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ロシア疑惑の特別検察官任命、その意味とは - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2017年5月19日 16時50分

<大統領選期間中のトランプ陣営とロシアとの癒着を捜査する特別検察官が任命。捜査結果は早々には出ないがトランプ政権の疑惑はさらに深まった>

先週9日にFBI(米連邦捜査局)のコミー前長官がトランプ大統領によって突如解任されたというニュースから、わずか一週間しかたっていませんが、この間にも連日のようにトランプ大統領に関する疑惑が出てきています。

まず「ロシアに対して勝手にISISに関する機密情報を渡していた」疑惑があります。まず機密漏洩は国益を損なう行為ですし、この場合は「情報提供国であるイスラエルがISISに潜入させている情報源を危険にさらす」といった同盟国への「裏切り行為」にもなり、事実であれば深刻です。

もう一つ、解任したコミー前長官に対して「ロシアとの癒着を疑われているマイケル・フリン前安全保障補佐官に対する捜査を止めるよう」圧力をかけた疑惑については、最終的にはその圧力を拒否した前長官を大統領は解任したわけで、その全体の「ストーリーをつなげて」行けば、限りなく司法妨害罪に近いということになります。

そんなわけで、今週16日前後から野党・民主党内では「弾劾(impeachment)」という言葉がどんどん出てきていますし、共和党内でも上院の重鎮であるジョン・マケイン議員などからは「ウォーターゲートに匹敵する大きな問題」といった発言も飛び出していました。

特に、民主党は「特別検察官の任命」を強く主張していました。そして特別検察官が任命されないのであれば、FBIの次期長官が指名されても承認の審議には応じないという構えも取っていたのです。一時は、この問題が与野党対立の焦点になるかと思われました。

【参考記事】トランプ弾劾への道のりはまだ遠い

そんななか17日の夕刻になって、司法省のロッド・ローゼンスタイン司法副長官が、特別検察官にロバート・マラー元FBI長官を任命しました。当面の捜査対象は、すでに安保補佐官を辞任しているフリン、昨年8月に選対をクビになったマナフォートの2人についてであり、フリンはトルコからの収賄、マナフォートはロシアもしくはウクライナのロシア派からの収賄というのが具体的な容疑です。

ちなみに、本来は特別捜査官の任命権を持っているジェフ・セッションズ司法長官は、「自分は大統領選のトランプ陣営に関与していた利害当事者」であるということで、特別検察官の任命者になることを辞退しています。

そこでローゼンスタイン司法副長官が任命者になったわけですが、この人はつい1週間前に大統領に対して「コミー長官の解任を提案」した人物です。というと、一体「どっちの味方なのか?」ということになりそうですが、要するに司法当局の独立性と信頼性を守るという観点で動いているということなのでしょう。



このローゼンスタインについては、先週の時点では解雇を要求する声が起きていました。民主党からは「トランプ大統領を焚き付けてコミー解雇に持っていった仕掛け人」だという声があった一方で、いやいや「解任提案書を読むとヒラリー落選という政治的混乱を作ったという理由でコミーを批判しているから怪しい」という声がホワイトハウス周辺からも出ていたのです。ですが、そうした両側からの「雑音」は今回の特別検察官任命でピタッと止みました。

では、この特別検察官の任命というのは、どのような意味を持つのでしょうか? 簡単に整理してみます。

まず、就任したマラーとはどんな人物かということですが、2001年9月の9.11テロの直前に就任し、ブッシュ、オバマの両政権に仕えたFBI長官です。10年の任期切れにあたっては、オバマ大統領が特に任期延長を提案すると、上院が全会一致で承認するなど与野党から信頼されています。

ロシア問題に関しては、2013年4月にボストン・マラソンが襲撃されたテロ事件の直後に、自身がモスクワに乗り込み、実行犯やチェチェン独立派に関するロシア側の資料の精査を行っています。結果的に何も表沙汰にはなりませんでしたが、これはロシア当局による「テロリスト泳がせ」を疑ったオバマ大統領の特命であったと言われています。

【参考記事】カナダ首相は「反トランプ」という幻想

次に捜査対象ですが、当面はフリンとマナフォートが「突破口」になるのだと思われますが、特別検察官としての捜査対象は選挙運動中のトランプ陣営全体であるとされています。フリンとマナフォートの行動を徹底的に調べると同時に、フリンの捜査を中止せよと圧力をかけた大統領ももちろん、捜査対象となります。

一つ懸念されるのは、この特別検察官制度というのは、膨大な実務を伴うものです。ですから、例えば1972年に発覚した「ウォーターゲート事件」の場合は、最終的に大統領弾劾の直前まで持っていくのに2年を要しています。1990年代後半にクリントン政権の「ホワイトウォーター事件」を捜査したケネス・スター特別検察官(当時)は、書類の審査を先行させる方式で作業の短縮ノウハウを残しているそうですが、やはり相当な時間を要することになるでしょう。

ですから、先週から今週にかけて発生した「怒涛のようなスキャンダルの連続」は、当分は止まるかもしれません。17日に暴落した株とドルが、18日には少し戻しているのにはそうした事情もあります。

では、これで政治も経済も当面は落ち着くのかというと、それは違うと思います。まず、疑惑が晴れたわけでは全くなく、これからは疑惑が深まっていくことになります。その一方で、トランプ大統領は「自分の信条はネバー・ネバー・ギブアップ」であるとか「自分は大統領として歴史上最もヒドい仕打ちを受けている」(17日の沿岸警備隊学校の卒業式での訓示)などと発言しています。



また特別検察官任命を受けた18日には "This is the single greatest witch hunt of a politician in American history!" (「これはアメリカ政治史上、唯一にして最悪の『魔女狩り』だ!」)というツイートを行って怒りを表現しています。(但し、大統領は特別検察官の任命を妨害する行動には出ていません)そんなわけですから、この問題の話題は尽きないわけです。

そんな状態が続いてしまっては、政治的には共和党に不利になります。また市場はこの種の混乱を嫌って、長い低迷に入るかもしれません。17日の暴落は「トランプ経済が実行されない」懸念というよりは、明らかに政治的混乱を懸念してのものでした。

そうなると、どこかの時点、例えばスキャンダルが深刻化するような局面で、政変が起きる可能性は高いと思います。その場合は、この弾劾プロセスを待たずして、憲法修正25条4項発動によって、ペンス副大統領がトランプ大統領の「職務遂行不能」を宣言する方法が、あくまでその法的な根拠になると思います。

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