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北朝鮮をかばい続けてきた中国が今、態度を急変させた理由

ニューズウィーク日本版 2017年5月9日 21時45分

<中国の北朝鮮制裁は長年「やるやる詐欺」だったが、その理由は本当に「血の同盟」あるいは「戦略的緩衝地帯」だったのか。なぜ今になって制裁を履行し始めたのか>

中国と北朝鮮の関係に異変が生じている。

国連安保理・北朝鮮制裁委員会によると、北朝鮮の石炭輸出量は3月期に6342トンにまで減少した。1月期の144万トン、2月期の123万トンと比べると、壊滅的な数字だ。最大の輸入国だった中国が輸入をストップしたことが大きい。

従来、中国の北朝鮮制裁は「やるやる詐欺」だった。すなわち制裁そのものには合意しておきながらも、各種の抜け穴、口実を使って貿易を継続していたのだ。ところが今年2月になって中国政府は制裁の厳格な履行を宣言し、実際に石炭貿易がストップしたとみられる。

異変は貿易統計のみならず、官制メディアを使った舌戦にまで発展している。中国の人民日報や環球時報は北朝鮮の核実験及びミサイル発射実験について厳しく非難した。

中国メディアが強い言論統制下に置かれているのは周知の事実だ。2013年には鄧聿文・学習時報副編集長(当時)が「中国は北朝鮮を見捨てるべきだ」と題した記事を発表したが、同氏は停職処分を受け、記事はネットから削除された。4年後の今は中国官制メディアが先頭切って北朝鮮批判を展開しており、まさに隔世の感がある。

環球時報にいたっては「6回目の核実験が行われた場合、原油供給を大幅に縮小する」という脅しめいた文章まで掲載した。中国からの原油共有は北朝鮮にとっては生命線だ。

環球時報の論説は先走りが多く、政権の意向を代表しているとは言い難いが、それでも官制メディアの端くれであることに違いはない。北朝鮮にとっては猛烈なプレッシャーとなった。

北朝鮮も負けてはいない。朝鮮中央通信は中国官制メディアの報道を取り上げ、「米国に同調する卑劣な行為についての弁明だ」と批判。また、1992年の中韓国交正常化など韓国との関係についても取り上げ、「信義のない背信的な行動」だと強く非難した。

記事は「金哲」という個人名義で出されたもので、政府公式見解ではない形にすることでワンクッションを置いているが、婉曲的な批判ではない、名指しの抗議はきわめて異例と言える。

中国にとって北朝鮮はむしろ火薬庫

なぜ中国は態度を急変させたのか。このことを考えるためには、まず中国がなぜ北朝鮮をかばってきたのかを考える必要がある。

中国と北朝鮮の関係について、よく言われるのが「血の同盟」、朝鮮戦争をともに戦った仲間というつながりがあるというロジックだ。

同じ社会主義陣営な上に、肩を並べて米帝(アメリカ帝国主義)と戦った仲間だからと言われると納得したくなってしまうが、社会主義陣営は一枚岩ではないのは中国と旧ソ連の関係を見てもわかるとおり。情を重んじた、あまりにナイーヴな理解ではなかろうか。



もう少し合理性に寄せた解釈が「戦略的緩衝地域」論だ。朝鮮半島が統一されれば米帝は北京をすぐ間近にとらえるところにまで軍事力を配置できるではないか。北朝鮮の存在は一種の緩衝地帯であり、中国の安全保障にとって不可欠な存在という理屈だ。

これまた思わずうなずきたくなる理屈だが、現実はというと(1)北朝鮮は北京を射程に収める核ミサイルを保有している、(2)北朝鮮は地域の混乱要因であり、中国は戦争に巻き込まれかねない、という二重の意味で中国にとってマイナスだ。緩衝地帯どころか、中国の身を危うくしかねない火薬庫というわけだ。

専門家は中国外交の失敗を指摘

先日、人民解放軍の研究では世界ナンバーワンの識者として知られる軍事評論家・平可夫氏とお会いする機会があったのだが、同氏は「(中国の狙いについてはさまざまな意見があるが)外交は目的が達成されたかどうかで判断するべきだ。核ミサイルの開発を許し地域の緊張を高めたという意味で、中国の外交は明らかに失敗している」と率直に指摘していた。

同様の指摘をしているのが、米シートン・ホール大学ジョン・C・ホワイトヘッド外交国際関係大学院のワン・ジョン准教授だ。2013年、米ニューヨーク・タイムズ紙のコラム「Does China Have a Foreign Policy?」(中国に外交政策はあるのか?)において次のように語っている。

一国の外交政策を判断するには言葉だけではなく、行動もみる必要がある。中国の政策と行動を子細に研究したならば、中国の外交政策は矛盾に満ちたものであり、さらにはきわめて薄弱であることが理解できる。島嶼領有権争いから北朝鮮問題、さらには気候変動まで、中国は多くの問題において明確で成熟した政策を持っていない。

平可夫氏、ワン・ジョン氏ともに中国の対北朝鮮外交の失敗を指摘しているわけだ。これを前提として考えると、今度はなぜ中国がこれまで失敗を甘受してきたのか、そして今になってついに外交方針を変化させようとしている理由は何かが、考えるべきポイントとなる。

なぜ失敗を甘受してきたのか。その答えは、「北朝鮮問題は中国にとって重要課題ではなかったから」だ。中国は巨大な官僚制国家である。一度決まった方針は粛々と実行される一方で、方針を変更するには膨大な努力が必要となる。

一応、社会主義陣営の一員であり仲間であった北朝鮮に対する外交方針を転換し、実効的な圧力をかけるためには相当なリソースが必要だ。中国には他に優先すべき政策課題があり、北朝鮮問題に充てる政治的なリソースが不足していたため、「北朝鮮を庇護する」という従来方針が延々と延長されてきた......というのが実情ではないだろうか。



「核の脅威」に鈍感だった日中韓

気がつけば北朝鮮は北京をやすやすと射程に収める核ミサイルを擁している。客観的に見れば、中国政府の優先順位付けは明らかに失敗だったというしかない。いや、中国に限らない。韓国、日本もすでに北朝鮮の核の脅威にさらされていることを考えれば、日中韓3カ国にとって、現在の北朝鮮問題は遅すぎた対応と言わざるを得ない。

もっとも、上述の平可夫氏によると、大陸間弾道ミサイル(ICBM)の開発はきわめて高度な技術的課題を抱えており、先日の平壌市軍事パレードでお披露目されたICBMは明らかに"張り子の虎"だという。

今後、北朝鮮が開発を進めたとしても、米本土まで届く長距離ICBMを開発できるかどうかは未知数。それほど高い技術的ハードルがあると平氏は指摘する。

だからといって、多分大丈夫だろうでは済まされないのが(本来の)外交、安全保障の世界だ。現在の北朝鮮問題で、新たな変数は米国の抱く危機感である。

米国は今、北朝鮮の核開発阻止に本気の対応を示している。なにもオバマ政権からトランプ政権に変わったから米国の姿勢が変化したわけではない。安全保障の原則から見て当然の行動と受け止めるべきだろう。

上述したように目標達成か否かによって外交を判断するのであれば、米国が北朝鮮による米本土を射程に収めた核ミサイル開発の阻止を絶対条件にすることは間違いない。さまざまな交渉、妥協が行われるだろうが、米国にとっての譲れない一線は北朝鮮に長距離ICBMを保有させないことである。

こうした前提を理解すれば、中国の姿勢の変化も理解できる。中国と北朝鮮という変数だけを見れば"時すでに遅し"だが、米国が実際に軍事行動に移りかねないという局面を迎えた今、北朝鮮の核開発阻止に関する優先順位は上がり、中国共産党も政治的リソースを使ってまで北朝鮮政策を変化させる時期を迎えたのだ。

整理をすると、日中韓にとってはすでに北朝鮮の核を抑止するタイミングを逃しているが、米国にとってはこれからが本番というねじれた状況にあるということだ。

本気モードになった米国と北朝鮮がどのように交渉するのかが主軸だが、日中韓の立場に立てば、両国の交渉にどのように関わり、どれだけ国益を引き出せるかが問われている。北朝鮮に対して一番多くのカードを持つ中国が先行している中、日本はどのように国益を得られるだろうか。

【参考記事】ニューストピックス「朝鮮半島 危機の構図」

[筆者]
高口康太
ジャーナリスト、翻訳家。1976年生まれ。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。独自の切り口から中国・新興国を論じるニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由』(祥伝社)、『現代中国経営者列伝 』(星海社新書)。

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高口康太(ジャーナリスト、翻訳家)

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