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流行語大賞から1年、中国人は減っていないが「爆買い」は終了

ニューズウィーク日本版 2016年11月19日 6時57分

<免税販売大手ラオックスが前年同期比で利益98%減と惨敗。かねてから「もう終わるのではないか?」と懸念されてきた「爆買い」だが、わずか1年で中国人向けインバウンドが急変したのはなぜか>

 中国人観光客が増える10月1日からの国慶節休暇に、都内各所の家電量販店をめぐった。昨年は、ある家電量販店が保温タンブラーや炊飯器を山と並べた特設コーナーを作り、「国慶快楽!」(祝建国記念日)とのポスターを張り巡らせていた。中国のネットで「日本の建国記念日も中国と同じだっけ?」と揶揄されて話題になるほどだったのだ。しかし今年は、中国人を狙った特別セールは一切見かけなかった。

 約1年前となる2015年12月1日、2015年新語・流行語大賞が発表され、プロ野球の「トリプルスリー」と並んで、中国人観光客の旺盛な購買欲を示す「爆買い」が大賞を受賞した。「爆買い」の象徴的人物として受賞者に選ばれたのは、免税販売大手ラオックスの羅怡文社長。同氏は授賞式で「爆買いの本質は日本の商品の良さ。世界の人々により良い商品を届けるよう努力していきたい」と更なる成長を誓っていた。

 ところが1年が過ぎた今、「爆買い」をめぐる景色はすっかり様変わりしている。14日に発表されたラオックスの2016年1~9月期決算は、売上高が前年同期比31.9%減、利益が98.2%減という惨憺たる状況だ。「爆買い終了」が今年の流行語大賞になってもおかしくないほどの惨敗を喫している。

「爆買い終了」のあおりを受けているのは、もちろんラオックスだけではない。家電量販店でも「爆買い」熱は薄れており、今年5月にはヤマダ電機初の免税専門店「LABIアメニティー&TAX FREE新橋銀座口店」が閉店。2015年4月のオープンから13カ月という短命に終わった。

 また、日本百貨店協会発表の免税総売上高を見ても、前年同月比89.9%と落ち込んでいる。購買客数は115.9%と伸びているが、1人当たり単価が77.6%と大きく落ち込んだことが原因だ。食品や化粧品などの売れ行きは好調だが、ブランド品や宝飾品など高単価商品の売り上げ減少が響いた。

 高額商品不振が要因だが、訪日中国人客数自体も伸び悩む傾向にある。日本政府観光局(JNTO)の統計によると、2015年は前年同月比で100%を超える伸び率を記録する月が多かったが、今年に入って鈍化し9月には6.4%増とついに1桁にまで落ち込んでいる。

【参考記事】銀座定点観測7年目、ミスマッチが目立つ今年の「爆買い」商戦

原因は「円高」「越境EC」「通関検査強化」

 いったい何が起きているのだろうか。最大の理由は円高元安だ。人民元・円レートは2015年6月に1元=20.2円を記録している。それが今年10月には15.4円を記録、約25%もの下落となった。円での値上げはなくとも中国人観光客にとっては25%の値上げと同じだ。

「爆買い」というとなにやら成り金の大盤振る舞いのような語感で、ちょっとやそっとの価格変動など関係がないかのように思えるが、実際には真逆だ。



 とりわけブランド品や高級品は他国での販売価格と強い競合関係にある。中国人観光客のブランド品ショッピングを取材したことがあるが、SNSを駆使して友人や親戚と連絡を取り合い、「これは香港のほうが安い」「日本のこのブランドがこの価格なら韓国の商品を買う」などと相談を続けていた。

 また、海外製品をネット販売する「越境EC(電子商取引)」の隆盛も「爆買い」減速の背景にあるという。例えば、越境ECサイト大手「天猫国際」の日本館トップページに掲載されている人気商品「足リラシート」の価格は98元(2016年11月18日現在)。日本円にして約1570円だ。関税11.6元(約186円)を支払っても日本国内の販売価格と大差はない。

 中国の越境EC利用者に話を聞いたところ、「日本旅行に出かける友だちに買い物をお願いするのは、お礼もしなきゃならないし、なにかと面倒です。値段がそんなに変わらないならネット通販のほうが気楽です」と答えていた。

 さらには、今年4月から中国の空港での通関検査が強化されたと伝えられている。8000元(約12万8000円、入国者向け免税店が併設されている空港での基準。それ以外の空港では5000元)の免税枠に変化はないものの、検査される可能性が高まったとして、転売や大量のお土産購入などの大口客に影響したという。

【参考記事】「爆買い」なき中国ビジネスでいちばん大切なこと

数少ない勝ち組、ボッタクリ免税店は今も高収益!?

 大きな背景としては上述のとおりだが、それ以外にも個々の要因が見すごせない。勝ち組と負け組が分化しているのだ。

 冒頭で紹介したラオックスだが、2014年6月オープンの新宿本店や2015年9月に拡大リニューアルした大丸心斎橋店などに象徴される、高級品をメインターゲットにした新店舗が不発に終わったことが大きい。一等地の大型店舗に高級時計や赤サンゴ、黄金製品などがずらりと並んでいるが、客入りは不調のようだ。また中国のネットでラオックスは価格が高いなどの口コミ情報が広がっていることもマイナスだろう。

 一方で、外国人専門のクローズド免税店は堅調と伝えられる。こうした店について知る人は少ないだろう。予約した外国人ツアー客以外はお断りという名目で日本人の出入りが禁止されている。かつて上海租界の公園には「犬と中国人は入るべからず」との看板がかけられていた。恥辱の中国近代史の象徴として今も記憶されている。21世紀の今、日本に「日本人入るべからず」のお店ができているのはなんとも皮肉だ。

 こうした免税店は、中国の旅行会社にマージンを支払ってツアーをまるまる招き入れる形式だが、交通が不便な場所にあることが多く、旅行客は他店と見比べることもできないまま店員のマシンガンのようなセールストークを聞き続けることになる。中国旅行会社のツアーには、こうした軟禁スタイルのボッタクリ免税店、土産物店がつきもの。中国国内だけではなく、ヨーロッパやオーストラリアなど海外でも整備されている。

【参考記事】香港・マカオ4泊5日、完全無料、ただし監禁――中国「爆買い」ツアーの闇



 ツアーに参加する客はこうした苦行があることを知らない情報収集力が低い人か、あるいは知っていても個人旅行は面倒だと考える人たち。売り込みにも弱く格好のカモなのだという。

 もっとも、日本のボッタクリ免税店については中国メディアでもたびたび報道され、その悪辣ぶりは次第に認知されつつある。いつまで勝ち組でいられるかは不透明な状況だ。

 いずれにせよ、昨年から今年にかけての急変も驚きだが、今後もめまぐるしい変化は続くと予想される。なんともやっかいなマーケットだが、社会現象となったクレイジーな「爆買い」は終焉しても、中国人観光客のインバウンド需要が消えるわけではない。「爆買い」から普通のインバウンド需要に戻るだけだ。

 長い目で見れば、中国人の可処分所得上昇と海外旅行需要が続くことは間違いないだけに、成熟した需要が堅調に伸びることは間違いない。インバウンド産業には短期の変化に一喜一憂しない、長期的な視点が求められている。

【参考記事】日本に観光に来た外国人がどこで何をしているか、ビッグデータが明かします

[筆者]
高口康太
ジャーナリスト、翻訳家。1976年生まれ。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。独自の切り口から中国・新興国を論じるニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由』(祥伝社)。


高口康太(ジャーナリスト、翻訳家)

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