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中国とノルウェーの関係正常化、鍵は「ノーベル平和賞」と「養殖サーモン」

ニューズウィーク日本版 2017年4月18日 13時40分

<人権活動家の劉暁波にノーベル平和賞を与えたときから冷え込んでいた両国関係が正常化。養殖サケを売るためにノルウェーが払った代償は>

「北京へ魚釣りへ。両国の関係に春が来た」。ノルウェーのDagsavisen紙(4/7付)の見出しだ。「魚釣り」とは、ノルウェーが中国へ輸出再開したい、日本でも人気の「ノルウェー養殖サーモン」を意味する。

昨年12月19日、大きなニュースがノルウェーを沸かせた。中国とノルウェーの関係正常化に両国が合意したのだ。

2010年、中国の民主活動家である劉暁波氏に、ノルウェー・ノーベル委員会がノーベル平和賞を授与。委員会は同氏の釈放を求め、中国側は「内政干渉」だと激怒した。以来、両国の交流はほぼ停止状態だった。

「ノーベル平和賞を授与するノーベル委員会」は独立機関であり、「ノルウェー政府」とは関わりがないことをノルウェー政府はよく強調するが、国際的にそれを理解してもらうことは難しい。政府がどれだけ否定しても、ノーベル平和賞からは政治的な匂いがぷんぷんする。

劉暁波氏への平和賞授与で、両国の政治的なトップレベルでの交渉やビジネスは全面的にストップした。特に、養殖サーモンへの打撃はこれまでノルウェー国内で幾度となく報道されていた。


中国との関係正常化と首相の訪中は、連日ノルウェー紙を賑わせた Asaki Abumi

ノルウェーが長く待ち望んでいた関係正常化には代償が伴った。事実上、ノルウェー政府は「今後中国の核となる議題においては批判しない」という旨の声明にサインをした。このことは、ノルウェー国内の人権団体から批判を浴びる。

ノルウェーのエルナ・ソルベルグ首相は4月7~10日、ブレンデ外務大臣とメーラン貿易・産業大臣とともに産業界のトップを連れて中国を公式訪問。ノルウェー首相の訪中は10年ぶりとなる快挙であり、今後の両国の関係をスタートさせるための皮切りとなった。

一方、訪問中は「人権問題をテーマにしない」ことが明らかとなっており、国営放送局NRKを筆頭に、ノルウェー・メディアは大々的に・批判的に取り上げる。

首相の訪中には報道局が同行し、連日大きな記事が各紙を賑わせた。右寄りの経済紙各紙は今後のビジネスの展望に期待を添えて、左寄りのメディアは人権問題やサーモンの問題点に集中している点で、違いがみられた。




「中国に謝罪したも同然」という批判もあるノルウェーのソルベルグ首相 Asaki Abumi

ポジティブにもネガティブにも、今後の両国の関係は今とてもホットな話題だ。各紙の伝え方の一部を紹介しよう。

「ノルウェー企業との契約に、中国企業が行列」という目線



・DN(4/8)見出し「中国はノルウェー企業に飢えている」

関係正常化前は中国企業にとってノルウェー国営企業と取引をすることはありえないことで、もし契約をしていれば中国政府とトラブルになっていた。中国人ビジネスマンであるLiu氏は「昨年まではノルウェー産業、特に国営企業に投資することは政治的に正しいことではありませんでした。関係正常化は新しいチャンスを見出します。今やノルウェーはホットトピック。フィンランドやスウェーデンなど、ほかの北欧他国と比較しても、ノルウェーは決断プロセスまでに時間がかからず、いきいきとした雰囲気があり、ビジネスがしやすい」と答える。


また、各紙は首相率いるノルウェーチームとの集まりの場に、「多くの中国企業が興味を持って参加した」と報道。



・経済新聞Finansavisen(4/10付)

中国には課題が多く、知識や技術があるノルウェーの得意分野(※)に可能性を見出している。民主主義や人権において中国はロールモデルではないが、両国はその他の中心分野において興味を共有している。

※健康・気候技術、デザイン、クリエイティブ産業、再開発エネルギー、水産業、観光業

「養殖サーモンがやっと売れる!」という目線

産業においてシンボルとなっているのはノルウェー養殖サーモン。2010年には中国での産業の94%を占めていたが、平和賞授与後には4%に。新鮮なノルウェーサーモンの中国への輸出量は2010年には1万2434トンだったが、2016年には598トンにまで落下。今回の関係正常化で数字は65%に回復するとみられている(Nationen紙、DN紙、Dagsavisen紙)

中国とノルウェーの「仲直りのシンボル」にもなっている養殖サーモン。しかし、ノルウェー国内では養殖サーモンに対しては批判的な報道が以前より続いており、シラミ感染やエコシステム破壊などの問題を改善しなければ、中国が求める生産数をだすことはいずれ難しくなるという意見もある。



「中国を批判できなくなったノルウェー、人権問題はタブーってどうなの」という目線



・DN紙(4/6)

オスロ大学アジア専門家Harald Bockman氏「ノルウェーが中国を批判できなくなったと指摘する声もある。政府がサインした文書は、ストルテンベルグ前政権が(劉暁波に)平和賞を授与したことは間違いであったと認めたことになる。ソルベルグ首相は否定するだろうが、事実上の謝罪に近い」




・Nationen 紙(4/11付)

投獄された平和賞受賞者はテーマにせず。「ノルウェーは平和賞授与がどれだけの結果を招き入れるか身にしみたことでしょう。ノルウェーと中国に対するダメージがあまりにも大きいため、ノルウェーはもう二度と同じことはしないでしょうね」と両国のビジネス関係の鍵を握る一人Zhaon Long氏は語る。




・Dagsavisen紙(4/8付)

同紙の開発編集者ヨハンセン氏による社説
ブレンデ外務大臣が唯一できたことといえば、中国を批判しないと約束すること。そうすると、ほら!冷え切っていた6年間にあたたかい風が吹いてきました。ノルウェーがサインした声明を要約するとこうです。中国の核となる関心ごとを弱体化させるようなことには批判も支援もしない。両国の関係が崩れることを避けるためには、なんだってすると。首相は人権において「いずれ取り組む」と言います。「今ではない」と。しかし、首相も外務大臣も、次がいつかは口にはしません。


人権問題の批判に対してソルベルグ首相はNTB通信局にこう答える。「発言や意思表示は自由であるべきだとは思います。しかし、同時にノルウェーとしての仕事はただ抗議するだけではなく、人権において話すことができるふさわしい状況を探すことです」。

劉暁波が授賞式に来たらどうする?

今回、中国がノルウェーと仲直りをする姿勢を見せた背景には、米国・トランプ大統領との関係に危機感を示したためと多くのメディアは指摘。

石油価格が落下し、「第二の石油」となる国を支える資源を探すノルウェー。EU非加盟であることから国の守りは固める必要があり、ロシアとの関係は悪化する一方。今、中国とのつながりを強化することで損はしない。

とはいえ、ノルウェーの政治家たちにとって、将来大きな悩みの種となるのは、劉暁波氏が釈放された時だろう。劉暁波氏は現地で平和賞を授与していないため、ミャンマーのアウン・サン・スー・チー氏のように賞を受け取りにノルウェーを訪れることは可能だ。

しかしその時に、恒例となっている王室一家の授与式参加、首相たちとの公式の面会は実現するのだろうか?ノーベル平和賞がノルウェーに与える影響は良くも悪くも計り知れない。

Photo&Text: Asaki Abumi

[執筆者]
鐙麻樹(ノルウェー在住 ジャーナリスト&写真家)
オスロ在住ジャーナリスト、フォトグラファー。上智大学フランス語学科08年卒業。オスロ大学でメディア学学士号、同大学大学院でメディア学修士号修得(副専攻:ジェンダー平等学)。日本のメディア向けに取材、撮影、執筆を行う。ノルウェー政治・選挙、若者の政治参加、観光、文化、暮らしなどの情報を数々の媒体に寄稿。オーストラリア、フランスにも滞在経歴があり、英語、フランス語、ノルウェー語、スウェーデン語、デンマーク語で取材をこなす。海外ニュース翻訳・リサーチ、通訳業務など幅広く活動。『ことりっぷ海外版 北欧』オスロ担当、「地球の歩き方 オスロ特派員ブログ」、「All Aboutノルウェーガイド」でも連載中。記事および写真についてのお問い合わせはこちらへ

鐙麻樹(ノルウェー在住ジャーナリスト&写真家)

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