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ロシアが狙う地中海という足場

ニューズウィーク日本版 2017年8月31日 15時30分

<内戦でシリア政府を支持したのは長年の同盟国を助けるだけではなく、宿敵NATOに対抗する目的か>

一石二鳥を狙ったのか、運よく漁夫の利を得たのか。いずれにせよロシアはシリアのアサド政権を支援し、軍事介入に踏み切ったことで地中海東岸に新たな軍事拠点を築き、仇敵NATO(北大西洋条約機構)に改めて挑戦状を突き付けることができそうだ。

各地の国際紛争を監視しているアメリカのシンクタンク「軍事研究所」は7月の報告書で、ロシアがアサド政権とその軍隊に肩入れする背景には、欧州大陸の大半で優位に立つNATOに対抗する足場を固めたい思惑があると指摘した。

このところ、ロシアとNATOは冷戦時代を思わせるような軍拡競争と非難合戦を繰り広げている。そんな状況で、ロシアは中東における長年の同盟国シリアの支援に乗り出し、ついでに欧州大陸をにらむ戦略的拠点も(先に一方的に「編入」したウクライナのクリミア半島に続いて)確保したらしい。

「ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は、地中海で長期の軍事的プレゼンスを築こうとしている。米軍の動きを牽制するためであり、NATO圏の南端を揺さぶるためでもある」。今回の報告を執筆したチャールズ・フラティニ3世とジュネビーブ・カサグランデはそう指摘している。

カサグランデによれば、シリア内戦に対するロシアの介入には「ほとんど最初から」NATO圏の南端、とりわけトルコに接近する意図が見て取れたという。トルコはシリア内戦の勃発当時からシリア政権側の人権侵害や政治的迫害を非難し、反アサドの武装勢力を支援してきた。実際、内戦の初期にはアメリカや湾岸諸国からの支援も得た反政権派が軍事的優位に立ち、政権側は後退に次ぐ後退を余儀なくされた。

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だが15年になると情勢は一変した。アサドの要請を受け、ロシアが直接的な軍事介入を開始したからだ。ロシア軍の猛烈な空爆に助けられた政府軍は、やすやすと国内の多くの地域を奪還できた。反政権派の武装勢力はアルカイダやISIS(自称イスラム国)といったテロ組織との抗争で戦闘員の多くを失っていたから、一時は支配下に置いていた地域のほとんどから撤退するしかなかった。

シリア内戦のおそらく最大の分岐点だったのは、昨年12月のアレッポ陥落だ。シリア北部最大の都市アレッポは反政権派の拠点で、トルコ領にも近い。だからトルコは、一貫してアレッポに立てこもる反政権派武装勢力を支援してきた。しかしトルコはこの時点で彼らに見切りをつけ、ロシア側と前代未聞の合意を結んだ。

こうして始まったのがカザフスタンの首都アスタナでの和平協議だ。シリア内戦に政治的解決をもたらすためと称するこの協議は、国連主導の和平交渉と並行して現在も続いている。カサグランデによれば、アサド政権と敵対し、NATOの同盟諸国とも対立しがちで「矛盾だらけの」トルコを説得し、シリア政府とその後見人であるイランとの交渉の席に着かせたのはロシアの政治力。これで事態はロシア政府にとって有利な方向に動き始めた。



「反NATO」の地位確立

「ロシアはこの協議を利用して、トルコと他のNATO加盟国との間にくさびを打ち込もうとしている」とカサグランデは言う。「NATOを弱体化し、混乱させようというロシアの世界戦略の一環だ」

しかも、その戦略は功を奏しているようだとカサグランデは言う。

まず戦術レベルでは、アサド政権側は急速に失地回復を果たしている。今やフランスのエマニュエル・マクロン大統領でさえ、6年以上に及ぶシリア内戦の終結には「アサド退陣」が前提だとの主張を取り下げている。政府軍は国土の西半分を(反政権派の拠点都市である北部イドリブを除いて)ほぼ制圧した。東部への進軍を続け、ISISの占拠するデリゾールへと向かっている。

一方で、ロシアの目は西方に向いている。黒海艦隊に属する軍艦15隻を含む海軍の精鋭部隊を地中海東岸に集め、そこに恒久的なプレゼンスを築くつもりだ。これらの艦船が拠点とするのはシリアの沿岸都市タルトス。ロシア政府は向こう50年ほど、ここに海軍基地を置くことでアサド政権の合意を取り付けている。



地中海東部に展開するロシアの艦隊は、今のところシリア領内にあるISISの拠点に向けて最新鋭の巡航ミサイルを撃ち込んでいる。しかし、この核弾頭搭載可能なミサイルがNATO加盟国内の標的を射程に収めるのは時間の問題だ。

「シリアへのロシアの関与は、中東地域全体で影響力を拡大させたいというロシア政府の願望と確実に関係がある」と言うのは、シンクタンク「セクデブ・グループ」の主任アナリスト、ニール・ハウアー。その証拠に、ロシアはタルトスの海軍基地でもラタキアの空軍基地でも施設の近代化工事を予定しているという。

「こうした動きは、シリアの反体制派やISISの掃討に必要なレベルをはるかに超えている。今後、この地域でロシアが主役の座を確立し、NATOに対抗する存在としての地位を築くことが目的なのは明らかだ」

【参考記事】<発言録>冷徹、強硬、孤独な男ウラジーミル・プーチン

つまり、ロシアの野望はシリアだけでは終わらないということ。既にエジプトでロシアの特殊部隊が目撃されたという情報もある。リビアで政治的影響力を増大させつつあるハリファ・ハフタル司令官に接近している気配もある。ホーシー派(シーア派の反政府武装勢力)に対するサウジアラビア主導の軍事攻撃で大きな打撃を受けたイエメンにも、ロシアが軍事的に進出できる余地がある。

今のNATOは北のバルト海沿岸諸国などでロシアと厳しく対峙しているが、気が付けば南のほうでロシアが影響力を拡大し、ソ連時代に劣らぬ勢力圏を築き上げているかもしれない。

「プーチンは既にリビアやエジプト、イエメンのような国々で戦略的に好ましい条件を作り出している」と、カサグランデは言う。「ロシアは中東で実に巧みに立ち回り、長い目で見て自分たちに有利な状況を生み出している」

<本誌8月29日号「特集:プーチンの新帝国」から>


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トム・オコナー

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