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トランプ最大のアキレス腱「利益相反」問題に解決策はあるのか - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2016年12月22日 15時40分

<大統領就任を目前に控えたトランプが、自分のビジネスと大統領職の「利益相反」問題で決断を出せずにいる。これでは、資産整理をすると何かまずいことがあるのではないかと、疑わざるを得ない>(写真:選挙期間中は娘イヴァンカの夫妻に事業を継承すると言っていたトランプだが)

 ドナルド・トランプ次期大統領は、かねてから問題になっていた「自分のビジネス」と「大統領職」の「利益相反問題」について、今月15日に記者会見を行うと表明していました。ところが、会見は年明けに延期されました。

 この問題は、簡単に言えば「合衆国大統領」が、ホテルやリゾートビジネスを中心とした企業の経営者であってはならないし、株主であってもならないということです。

 理由は簡単で、大統領が自分のビジネスに有利になるような政策を行えば、汚職になるからです。反対に、汚職になるのを恐れて自分のビジネスに「不利」になるような判断を続ければ、大統領の仕事をすればするほど「損」になるという、不自然で不安定な立場に置かれることにもなります。

 ちなみに公選された職を含む公務員に対しては、米国の法律「政府の行動倫理法(Ethics in Government Act)」で「利益相反の回避」が求められると厳格に規定されており、その監督と監視を行うための「合衆国政府倫理庁(OGE, Office of Government Ethics)」が設置されています。

 大統領と副大統領は、この規定の例外になっているのですが、それは細かな問題で政争に巻き込まれるのを回避するためであって、「自らより厳しく律する」ことが求められるのは当然とされています。

【参考記事】ファーストレディーは才女イヴァンカ?

 これに加えて、外国政府からの直接・間接的な利益供与が禁じられているという問題もあり、海外にホテルチェーンを展開しているトランプ氏の場合は引っかかってしまいます。

 では、次期大統領がどう対処すれば良いかというと、簡単に言えば、次の4つのオプションがあります。

(1)全株売却
 本人も家族も、保有している「トランプ・オーガニゼーション」などの株式を全て売却、換金して、大統領職在任中は一切経営にタッチしない。

(2)ブラインド・トラスト(白紙委任信託)
 本人及び家族の持ち株を信託名義に書き換えて、その信託管理人を「第三者である弁護士など」に委任。信託にしている期間内は、保有財産が生み出す配当等の利益を受け取ることはできない。また企業の経営内容等の情報開示を受けることもできない。

(3)ハーフ・ブラインド・トラスト
 基本はブラインド・トラストだが、本人は別として、家族の経営への関与、家族への経営状態の開示、家族による配当金受取について「部分的に許容する」という考え方。

(4)家族による事業承継
 本人はビジネスの現場から手を引いて、家族の中から後継者を指名し、ビジネスを任せる。

 という4つです。



 トランプ本人は、当初は(4)を選択すると言っていました。特に選挙戦の最中は、ビジネスに関する自分の後継者は長女のイヴァンカ氏だと明言していたのです。ところが、そのイヴァンカ氏と夫のジャレッド・クシュナー氏は、11月にトランプ氏が当選して以来、「政権移行チーム」に深く関与し始めました。

 11月17日に、日本の安倍首相がトランプタワーを訪れて次期大統領と会談した際に、イヴァンカ夫妻が同席したことで、「ビジネスを承継しつつ、政権の補佐役をするのであれば利益相反になる」という批判を受けたのはこのためです。

 そこでトランプは、「イヴァンカ夫妻は政権に不可欠なブレーン」なので、今度は長男のドン・ジュニア氏と、次男のエリック氏にビジネスを承継するという「代替案」を出してきました。現時点ではこの案からまだ進んでいません。

 一部の報道では、(3)の「ハーフ・ブラインド・トラスト案」が検討されているということですが、これでは不十分でしょう。(2)でも不完全であって、少なくとも合衆国大統領になるのであれば(1)の全株換金という選択しかないはずです。

【参考記事】次期米国防長官の異名を「狂犬」にした日本メディアの誤訳

 この問題は、迅速な解決が必要です。例えば、報道された限りでも「ワシントンDCのトランプ系列のホテルが、次期大統領の威光を利用してクウェート大使館のパーティーを誘致しようと猛烈な営業をかけた」とか「次期大統領が台湾の蔡英文総統と電話会談した際には、台湾でトランプ系の不動産開発案件が進んでいた」などという話がゾロゾロ出てきています。

 メディアだけでなく、民主党側も「大統領罷免に向けて材料を仕込んでいる」そうですし、そもそも、こんなに「モタモタ」していては政権の求心力に傷がつきます。

 すでに当選から1カ月を経過して、まだ決断できていないということは、私利私欲とか、事業への執着ということだけでは「ない」何かがあると考えざるを得ません。

 ちなみに、このような経緯で持ち株を処分した際には、巨額の「非課税恩典」があるので、通常は本人が大きな損をしないような制度になっています。それにも関わらず判断できないのなら、何か理由があるという疑念を持たれても仕方ないでしょう。

 一つの仮説として、「持ち株が売れない」事情があるのかもしれません。どういうことかと言うと、個人経営で進めてきた中で「客観的な資産評価をするとマイナス」になる、つまり資産の整理をすると企業も個人も破産してしまうという可能性です。



 それは「トランプ・オーガニゼーション」が「実は大赤字」であるとか「債務超過が隠されている」ケース以外にもあり得ることです。例えば、トランプ氏やその家族の「経営能力」を評価してローンが組まれているので一族が経営から手を引いたら「全額弁済」という条項が入っているとか、「トランプ」ブランドそのものが無形固定資産として担保に入っているような場合は、換金して屋号を変えればイコール倒産の危険になります。

 一部のメディアでは、「トランプ・オーガニゼーション」がドイツ銀行から大型の融資を受けているという報道があります。同銀行が経営内容の総見直しを行っている現在、融資の続行が危ぶまれており、したがってそんな中では会社を売却できないという外部要因があるというのです。

【参考記事】オバマが報復表明、米大統領選でトランプを有利にした露サイバー攻撃

 また外部要因として、ワシントンDCのホテルの地主が連邦政府であるために、借り主が「公選された特別公務員の利害関係者」になった途端に、土地の賃貸借契約がキャンセルされる契約になっているらしいという報道もあります。こうした問題は、世界中に存在しているようです。

 財務長官候補や、司法長官候補を「身内」で固めたのも、この問題を乗り切るためだという説まで出ている程で、相当な難問になっているようです。

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