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トランプ「不法移民の国外追放」を支持する人々の感情論 - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2017年2月23日 17時0分

<低賃金で働きアメリカ経済を底辺から支えてきた不法滞在者の国外追放を支持する人々は、これまで人道主義を掲げる勢力から悪人扱いされてきたことに対する怒りを抱えている>

物議を醸した「7カ国からの入国禁止令」が裁判所に否定されたかと思えば、トランプ政権は「不法移民の国外追放」という動きにシフトしています。発端は、1月25日の大統領令でした。これを契機として、オバマ大統領が行った不法移民の青少年の合法滞在化などを否定するだけでなく、犯歴のある不法移民を積極的に国外追放する動きが始まっているのです。

そもそもアメリカは移民の国です。建国以来ずっと続いた開拓の時代には、基本的には移民を歓迎するのが国是であり、移民を制限する動きは徐々に始まりました。まず19世紀末には中国系移民が制限され、20世紀初頭には日系移民を規制する動きがありました。ですがこの両者に関しては、総数規制というよりも人種差別的な個別の問題という見方ができます。

移民の総数規制が始まったのは大恐慌時代で、その後60~70年代にかけて、徐々に規制は強化されていきました。これとともに、国境を越えてくるか、あるいはビザの期限が来ても出国しないオーバーステイなどの「不法移民(イリーガル・イミグラントまたはアンドキュメンテッド・イミグラント)」が増えていったのです。

特に国境を接しているメキシコから、そして中米からの不法移民の増加は大きな問題になりました。そこで、1986年のレーガン政権の時代に、「4年以上の不法滞在者は、違法行為を認めて罰金を払う代わりに合法滞在の道を開く」という措置が取られました。

その後も不法移民は増え続け、21世紀に入ってジョージ・W・ブッシュ大統領の時代には推定で1100万人という数になっています。この頃は、再度の合法化を模索する動きが続いていました。続くオバマ政権の時代にも不法移民の合法化については、議会との折衝が続きましたが、同時に合法化への反対論が保守派の間で拡大したこともあり、オバマ大統領は一部に限った合法化への道を大統領令という形で実現しています。

【参考記事】トランプのメキシコいじめで不法移民はかえって増える

トランプ大統領は、まず先月25日の大統領令でこの「オバマの合法化」を停止しただけでなく、今月20日に議会承認されて就任したジョン・F・ケリー国土保安長官(軍の海兵隊出身)とともに、今月に入ってから不法移民の国外追放の政策を強化しているのです。具体的には、微罪であっても犯罪歴のある人間は国外退去という措置で、一部の報道によれば政権としては100万人単位の国外追放も辞さない構えだと言われています。

1月に実施して大きな批判を浴びた「特定国からの入国禁止」については、何よりも国務省が発給したビザを否定するということ、そして背景に憲法で禁止されている宗教差別があるなど、大統領令の違法性が問われて挫折した格好です。一方で今回の「国外追放」は、既存の法律を厳格に適用するだけなので、裁判所からストップがかかる可能性は少ないと見られています。



現在、大きな問題になっているのは「サンクチュアリ・シティ(聖域都市もしくは移民保護地域の意味)」を宣言している市や郡に対して、大統領が「敵視」政策を取り始めていることです。

この「サンクチュアリ・シティ」には、例えばワシントンやニューヨークなど東海岸の主要都市、そしてサンフランシスコやロサンゼルスなど西海岸の都市を含む、全米の大都市が多く属しています。

具体的には、市の治安維持活動を行っている市警察や、郡の場合は保安官事務所が「微罪の場合は、身分証明を厳格に追及しないし、指紋などの情報を連邦政府に送ることはしない」という措置を取り、微罪に問われた不法移民が連邦政府によって国外追放されることに「協力しない」市や郡のことを言います。

こうした地域では、民主党の勢力が強く、例え不法滞在であっても移民の人権には敏感になっていますが、各市警や保安官事務所は「イデオロギーを理由とした措置ではない」としています。具体的には例えば、もし警察にコンタクトしたら国外追放されると考えていると、不法移民が被害者となった事件の捜査協力を得られず地域の治安を守れない、といった問題が背景にあると言います。

もちろん本音としてはその両方だと思いますが、トランプ大統領はこうした「サンクチュアリ・シティ」に関しては連邦の補助金をカットするなどの「罰」を下して、プレッシャーをかける構えです。

【参考記事】トランプはゴルフしすぎ、すでに税金11億円以上浪費

一方で移民の送り出し側はどうかというと、例えばメキシコ政府は激怒しています。経済が低迷する中で、アメリカへの「出稼ぎ労働者からの送金」が無視できないという事情もあるようですが、それ以前の問題として同胞に屈辱が加えられるのは見過ごせないということなのでしょう。

では、ブッシュ政権からオバマ政権の時代には、どうして「合法化」が模索されたのでしょうか? そこにあったのは人道やイデオロギーという要素だけではありません。現在の不法移民は、「最低賃金以下」で労働してアメリカ経済を支え、なおかつ「所得税は払っている」存在として、アメリカの産業構造の中で重要な位置を占めているからです。

具体的には、農場、造園業、建設業などの現場労働、食品加工業などの工場労働、レストランなどサービス業での作業労働などで、不法移民の存在がアメリカ経済を支えていると言っても過言ではありません。



これに対して、今回のトランプ政権の措置を支持する「不法移民反対派」の人々は、自分たちの雇用を不法移民に奪われているという「怒り」がベースになっているのではない、と考えられます。トランプ支持者は、少なくとも芝刈りやイチゴ摘み、皿洗いなどの肉体労働を「やりたい」人々ではありません。

そうではなくて、オバマやヒラリーが、あるいはブッシュやマケインが、違法に越境してきた犯罪者の味方をして、その追放を主張する自分たちを「不法移民の敵」すなわち「人道に反する悪人」のように非難することに、激しく怒っているのです。つまりほぼ100%感情論で成り立っている主張なのですが、それゆえにトランプ政権としては、その感情を求心力として利用しようとしているのでしょう。

この政策によって、家族生き別れの悲劇のニュースなどがポツポツと飛び込むようになってきた一方、筆者の住むニュージャージーの郡内でも、ホープウェル自治村というコミュニティが「サンクチュアリ・シティ」宣言をするなど、トランプ政権に対する反撃も始まっています。

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