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「英語でなくていいんだ!」やさしい日本語でやさしいおもてなし

ニューズウィーク日本版 2017年8月23日 15時0分

<外国人に対しては「英語で話さなくちゃ!」と構えてしまい、うまくコミュニケーションが取れない日本人が多いようだが、「やさしい日本語」で話しかけてみるというやり方もある>

「やさしい日本語で話してくれてありがとう」と話すのは、箱根を歩いていた数人の外国人留学生の1人。胸には「やさしい日本語、お願いします」というメッセージの見なれないバッジを付けている。

胸のバッジに気付くと、お店の人をはじめ周りの人はゆっくり言ったり、身振り手振りを加えたり、コミュニケーションの工夫をしてくれたという。"やさしい日本語"で話しかけられた留学生の顔にも、一生懸命自分の伝えたいことが伝えられたという一種の爽快感、達成感が感じられた。

バッジを作ったのは、「やさしい日本語」という日本人と外国人が気持ちを通わせる新たなコミュニケーション方法を提案している「日本語ツーリズム研究会」。

8月初め、研究会代表でもある加藤好崇・東海大学教授の指導の下、東海大学の留学生に"やさしい日本語バッジ"を着用して箱根観光をしてもらい、日本人との会話にどんな変化が起こるかを調査した。留学生が立ち寄った店の人は「英語でなくていいのだと思った。こんなバッジがあると接客で助かる」と話す。

加藤教授は実験の観察結果について、こうコメントしている。「アラブ系、ヨーロッパ系、アジア系、東南アジア系の4つのグループの留学生に、バッジをつけて観光地を回ってもらった。かなり目にとまるようで、お店の人はやさしい日本語を使って話をしてくれた。やはり日本語を使うことで心理的な壁は低くなることは間違いないだろうし、バッジがコミュニケーション促進に役に立つことも分かった」

1995年の阪神・淡路大震災をきっかけに、日本語も英語も十分に理解できず必要な情報を受け取ることのできない地域の外国人への情報提供手段として考え出されたのが「やさしい日本語」だった。東京都のホームページによれば、その後も災害時と平時の両面で外国人への「分かりやすい」情報発信の手段として研究が重ねられ、ニュースや行政サービス、生活情報など、全国的にさまざまな分野で取り組みが広がっている。

【参考記事】「共謀罪法」がイスラモフォビアを生まないか

日本人は英語コミュニケーションにこだわるが

1980年代には、"国際化"という言葉が日本社会のキーワードのように盛んに使われた。この時期を境に日本と海外の人の動きが活発となり、日本に入ってくる外国人も、海外へ出かける日本人も増加を続けてきた。現在では、日本に定住する外国人は230万人以上(2016年法務省統計)で、旅行目的で来る外国人の数は約2400万人に上る(2016年政府観光局推定)。その80%以上がアジア諸国からの旅行者だ。



NHK放送文化研究所の「日本人の意識」調査によれば、1993~2013年の20年間で、外国人との接触経験は少しずつ増えている。とはいえ、「一緒に働いたことがある」や「挨拶をしたことがある」など比較的軽い付き合いでも、接触経験のある人は19%に過ぎない。日本に入ってくる外国人は増えているにもかかわらず、外国人と付き合ったことのある人は今も決して多いとは言えない。

その背景として、"言葉の問題"がよく挙げられる。日本人にとっては、「外国人=英語」という固定観念がかなり根強い。しかし「生活のための日本語:全国調査」(国立国語研究所)では、日本に住む外国人の61%以上が「簡単な日本語なら話せる」ということが分かった。これは英語を話せる人より多い。つまり、日本で外国人と話すときに一番通じるのは日本語なのかもしれない。

長期滞在の予定で日本に来る外国人にはさまざまな悩みがある。とりわけ留学生の定番の悩みとして、コミュニケーション問題がよく挙げられる。「友達を作ろうとするが、なかなかできなくて困っている」「友達ができても、何だか冷たい感じがする」「地域の人となかなか交流できない(またはしにくい)」などと日本人の内気な気質に阻まれ、結果的に留学生の孤立化を招いてしまうケースが少なくない。

留学生にとっては授業だけでなく、日本人学生や地域の人たちとの交流、そこで出会う多様な価値観から学ぶものも大きい。しかし、日本では社会全体の内向き志向ゆえ、外国人とのコミュニケーションへのインセンティブが乏しい。つまり、日本人は「コミュニケーションをしたがらないのではなく、コミュニケーションをしたくてもしにくい現実がある」と言えよう。

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多文化共生社会の実現へのヒント

「まずは日本語、できるかぎり相手言語、最終手段として英語。脱英語依存から世界の別の姿が見えてくる」――これは最近出た『節英のすすめ』(木村護郎クリストフ著)の一節。「英語ができなきゃダメの脅迫観念から自由になり、節度をもって英語を使おう」と、脱英語依存を勧めている。

知らない文化圏の人に「何語で話しかけるか」が問題なのか、それとも「話しかけてみよう」という心得を芽生えさせることが重要なのか。こうした「言葉のハードル」への過剰な意識がある日本で、心理面での負担を軽くする方法として期待を集めているのが「やさしい日本語」によるコミュニケーションである。

同じ方法は「シンプル英語」「シンプルフランス語」として、イギリスやフランスなど移民の多い社会で多文化共生の実現のために活用されている。「やさしい日本語」は外国人のために開発されたように捉えられがちだが、日本人の内気志向の改善やコミュニケーション能力の向上など、多くの効果を社会にもたらす可能性を秘めている。

外国人なら一度や二度は経験があると思うが、日本人は相手が外国人だと認識すると英語で話しかけてくる。私自身、日本に住んで22年が経つ今も、日本語で話しかけているのに英語で返されることが頻繁にある。これからの日本で大事になるのは、外国人に日本語で話すことではないか。日本と世界のつながりの輪を広げる「やさしい日本語」の神通力に期待する。


【執筆者】アルモーメン・アブドーラ

エジプト・カイロ生まれ。東海大学・国際教育センター准教授。日本研究家。2001年、学習院大学文学部日本語日本文学科卒業。同大学大学院人文科学研究科で、日本語とアラビア語の対照言語学を研究、日本語日本文学博士号を取得。02~03年に「NHK アラビア語ラジオ講座」にアシスタント講師として、03~08年に「NHKテレビでアラビア語」に講師としてレギュラー出演していた。現在はNHK・BS放送アルジャジーラニュースの放送通訳のほか、天皇・皇后両陛下やアラブ諸国首脳、パレスチナ自治政府アッバス議長などの通訳を務める。元サウジアラビア王国大使館文化部スーパーバイザー。近著に「地図が読めないアラブ人、道を聞けない日本人」 (小学館)、「日本語とアラビア語の慣用的表現の対照研究: 比喩的思考と意味理解を中心に」(国書刊行会」などがある。


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アルモーメン・アブドーラ(東海大学・国際教育センター准教授)

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