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「天皇はイラン人だった」という怪情報も拡散…イラン国民が「米中露は大嫌いだけど、日本は大好き」と語るワケ

プレジデントオンライン / 2024年5月16日 16時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/alexis84

中東の大国・イランの人たちは、日本にどんなイメージをもっているのか。ルポライターの若宮總さんは「イラン人は日本人に並々ならぬ信頼を寄せ、日本文化に対しても熱い視線を注いでいる。だが、日本人のイランに対するイメージは乏しい。私はこれを『壮大な片想い』と呼んでいる」という――。

※本稿は、若宮總『イランの地下世界』(角川新書)の一部を再編集したものです。

■欧米にも中露にも中東にも不信感を抱くイラン

反米国家としてのイメージが強いイランだが、実際にはイラン人の多くが、われわれ日本人と同様に、米国、そしてヨーロッパの文化に対して、親しみと強い憧れを抱いている。とはいえ、19世紀以降は英国とロシア(ソ連)、20世紀に入ってからはこれに米国を加えた三大国の利害に翻弄され、なかばそれらの属国ないし半植民地的な地位に甘んじてきた歴史がある。

欧米諸国は、いったい誰の味方なのか――。イラン人の欧米観の根底に、こうした不信感が横たわっていることを見落としてはならない。

では、イラン人はどの国を信用の置けるパートナーと見なしているのか。

ご承知のように、イランの友好国はロシアと中国であるというのが、一応、国際政治の常識となっている。しかし、実際にこれらの国に対して一般のイラン人が抱くイメージは、欧米先進国よりもさらにひどい。何しろ中露両国は、今やイラン国民最大の敵ともいえるイスラム体制を、強力にバックアップしているのだ。

一方、イランと歴史的、文化的に近しい関係にある中東諸国との関係も、イスラム革命を境に大きく変容した。革命後のイランは、イスラムをイデオロギーに中東地域での影響力拡大を図ってきた。

とくに、パレスチナや、アサド政権のシリア、レバノンおよびイラクのシーア派組織、そして イエメンのフーシ派などが、イランの支援を受けていることはよく知られている。しかし、当のイラン国民はといえば、こうした国々に対して、ほとんど何のシンパシーも感じていない。反体制デモのたびに必ず叫ばれるスローガンのひとつ、「わが命、捧げたい! ガザでもレバノンでもなく、イランのために!」は、そのことを象徴している。

■日本のアニメと“出稼ぎ労働者”の影響

一方、サウジアラビアやUAE(アラブ首長国連邦)のような、経済発展著しいペルシア湾岸諸国に対しては、イラン人はかなり屈折した感情を抱いている。

同諸国の国力は、イスラム革命まではイランに大きく水をあけられていた。しかし、革命後、イランが反米に転じると、その対岸に位置していた国々は米国との関係を強化することで経済発展を実現、結果としてイランとの立場は完全に逆転することになった。

では、欧米も中露も中東諸国も嫌いなイラン人は、どの国が好きなのだろうか。これは客観的に言って日本である。イランが親日である理由はさまざまあるが、イランは付き合いの深かった国とは関係が悪化しやすい傾向にある。

ただ、親日である理由はそれだけではない。

イランでは黒澤明の映画作品や、『おしん』などのドラマがテレビで放送されていたこともあり、日本人の生活や文化に慣れ親しんでいる人も多い。そして、なんといっても大人気なのが日本のアニメだ。『千と千尋の神隠し』などの映画作品や、『ワンピース』や『呪術廻戦』などのテレビアニメは人気が高く、イランの若者たちはそれらの作品を違法サイトでダウンロードして楽しんでいる。

2001年6月10日、日本のアニメーション映画監督、宮崎駿の写真(左)と、同年7月公開の最新作『千と千尋の神隠し』のポスター。
写真=AFP/時事通信フォト
2001年6月10日、日本のアニメーション映画監督、宮崎駿の写真(左)と、同年7月公開の最新作『千と千尋の神隠し』のポスター。 - 写真=AFP/時事通信フォト

また、1980年代の終わりに日本にやってきたイラン人労働者たちの存在も大きい。彼らは日本人の礼儀正しさに感銘を受け、帰国してからもその感動を家族や友人に繰り返し伝えてくれていたようである。

■日本における知名度の低さに愕然とするイラン人

イラン人が日本人に並々ならぬ信頼を寄せ、日本文化に対しても熱い視線を注ぐ一方で、われわれ日本人の大半は、おそらくその十分の一ほどもイランに関心を持っていない。私はこれを「壮大な片想い」と呼んでいるが、本当に残念なことである。

はじめて日本に来たイラン人は、この国でのイランの知名度がいかに低いかを知り、愕然とする。

彼らはまず、「イラン」と「イラク」の違いを説明するところから始めなくてはいけない。これはわれわれが外国人に、日本と中国の違いを説明させられるようなもので、面倒というよりは屈辱的である。そして、なんとかイランとイラクが別の国だということを分かってもらえたとしても、大方の日本人の頭には「イスラム」と「砂漠」くらいしか浮かんでこない。

だから、イラン人女性が日本でスカーフをかぶっていないと訝しがられたり、イランにも電子レンジがあると言えば腰を抜かされたりする。

■「イランに詳しい=悪印象」という悲しい現状

一方、国際情勢に関心があって、ある程度イランのことを知っている日本人は、たいていイランに悪い印象を持っている。イランに関する日本での報道が、イラン人不法滞在者の犯罪や、イラン当局によるテロ支援、米国との対立、あるいは反体制デモなど、“暗い”ニュースばかりに偏っているからだ。

こうしたことから、イラン人のなかには、「イラン」という言葉を避けて、自らを「ペルシア人」と紹介する人もいる。「ペルシア」ならば、日本人はまず「ペルシア絨毯」や「ペルシア猫」などを連想するので、いくらか親しみをもってもらえるだろうというわけだ。

だが、「ペルシア」は現在、正式な国名としては使われていない。

ちょうど、日本人が外国人を前に「ヤマトの国から来ました」などと言えば嘘くさくなるのと同じで、やはり「ペルシア人」ではどこか居心地の悪さが残るのだという。

私は日本人に、自らの無知と無関心が、この国に暮らすイラン人にどんな煩悶を強いているか気づいてほしいと切実に思う。しかも、そんな彼らは世界に類を見ない大の親日家なのである。イラン人と日本人の互いの国に対するこの温度差は、ほとんど悲劇といってよい。

■そもそも日本の外交には期待していない

一方、イラン人のなかには、日本に対する好意的な感情は持ちつつも、手放しの称賛を控え、批判的な目で日本を見ている人も少なくない。イラン人をしばしば失望させてきたのが、日本の外交だ。「米国に決して逆らえない日本に、独自の外交は期待できない」。これは、イラン人にとってもはや常識となっている。

2019年6月の安倍首相(当時)のイラン訪問は、たしかにメディアや国民に歓迎された。ただし、歓迎されることと成果を期待されることは別である。イラン人は、日本人がイランへやって来れば、それだけで飛び上がるほど嬉しいのである。

トランプの使者としてイラン入りした安倍の提案は案の定、ハメネイに一蹴され、会談当日にはホルムズ海峡で日本のタンカーが攻撃されるというとどめまで刺されて、安倍はほうほうの体でイランを後にした。しかし、イラン人のあいだから落胆の声はほとんど聞かれなかった。そもそも成果を期待していなかったからである。彼らは、イスラム体制が米国の“使い走り”の言い分に耳を貸すはずがないことくらい、はじめからわかっていた。

ハメネイの紙幣プリント
写真=iStock.com/tanukiphoto
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/tanukiphoto

イラン人は今、日本の社会や文化も、実は想像していたほど健全なものではなく、多くの弊害を抱えていることに気づきはじめている。

■「日本人は大切なものを見失ってしまったのではないか」

たとえば、孤独死や過労死は、家族や余暇を大切にするイランではまず考えられないことだ。彼らは言う。「日本人は仕事に打ち込むあまり、何か人間にとって大切なものを見失ってしまったのではないか」と。まったくその通りだと私も思う。

公園で落ち込む若いアジア系のビジネスマン
写真=iStock.com/itakayuki
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/itakayuki

また、イラン人はポルノなどを含む日本の性風俗産業が活況を呈しすぎていることにも、眉をひそめている。イランのように一律に禁止するのもよくないが、日本の場合はむしろ規制したほうがいいレベルだ、と彼らは指摘する。

そして、性産業の隆盛が日本人の抱える孤独や家庭軽視といった社会問題と無関係でないことも、イラン人たちはすでに見抜いている。

では、このような社会問題が日本でだけ見られて、イランにはない、その根本的な理由は何なのか。かつて、私の友人で大学教授でもあるバーラム(仮名)さんが、こんな面白い話をしてくれたことがある。

「日本人を含む、東アジア人の物の見方は概して実利主義的です。だから、ある物を手にすると、それをどう使い、どう売るかということを考えるのが得意です。当然、国の経済も発展します。一方、イラン人の物の見方は、精神主義的ということができるでしょう。物を使うことよりも、それを愛でながら、もの思いに耽ったりすることを好むのです。ですから、商売にはあまり向いていないタイプの人間かもしれませんね」

■中世の詩にうたわれた東アジア人の特徴

そう言って笑ったバーラムさんは、13世紀より伝わる詩の一節を引用してみせた。

目の細き人たちは果物を見ん/われらが果樹園を眺むるときに
(サアディー『ガザル集』)

「目の細き人」というのは東アジア人のことで、「われら」は言うまでもなくイラン人である。つまり、東アジア人は果樹園に来ると、まず果物に目が行くが、イラン人は果樹園ののどかな風景そのものを楽しむというわけである(解釈には諸説あり)。

一三世紀の段階で、すでにそんな「東アジア人観」がイラン人のうちにあったことも驚きだが、詩人サアディーの指摘は当たらずといえども遠からず、だろう。

たしかに、日本人のなかには、仕事一辺倒となり、ふと立ち止まって一息つくことすら忘れてしまうような人が多い。果物ばかりに目を奪われてしまうのだ。

一方、少しズームアウトして果樹園全体を見ているイラン人は、家族や友人、そして心の平安があってこその仕事だということを知っている。だから、仕事の効率自体は悪いかもしれないが、一人でストレスをため込むこともない(実際のイラン人は食いしん坊で、とくに果物に目がないことは付け加えておく)。

バーラムさんは、自虐のつもりでこの話をしてくれたらしかったが、私にはむしろひそかな優越感のようなものが感じられた。

■「奈良はイラン人によって作られた都です」

事実、サアディーがこの詩で言わんとしていることもそうだ。「われわれは、君たちのようにモノとカネにしがみつくケチくさい人間ではないのだよ。もっと高尚な人生の楽しみ方を知っているのだよ。フッフッフ」。

この点は重要なことで、実は多くのイラン人は心のどこかで、イランのほうが東アジア(日本・中国・韓国)よりも、精神的には優れていると今でも思っている。

もちろんそれは自然なことで、かつて「和魂洋才」を掲げた日本人もまったく同じ発想をもって西洋と渡り合ってきた。親日的なイラン人でさえ、イランの精神文化まで脱ぎ捨てて日本を溺愛するつもりなど毛頭ないわけだ。

だが、もし物質文化的にも日本を凌ぐだけのものがイランにあれば、どんなにいいことか。そうすれば、イラン人として、もっと優越感に浸ることができるのに──。イラン人たちがそんな夢想に駆られていたある日、国営テレビで、ひとつのトーク番組が放送された。

スタジオには、スカーフをかぶった怪しげな日本人女性。イラン人の司会者に促されるままに、彼女はイランと日本の歴史的な関係について、拙いペルシア語で風変わりな説を唱え始めた。

「日本の古都として知られる奈良は、イラン人によって造られた都です。イラン人が、高度な土木技術を、私たちに教えてくれたんです。日本の物質文化の多くはイランに起源をもっています。そればかりか、日本の天皇もイラン人だったんです」

それを聞くや司会者はカメラのほうを向き直り、満足げな表情でうなずく。私は耳を疑った。

■親日感情の裏にある“独特のプライド”

シルクロードを通じて伝わったペルシア文化が、日本の古代史に無視できない影響を及ぼしていたことは事実だ。

だが、日本という国自体がイラン人によってつくられたかのような表現は、どう考えても誇張、あるいは歴史の歪曲であり、もはや売国的な迎合以外の何ものでもない。ところが、この番組の切り抜きはその後もSNSを通じて拡散され続け、イラン人の大喝采を浴びることになった。

若宮總『イランの地下世界』(角川新書)
若宮總『イランの地下世界』(角川新書)

何しろ、あれほど憧れてきた日本の、物質文化ばかりか国家としての礎を築いたのがイラン人だというのである。しかも、それを主張しているのは当の日本人なのだ。

もっとも、女性の珍説を信じようとしなかった人たちもいる。彼らはこの映像を、「日本を礼賛する風潮に歯止めをかけ、イラン人としての愛国心を涵養しようとする国営放送お決まりのプロパガンダ」として静観していた。

いずれにしても私はこの一件から、イラン人の親日もなかなか一筋縄ではいかないものであることを悟ったのである。日本を愛してはいるが、それと同時に、できることならばどこかで「イランの優位性」も確保しておきたい──。

これこそが、プライド高きイラン人の親日感情に隠された、偽らざる本音なのだ。

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若宮 總(わかみや・さとし)
ルポライター
10代でイランに魅せられ、20代より留学や仕事で長年現地に滞在した経験を持つ。近年はイラン人に向けた日本文化の発信にも力を入れている。イラン・イスラム共和国の検閲システムは国外にも及んでおり、同国の体制に批判的な日本人はすべて諜報機関にマークされる。そのため、体制の暗部を暴露した本書の出版にあたり著者はペンネームの使用を余儀なくされた。著書に『イランの地下世界』(角川新書)がある。

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(ルポライター 若宮 總)

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