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奨学金が地獄と化しているのは昔の奨学金とは違うから

ニューズウィーク日本版 2017年4月4日 18時17分

<奨学金制度問題が報じられると「返さない奴が悪い」という意見が必ず出るが、現在の奨学金状況を誤解している人は多い。新書『「奨学金」地獄』が明かすその実態とは>

『「奨学金」地獄』(岩重佳治著、小学館新書)は、奨学金制度の実態、そしてその返済のために苦しむ人たちの現実を明らかにした新書である。著者は、多重債務や子どもの貧困に取り組む過程で奨学金問題の深刻さを知ったという弁護士。2013年に「奨学金問題対策全国会議」を設立し、返済困難な人の支援などを続けているそうだ。

閉塞した社会状況下、現在では大学生の5割以上が利用者だといわれている。そんななか、奨学金を返せない人が増えたという話題を耳にする機会も増えた。そして奨学金問題が取りざたされると、雑談の場でも、あるいはネットの掲示板上でも、同じような意見が展開されることになる。「借りたものは返すのが当たり前だろ」「返さない奴が悪い」などだ。

たしかに、借りたものを返さないのはルール違反だ。ただし、そう主張する人は彼らを責める前に、まず最低限の知識を得ておくべきだ。特に日本育英会時代の奨学金を利用したことがある人には、現在の奨学金状況を誤解している人が多い。

なぜなら、2004年に日本育英会から日本学生支援機構に引き継がれた時点で奨学金制度は大きく変わり、いまや実質的に「金融事業」と化しているからである。だから、「返したいのに、学校へ行く時間を割いて働いても一向に返せない」という矛盾、そして悪循環が生まれてしまっている。決して、浪費癖があるとか、お金にだらしがないなどの理由で返せないわけではないのだ。

 本来、奨学金とは返済の必要のない給付型の援助のことを言います。
 しかし、日本学生支援機構の奨学金は、返済しなければならないローンなのです。
 百歩譲ってローンを認めるとしても、それに利子をつけるべきではありません。実際、かつては無利子奨学金がメインでした。ところが国の政策によって有利子奨学金が激増し、2003年には有利子奨学金を借りる学生の人数が無利子を逆転しました。金額で2.4倍、人数で1.7倍、有利子奨学金のほうが多いのが現状です(2016年度)。(30~31ページより)

奨学金を借りると、借金を背負って社会に出ることになる。それは職業選択を制限することにもなるし、経済的な余裕のなさから結婚や出産をあきらめざるを得ないということにもなっていくだろう。

なお多くの学生が奨学金に頼らざるを得ない理由は、大きく分けてふたつあるそうだ。「家計の悪化」と「学費の高騰」がそれで、特に学費の高騰にはすさまじいものがあると著者は指摘している。

2014年度の私立大学の平均で、授業料は約86万円、入学金約26万円、施設整備費約19万円で、初年度納付金が約131万円。「国立大学なら安いだろう」というイメージももはや誤解に過ぎず、2016年度のデータでは授業料約53万5800円、入学金約28万2000円で、初年度納付金は81万780円。もはや国立大学だからといって、安い学費で進学するのは不可能だということだ。



 家計が苦しいから奨学金を借りる――貧困化が奨学金地獄を生み出しています。一方で、奨学金は新たな貧困を生み出しています。
 いまや、大学生の奨学金借入平均額は300万円を超えています(2016年度)。仮に無利子の第一種奨学金と有利子の第二種奨学金を併用して、それぞれ最高額の6万4000円、12万円を大学4年間借りるとすれば、その総額は883万円にものぼります。
 これだけ巨大な負債をかかえて社会に出るわけです。そして、卒業して約半年後に返済が始まります。(中略)社会人になっても生活苦が続いてしまうのです。(38ページより)

しかも"地獄"は、必ずしも社会人になってからはじまるわけではない。親元で暮らしているのならともかく、親の離婚や死別などの事情で片親家庭に育ってしまった学生の場合、さらに状況は困難なものになる。

どれだけ節約しても奨学金だけでは大学生活が成り立たず、足りないぶんは自ら稼ぐしかないということになるわけである。アルバイトをするといっても、裕福な環境にいる学生の小遣い稼ぎとはわけが違う。

親からの援助がまったく期待できない切羽詰まった状況で奨学金を利用している学生は確実に増えているというが、その結果として彼らはアルバイトに時間を取られ、学びたいという本来的な思いを押しつぶして働かざるを得なくなってしまうのだ。

だから、風俗で働くことを選択せざるを得ない女子学生も少なくないという。その結果、精神的に不安定になってアルコール依存症になってしまったとか、デリヘル経由でAVまで落ちたというようなケースもあるそうだ。

【参考記事】生活苦から「ブラックバイト」に追い込まれる日本の学生

「奨学金を返さない人が増えているというのは、新聞などで知ってはいましたが、『なぜ返さないんだろう?』と、疑問に思っていたんです。でも、不真面目で返さないのではなく、返したくても返せない社会になっているのだと、ようやくはっきりわかりました」(65ページより)

これは奨学金を利用して大学へ進学させた息子を、結果的に失ってしまった母親の言葉である。彼は「自分が返したお金で、次の世代の人たちが大学へ行けるのだから、責任を持って返さなきゃ」という思いから、正社員として働きはじめると、返済を欠かすことがなかったのだという。

ところが、1日に約22時間も働かされるような環境だったことから疲労が限界を超え、交通事故で命を落としてしまったのである。

では、奨学金を借りた結果、袋小路に追い込まれてしまった場合、どうしたらいいのだろうか? この問いについて、著者ははっきりと「必要な額だけを借りること。機関保証を選んで、困ったら自己破産を検討すること」と述べている。

借りる額を必要な範囲に限ることで返済の負担をできるだけ減らし、保証料は必要でも機関保証を選ぶことで保証人に返済義務を拡大せず、返済できなくなっても自己破産しやすい状況をつくっておくべきだというのである。

【参考記事】日本の貧困は「オシャレで携帯も持っている」から見えにくい



もちろん本来であれば、当人たちの自己防衛以前に、奨学金制度の抜本的な改革が必要だ。しかし、それだけでは不十分だというのだ。だから、奨学金制度見直しの議論と並行し、いま現在、奨学金制度で追い詰められている人を救済することが必要だという考え方である。

そこで本書においても後半のかなりのページ数を割いて、さまざまな救済手段が紹介されている。現時点で返済に困っている人、またはこれから奨学金を利用しようとしている人も、目を通しておいたほうがいいだろう。

 学費と奨学金の問題は、もはや一部の人の問題ではなく、中間層にまで広がっています。そうであれば、最終的には、皆が能力に応じて負担を分かち合うことを目指すべきだと思います。しかし、本書で紹介したように、生活上の困難を抱える人がこんなにも増えてしまった状況では、これ以上の負担を求めることには無理があります。困難ある人をさらに追い詰めることにもなり、市民の合意も得にくいと思います。そこで、まずは実現可能な制度改革を優先させ、少しでも余裕を作ることから始めるべきだと思います。(215ページより)

私の息子は、この春に大学を卒業し、社会人になった。しかし大学進学に際しては、やはり奨学金を借りなければならなかった。本書で紹介されている人たちほど(現時点で)追い詰められてはいないとはいえ、そうしなければ進学させられなかったことには、親として申し訳なさも感じる。

しかしいずれにせよ、私がそうであったように、本書に書かれていることはまったく他人事ではないのだ。度合いこそ違えど、なんらかの形で大多数の親、そしてその子たちに関わってくる問題だということ。だからこそ、奨学金制度についてはきちんと知っておかなければならないのである。


『「奨学金」地獄』
 岩重佳治 著
 小学館新書


[筆者]
印南敦史
1962年生まれ。東京都出身。作家、書評家。広告代理店勤務時代にライターとして活動開始。現在は他に、「ライフハッカー[日本版]」「WANI BOOKOUT」などで連載を持つほか、「ダヴィンチ」「THE 21」などにも寄稿。新刊『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)をはじめ、『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)など著作多数。


印南敦史(作家、書評家)

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