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「成立するはずのない」予算案を出してトランプがもてあそぶ政府閉鎖の危機

ニューズウィーク日本版 2017年3月31日 6時0分

<軍事費や国境の壁建設費だけを増額して、外交や対外援助、環境などの予算を集中的に切り込むのも無謀だが、オバマ前政権下で与野党が合意した今年度予算案にも手を突っ込むので、4月末には政府閉鎖になる可能性がある。何の益もない迷走ぶりだ>

オバマケアの廃止・修正に失敗した米国のトランプ政権が、今度は予算編成で議会と衝突している。減税やインフラ投資等、政権浮揚につながる政策の実現が急がれるなか、どうしたわけかトランプ政権は、それらとは関係の薄い分野にまで戦線を広げようとしている。

「予算ゼロ」の衝撃

「十分に対応できず申し訳ない。議会に説明にいかなければならなくて」

3月中旬に訪れた米国の首都ワシントンDCで、ある機関の窓口となってくれた方が、申し訳なさそうに話してくれた。実は、この機関に対しては、3月16日にトランプ政権が発表した2018年度の予算案で、政府からの補助金の全額カットが提案されていた。実際の予算は議会の立法によって決まるため、補助金廃止を阻止しようと、議会工作に奔走していたのだ。

「ここまでトランプ政権が自分の生活に影響してくるとはね......」

ふと洩らされたそんなつぶやきは、ワシントンのあちこちで聞かれていたはずだ。

トランプ政権の予算案は、それほど衝撃的だった。多くの省庁について、今年度(2017年度)と比べて、大幅な予算減が提案された。労働省や農務省は約21%、国務省や財務省の対外政策にかかわる部分は約29%、環境保護庁に至っては約31%の大幅減が提案された。

トランプ政権の予算案の論点は、歳出削減の大きさだけではない。気掛かりなのは、議会で成立するはずのない予算案を示してきたトランプ政権の迷走ぶりである。オバマケアの廃止・修正法案の立法化に失敗するなど、トランプ政権の政策運営は早くも行き詰まっている。それにもかかわらず、またしても見通しの立たない争いに踏み込んでいくようだと、減税やインフラ投資等、政権浮揚につながる政策の実現は、ますます遠ざかってしまう。

成立するはずのない予算案

トランプ政権の予算案が議会で成立するはずがないのは、民主党議員の賛成が見込めないからだ。

トランプ政権が予算を立法化させるためには、民主党議員の賛成が必要だ。予算の立法化には、上院で60票以上の賛成が必要になる。トランプ政権の身内である共和党は、上院で52議席を有しているに過ぎない。



トランプ政権が提案した予算案は、これまでも民主党が断固として拒否してきた内容だ。トランプ政権の予算案では、例外的に国防費だけが増額となっている。健全財政を党是とする共和党の政権だけあって、国防費を増額する一方で、それ以外の分野で歳出削減を行い、予算全体では財政赤字の拡大を防ぐ構成である。

政府の役割を重視する民主党が、環境保護庁の予算などの大幅減に賛成するはずがない。かねてから民主党は、国防費を増やす場合には、それ以外の予算も同じだけ増やすべきだと主張してきた。トランプ政権の予算案が、議会に「届いた時点で死亡が確定(Dead on Arrival)」と揶揄される所以である。

ビッグ・バードを敵に

大胆な歳出削減案は、トランプ政権にとって頭痛の種になりかねない。削減対象となった施策には、それぞれの利害関係者が存在する。一件ごとの予算規模は小さいにしても、全額カットなどとなってしまえば、生活が脅かされる人たちもいる。さまざまな論点で、強烈な反対運動が発生しても不思議ではない。

具体的な施策の存在が問われるだけに、歳出削減への反対論は有権者にも分かりやすい。例えば、やはり全額カットが提案された公共放送への補助金。日本でも人気のある「セサミ・ストリート」の制作にも使われる補助金だけに、「国民は(国防費で買える)戦闘機より、(セサミ・ストリートの)ビッグ・バードが好き」といった批判が起きている。

イエレンFRB議長もかみついた。トランプ政権の予算案では、低所得地域への融資を補助する財務省の施策が、予算を全額カットされた。3月28日の講演でイエレン議長は、トランプ政権が無くそうとしている補助制度の成果を称え、制度継続の重要性を示唆している。

共和党の党是である健全財政の観点からも、トランプ政権の予算案を擁護するのは難しい。歳出削減の対象になったのは、米国財政全体から見ればほんの僅かな一部分だからである。

今回の予算案では、年金や医療保険といった「義務的経費」と呼ばれる分野の提案は行われなかった。また、国防費は増額となっており、これも削減の対象外である。結局、トランプ政権が提案した歳出削減は、政府歳出全体の15%程度しか占めない分野に集中した。たったこれだけの部分では、いくら歳出を大幅に削減したとしても、財政健全化に大きく貢献できるわけがない。

議会で成立する見込みがなく、財政健全化にも貢献しないのに、反対論だけは各所で巻き起こる。それがトランプ政権の予算案の実像である。



思わぬところで政府閉鎖の危機

 それどころかトランプ政権は、さらに「不毛な戦い」に踏み込もうとしている。トランプ政権は、2018年度(2017年10月~2018年9月)の予算案を発表すると同時に、今年9月までの2017年度の補正予算案を提案している。2018年度予算案と同様に、国防費の増額とそれ以外の分野での歳出削減が提示されただけでなく、これも議論を呼んでいるメキシコ国境への壁の建築費用が盛り込まれた。どう考えても、民主党議員の賛同は得られそうにない内容だ。

 問題なのは、補正予算に関する議会審議の紛糾が、政府機関の閉鎖につながりかねない点である。実は米国では、昨年10月から始まった2017年度の予算が成立しておらず、政府機関は暫定予算の下で運営されている。暫定予算は4月28日で期限が切れるため、それまでに議会が本予算を成立させられなければ、政府機関は閉鎖に追い込まれてしまう。

トランプ政権が補正予算の成立にこだわれば、議会の審議が紛糾し、そのあおりで2017年度予算の成立が期限に間に合わないリスクが浮上する。そもそも2017年度予算の大枠については、前オバマ政権下の議会において、民主党と共和党の間で合意が出来ている。それにもかかわらずトランプ政権は、わざわざ争点を作り出し、政府閉鎖の危険を冒そうとしている。

不毛な戦いに時間が費やされる一方で、肝心の減税やインフラ投資に関する議論は、遅々として進まない。トランプ政権の迷走は深刻だ。

安井明彦1991年富士総合研究所(現みずほ総合研究所)入社、在米日本大使館専門調査員、みずほ総合研究所ニューヨーク事務所長、同政策調査部長等を経て、2014年より現職。政策・政治を中心に、一貫して米国を担当。著書に『アメリカ選択肢なき選択』などがある。




安井明彦(みずほ総合研究所欧米調査部長)

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