現在のアメリカ政治を歴史的文脈に位置付けて考える作業でもある。

※シリーズ第2回:ビル・クリントンの人種観と複雑な幼少期の家庭環境


『ビル・クリントン――停滞するアメリカをいかに建て直したか』
 西川 賢 著
 中公新書



ニューズウィーク日本版ウェブ編集部

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