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シリア・ミサイル攻撃:トランプ政権のヴィジョンの欠如が明らかに

ニューズウィーク日本版 2017年4月18日 19時0分

ドナルド・トランプ米政権は、突発的な軍事介入がシリア内戦の「ゲーム・チェンジャー」となり得ないことを、身をもって証明した――化学兵器攻撃疑惑への対抗措置として米軍が行ったミサイル攻撃は、少なくともシリアの文脈においてはそう総括できるだろう。

米国とシリア・ロシアの主張は真っ向から対立

米国防総省は4月7日、地中海沖に配備された艦船2隻からトマホーク巡航ミサイル60発を発射し、59発がヒムス県南東部のシャイーラート航空基地一帯に着弾、シリア軍の航空機、掩蔽壕、石油・装備貯蔵施設、防空システム、レーダー施設を破壊し、シリア政府の化学兵器生産能力を低下させたと発表した。この攻撃の発端となったのは、4月4日にイドリブ県ハーン・シャイフーン市で発生した化学兵器攻撃疑惑だった。

女性や子供を含む87人が死亡したとされるこの事件に関して、米国家安全保障会議(NSC)は11日、公開されている映像・画像、レポート、地理空間情報(GEOINT)、通信情報(SIGINT)、犠牲者から採取した物理的サンプルの検査結果に基づき、ヒムス県南東部のシャイーラート航空基地から飛来したシリア軍戦闘機Su-22がサリン・ガスを装填した爆弾少なくとも1発を投下し、被害をもたらしたと断じ、ミサイル攻撃を正当化した。

この結論は、シリア軍戦闘機が4日早朝6時半頃に3発の爆弾を投下、うち2発が爆発し、有毒ガスが飛散、残り1発は不発だったとのホワイト・ヘルメット現地スタッフの証言を踏襲していた(なお、ホワイト・ヘルメットはシリア軍の犯行を裏づける決定的証拠となるはずの不発弾の決定的映像・画像は公開していない)。

これに対して、シリア・ロシア両政府は異論を唱えた。両国は、シリア軍が同地への空爆を開始したのは、午前11時半頃で、有毒ガスの発生・飛散は、反体制派の武器弾薬庫に保管されていた化学兵器、ないしは化学兵器製造工場が被弾したためだろうと反論した。

また、シリア政府が今回の事件を含めこれまでに一度も化学兵器を使用しておらず、また化学兵器禁止条約加盟後(2013年)にそれらを全廃したと力説した。そのうえで、「現時点で世界が手にしている唯一の情報はアル=カーイダの分派が発信したものだけだ」と強調、インターネット上に公開された映像なども含めて、その被害の実態のすべてが反体制派の自作自演だと主張した。

化学兵器使用の「前科者」の「集積地」

両者の主張は真っ向から対立したが、ハーン・シャイフーン市という現場に目を向けると、いずれもがそれなりの説得力を帯びていた。

ハーン・シャイフーン市は、2012年7月にシリア政府の支配を脱し、2014年末頃までにシリアのアル=カーイダと目されているシャーム解放委員会(旧シャームの民のヌスラ戦線)が掌握するところとなった。その後、今年2月半ば、イスラーム国とつながりがあるジュンド・アクサー機構が侵攻し、一部を制圧、両者の対立は、ジュンド・アクサー機構の戦闘員の一部がイスラーム国支配下のラッカ市方面に退去し、一部がシャーム解放委員会に吸収されるまで続いた。

【参考記事】7年目を迎えるシリア内戦:ますます混迷を深める諸外国の干渉

3月になると、シャーム解放委員会は、中央アジア出身の戦闘員に加えて、バラク・オバマ前米政権の支援を受けてきたイッザ軍やナスル軍とともにハマー県北部に侵攻し、シリア軍はこれに対抗するかたちで空爆・砲撃を強化していた。

国連や化学兵器禁止機関(OPCW)による一連の報告書において、これらの反体制派は、シリア軍とともに化学兵器の使用を指摘されており、ハーン・シャイフーン市は言わば化学兵器使用の「前科者」の「集積地」だった。



パワー・バランスに何の変化ももたらさなかった

これらの「前科者」にはいずれも化学兵器攻撃に及ぶ動機があるとの説明がメディアではなされた。シリア政府の動機は、バッシャール・アサド政権存続を黙認する姿勢を見せていたトランプ政権に化学兵器使用を黙認させ、反体制派の志気を挫くため、攻撃を敢行したというものだ。

これに対して、反体制派の動機は、シャーム解放委員会を排除したかたちでの統一作戦司令室を設置するまで支援は打ち切るとのトランプ政権の方針の変更を促すため、欧米メディアが大きく取り上げるような「自作自演」を行ったというものだ。

双方の動機を踏まえると、トランプ政権がミサイル攻撃に踏み切ったことは、シリア政府側にとってみると当てが外れたことになり、窮地に追い込まれたことを意味する。しかし、攻撃はシリア政府と反体制派のパワー・バランスに何の変化ももたらさなかった。

トランプ政権の言説を見る限り、ミサイル攻撃は「レッド・ラインだけでなく、多くの一線を越えた」シリア政府に、化学兵器の再使用、そして「心ゆさぶられる」殺戮を断念させることが目的であるはずだった。

しかし、ロシア国防省の発表によると、基地に命中したミサイルは23発に過ぎなかった。なお、ロシア軍は2015年末以降、ヒムス県東部(イドリブ県南部ではなく)でイスラーム国に対する掃討作戦を行うシリア軍を支援するためにシャイーラート基地に部隊を駐留させていたが、何らの被害を受けることはなかった。

またシリア国営放送(SANA)によると、攻撃によってシリア軍兵士6人が死亡したが、ミサイルは周辺の村落にも着弾し、子供4人を含む民間人9人が死亡したという。米国防総省はこの攻撃で、シリア政府の化学兵器生産能力を低下させたと鼓舞したが、同地に化学兵器、そして関連施設があったことを示す痕跡はなく、基地自体も2日足らずで復旧した。

【参考記事】ロシア・シリア軍の「蛮行」、アメリカの「奇行」

ミサイル攻撃後、シリア軍による「心ゆさぶられる」殺戮が止むこともなかった。シリア政府は「米国のパートナーであるテロ組織を掃討することで報復する」と発表、首都ダマスカス東部ジャウバル区およびカーブーン区、ハマー県北部、ダルアー市マンシヤ地区で反体制派への反転攻勢を維持強化した。

反体制派も再活性化しなかった。トランプ政権は、その後もアサド大統領を「アニマル」と呼ぶなど非難を続け、ショーン・スパイサー米ホワイト・ハウス報道官に至っては、「無垢の市民に「樽爆弾」が落とされたら、報復を見ることになるだろう」と脅迫した。

だが、米国の反体制派支援は、西クルディスタン移行期民政局人民防衛部隊主導のシリア民主軍、「ハマード浄化のため我々は鞍を備えし作戦司令室」、「新シリア軍」などイスラーム国と戦う武装勢力に限定されたままで、シャーム解放委員会と連携する反体制派への支援が再開される兆しはない。



ヴィジョンを欠いたミサイル攻撃

ミサイル攻撃をその後の対シリア政策と結びつけるヴィジョンを欠いていたことが、こうした結果をもたらしたことは言うまでもない。しかし、中長期的なヴィジョンはなかったわけではない。それがロシアへの配慮というかたちをとったことが、攻撃の政治的・軍事的効果を完全に奪ったのだ。

トランプ政権は、シリア政府が化学兵器を温存し、そして使用したことを承知していたとの非難をロシアに浴びせた。だが、攻撃実施に先立ってロシア政府に事前通告を行い、シャイーラート航空基地内のロシア軍駐留部隊に被害が生じないよう標的から外すことで、事態悪化を避けようとした。つまり、トランプ政権は、このミサイル攻撃によって、ロシアの理解を得ることなくしてシリアで何もするつもりはないということを暗示してしまったのである。

オバマ前政権は、シリア政府による化学兵器使用を「レッド・ライン」と位置づけ、軍事介入を国際公約したにもかかわらず、それを躊躇したことで、ロシアに影響力拡大の余地を与えた。

トランプ政権は、この「レッド・ライン」を口実として軍事介入に踏み切ることで、前政権の無能を際立たせたかったのかもしれない。しかし、このミサイル攻撃が形ばかりのもので、米国に有利な状況を作り出すことができなかった点では前政権と変わらなかった。

トランプ政権のミサイル攻撃を受け、ロシア政府は、シリア領空での偶発的衝突を回避するために米国との間で開設していたホット・ラインを中断するという対抗措置をとった。また、シリアでの「テロとの戦い」を遂行するために設置されていたロシア・イラン合同司令部センターを通じて、「米国の攻撃は多くのレッド・ラインを越えている」と批判、今後同様の行為が行われた場合は断固として報復すると発表し、米国がシリアからの影響力排除をめざすイランと連携を強化する姿勢を示した。

これにより、ロシアと米国の関係は「冷戦後最悪」などと評された。だが、ロシア側の強硬姿勢もまた実質的な動きを伴わったわけではなかった。米軍主導の有志連合はその後も、おそらくはロシアの了解のもとにシリア領空を侵犯し、ラッカ県やダイル・ザウル県での空爆を継続し、ロシア・シリア両軍による空爆地域の棲み分けも維持された。

化学兵器使用の「前科者」のただなかで、米国が行ったミサイル攻撃という「新たな国際法違反」によって、トランプ政権はシリア内戦の話題を独占することに成功したと言えるのかもしれない。

だが同時に、突発的な「新たな国際法違反」そのものが問題視されたことで、シリア政府の「残虐性」はむしろ相殺されてしまった。また、ミサイル攻撃を歓迎した反体制派も、その後に何も起こらなかったことで孤立感を味わっただけだった。

シリア政府が、こうした結果を予測し、限定的軍事攻撃の無意味さとトランプ政権の突発性を踏まえて政策決定を行い得るような判断力を持っていたとしたら、おそらくそれこそが化学兵器使用最大の動機を生み出すものとなっていただろう。しかし、7年目を迎えたシリア内戦の惨状を見る限り、そうした能力を有する当事者は、シリア政府を含めて一切見当たらない。


青山弘之(東京外国語大学教授)

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