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断交1カ月、サウジはカタールの属国化を狙っている

ニューズウィーク日本版 2017年7月12日 17時0分

サウジアラビアなどによるカタール断交から1カ月以上が経過した。受け入れ困難な13項目の要求を前に、カタールは国家主権を盾に拒否している。衛星テレビ局アルジャジーラの閉鎖など、大半の要求は主権に関わる問題で受け入れ難く、長期化は必至の情勢だ。サウジ側は、カタールをバーレーンのような属国的な存在にすることで独自の外交政策の骨抜きを狙う。最終的にタミム首長体制の転換に至る可能性があるとの見方も浮上している。

追加制裁で日本企業にもさらなる影響

13項目の要求はカタールの主権にも関わり、「最初から拒否するしかないようにつくられている」(ムハンマド外相)とも言える内容。「流血を伴わない宣戦布告だ」(アティーヤ国防担当相)と、カタール側は断交に踏み切ったサウジやアラブ首長国連邦(UAE)、バーレーン、エジプトの4カ国に対する非難のトーンを強めている。この間、カタールがトルコやイランとの関係強化に動くことで市民の日常生活に支障がないよう努めていることも、サウジ側の神経を逆なでしている。

カタールはイランから生鮮食品などを空輸してサウジによる国境封鎖による物資の不足を補うなど、イランとの接近が鮮明になっている。また、13項目の要求に反する形でトルコ軍がカタール内の基地で部隊を増強しており、「カタールはレッドラインを越えた」(中東専門家)との指摘もある。

こうした動きに対し、サウジ側は「13項目の要求はカタールが受け入れなかったことから(この要求は既に)無効だ」とし、新たな制裁措置を検討している。この中には、金融取引に絡む措置や日本など有力国の民間企業にカタールとの取引停止を求めることも含まれるもようだ。

カタールと取引する企業が、サウジやUAEとのビジネスの場から締め出すなどの警告を受ければ、大国サウジやUAEなど取引規模の大きい4カ国を選択せざるを得ないというわけだ。事態の長期化によっては、サウジ側とカタールの双方と関係の深い日本企業にとって、さらに事態が悪い方向に向かう可能性がある。

【参考記事】「開戦」は5月下旬 けっして突然ではなかったカタール断交
【参考記事】国交断絶、小国カタールがここまで目の敵にされる真の理由

実際に同胞団包囲進む

一方、水面下では危機の打開に向けた動きが活発化している。カタール外交筋によると、同国指導部は欧米諸国にサウジ側の要求内容の見直しに向けた仲介を要請したほか、「サウジ側の要求は国連憲章や国際法に反する違法な侵害行為だ」(カタール高官)として、法廷闘争の準備も進めている。こうした動きは危機を深化させかねないが、サウジ側が条件を見直す効果があるかもしれない。

カタールが比較的取り組みやすいのは、同胞団の問題だろう。前回2014年の危機の際にはカタールが同胞団幹部7人を追放することでサウジなどの駐カタール大使が復帰して危機はいったん収まった。

トルコ・イスタンブールは、エジプト当局の弾圧を受ける同胞団の一大拠点となっているが、そこで活動するエジプト人ジャーナリストによると、カタールには現在も少ないながら依然として同胞団関係者がとどまる。カタールは、同胞団のみならず、エジプトのシシ政権と対立する野党勢力の拠点にもなってきた。カタールはこれまでのところ、サウジ側の要求が過大であることから、同胞団関係者の追放に抵抗しているという。



カタールは同胞団に活動の場を提供するとともに、アルジャジーラを通じて同胞団がイスラム世界に影響を与えることを認めてきた。大国サウジなどの周辺国に翻弄(ほんろう)されかねない小国カタールは、民衆から一定の支持を集める同胞団などの「政治イスラム」に肩入れすることで中東での政治的な影響力を強めようと試みた。

しかし、こうした「政治イスラム」の伸長は、独裁主義的な旧来型国家の、親米政権として欧米の庇護を受けながらの存続を脅かすことにもなる。同胞団を警戒するサウジやエジプトが、同胞団の影響力をそぐのが今回の断交の目的の一つだが、大局的にはカタールを湾岸協力会議(GCC)の中での属国的な立場に追いやろうとするのが狙いだ。

【参考記事】岐路に立つカタールの「二股外交」

首長家内対立利用し、指導部入れ替え狙う?

カタールの属国化を狙っているとしたら、サウジやエジプトなどの要求が、カタールが国家主権を事実上譲り渡さなければ、達成できないような内容となったのも当然だ。ロンドン発行の汎(はん)アラブ紙アルクッズ・アルアラビの編集長を長く務めた評論家、アブデル・バリ・アトワン氏は筆者とのインタビューで、「サウジなどはカタールの体制転換を狙っている」と語った。カタールの「政治イスラム」を援護する政策を根本的に見直させるため、タミム首長率いる指導部を総入れ替えする体制転換の可能性が浮上してきたとの見方を示した。

アトワン氏は、「カタールの体制内では路線をめぐる対立が存在する。サウジ側はタミム首長に反対する勢力に肩入れすることで体制の転換を図ろうとしているようだ」と分析する。1995年には、カタール皇太子だったハマド前首長(タミム首長の父)が、外遊中だった父ハリファ首長(当時)を退けて首長の座を奪取した無血クーデターが起きている。カタールの首長家内は必ずしも一枚岩ではなく、タミム首長を交代させることで事態の打開が図られる可能性もあるという。

断交や経済的な封鎖、さらなる対カタール孤立政策によって、カタールを政治、経済的に追い詰めることでタミム首長体制を自壊させるのか、軍事力の行使を警告したり、実際に実力行使したりすることによって体制転換が強制的に実行されるのか、現時点で予測するのは困難だ。カタール外交筋は「今回の危機は単なる口約束だけで事態を乗り切るのは困難だろう」と危機の深刻さを認めている。このため、数年単位の持久戦となるとの予測もある。

【参考記事】カタール孤立化は宗派対立ではなく思想対立

[執筆者]
池滝和秀(いけたき・かずひで)
時事総研客員研究員、在英ジャーナリスト
1994年時事通信入社。外信部、エルサレム特派員、カイロ特派員、外信部デスクを経て、エジプトにアラビア語留学。2015年8月より現職。ロンドン大学東洋アフリカ研究学院修士課程(中東政治専攻)に在籍中。

※当記事は時事通信社発行の電子書籍「e-World Premium」からの転載記事です。





池滝和秀(時事総研客員研究員、在英ジャーナリスト)※時事通信社発行の電子書籍「e-World Premium」より転載

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