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ドイツが見いだしたヘイトとの戦い方

ニューズウィーク日本版 2017年9月9日 13時0分

<ネオナチが集会を開くことは認めつつ、差別的なスローガンは厳しく取り締まるドイツの現状>

写真だけ見ても、外国人には何の集会か分からないかもしれない。8月19日、白もしくは黒のシャツを着た何百人ものドイツ人が全国からベルリン西部のシュパンダウ区に集まってきた。

黒白赤の三色旗や「私は何も後悔しない」と書かれた幕など、デモ参加者が掲げていたシンボルは一見すると分かりにくいものばかりだ。前者は、第一次大戦終結まで存在したドイツ帝国の旗。後者は、ナチス・ドイツのナンバー2だったルドルフ・ヘスの言葉。ドイツ人の戦争犯罪を裁くニュルンベルク国際軍事裁判で、彼が最後に述べたものだ。この裁判でヘスは終身刑を言い渡された。

最も印象的だったのは、奇妙な静寂の中でデモが行われたことだ。参加者は何時間もの間、黙って歩き続けた。シュプレヒコールも歌もなし。ジャーナリストが取材を試みても、黙って背を向けるだけだった。

これはネオナチの集会だ。ドイツではネオナチが集会を開くこと自体は許されているが、ナチスのシンボルであるカギ十字を掲げたり、ナチス時代のスローガンや人種差別的なメッセージを打ち出したりすることは、法律で禁じられている。

そこで、ネオナチは集会のやり方を工夫するようになった。この日、目に入ったカギ十字は、ネオナチに抗議するデモの参加者が掲げていた幕の中だけだった。そこには「ナチは要らない」という文字と一緒に、ゴミ箱に打ち捨てられたカギ十字が描かれていた。

ドイツのやり方は、表現の自由をほぼ絶対的に認めるアメリカとは対照的と言っていい。ドイツがこのような制度を採用するに至ったのは、第二次大戦後、表現の自由とマイノリティー(と民主主義)の保護のバランスを取るために慎重に議論を重ねてきた結果だ。

シュパンダウのデモは、ヘスの没後30年を記念するものだった。ニュルンベルク国際軍事裁判の後で収監されていたヘスは、87年8月17日、刑務所内でランプのコードで首をつって自殺した。93歳だった。

【参考記事】ヘイトスピーチを見逃すから極右が伸長する

アメリカは世界の少数派

ドイツ政府はヘスの死後、刑務所が極右勢力の「聖地」になることを防ぐため直ちに取り壊したが、ネオナチの間では「ヘスは戦時中のイギリスの秘密を守るために殺された」という陰謀論が広がり始めた。ネオナチたちは毎年、ヘスの死去した日に合わせて集会やデモを行っている。



ネオナチの集会は厳しい規制の下で行われるが、それでも市当局や州当局はしばしば集会を禁止している。今回のシュパンダウの集会も禁止すべきだったという意見もある。「極右過激派勢力が町を練り歩くことを許したのは......嘆かわしい」と、地元選出のカイ・ウェグナー連邦下院議員は地元紙に語った。

「ウンジーデル(バイエルン州)では、このルドルフ・ヘス記念行進なるものを05年以降禁止しており、その決定は連邦憲法裁判所にも支持されている」

アメリカ人の中には、ヘイトスピーチ(マイノリティーなどに対する憎悪表現)を法律で規制すれば民主主義を脅かすことになると考える人が多い。だが、ほぼあらゆるヘイトスピーチをほぼ無制約に許すアメリカ流の言論の自由は、世界的には「例外中の例外」だと、米ミドルベリー大学のエリック・ブライシュ教授(政治学)は言う。

「ドイツ、オーストリア、イタリア、多くの東欧諸国など、第二次大戦直後にナチスのシンボルを掲げることを法律で禁じた国は多い」と、ブライシュは言う。「ホロコースト(ナチスのユダヤ人大虐殺)を否定する言論を禁じている国も多い。人種憎悪をあおる言論を禁じる国は、さらに多い」

アメリカでも、8月中旬にバージニア州シャーロッツビルで起きた事件をきっかけに差別主義との向き合い方が議論になっている。しかし、ヘイトスピーチを制限するのは是か非かという議論は、ドイツ人にとっては理解し難いものだ。ベルリンでもハンブルクでも、アメリカが白人至上主義者の差別的な発言を法律で禁止しようとしないことに納得できない人が多かった。

もっとも、ドイツがヘイトスピーチを規制していることで過激思想の拡散を防げているかという点は、意見が分かれている。シュパンダウで掲げられていたシンボルは外国人の目には謎めいて見えたが、ドイツ人が見れば、ネオナチの集会であることは一目瞭然だった。

【参考記事】ポートランドでヘイト暴言への抗議に痛ましい代償

反差別の市民が大勢集結

ヘイトスピーチ規制反対派がよく指摘するのは、規制をすればむしろ反発を招き、運動の規模と激しさが増大する恐れがあるということだ。

説得力がありそうな主張にも思えるが、ドイツで実際にそういうことが起きているかははっきりしない。この2年ほど、アメリカとヨーロッパの多くの国で極右の台頭が目立つなか、ドイツの最も新しい極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」は、9月の総選挙を前に支持率が1桁台に低迷している。



その一方、ドイツでは何万人もの極右と極左の活動家が毎年、何千件もの政治的動機に基づく犯罪を行っている(ほとんどは暴力的なものではないが)。一昨年には、極右過激派の数が久々に増加し、そうした人々による暴力犯罪の数も急増した。ただし、昨年はいずれの数字も増加に歯止めがかかった。

アメリカでは、弱い立場のマイノリティーや宗教団体の発言を封じるためにヘイトスピーチ規制が悪用されかねないという議論もよく聞かれる。ゲーテ大学(フランクフルト)のマシアス・ヤーン教授(刑事法)によれば、そうした懸念はドイツでも聞かれるが、「マイノリティーへの憎悪を容認する環境を放置すれば悪い結果を招くという確信」のほうが強い。

【参考記事】トランプのアメリカで反イスラム団体が急増

この問題は、自由民主主義体制の下で自由の擁護と自由の乱用防止のバランスをどのように取るかという議論に行き着く。簡単に答えは出ないのかもしれないが、法規制をどうするかという点とは別に、ドイツ人は差別主義者への対処の仕方をよく心得ている。

シュパンダウのデモに対しては、ドイツ全土から反ネオナチの市民が抗議に駆け付けた。行進ルートのあちこちに、政党、労働組合、左派団体、教会、その他の地域団体のメンバーが陣取ってにらみを利かせた。

ネオナチの行進が始まると、通り掛かりの人たちも加わって、耳をつんざくばかりの大合唱が始まった――「ナチは出て行け! ナチは出て行け!」


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[2017.9.12号掲載]
べサニー・アレン・イブラヒミアン(フォーリン・ポリシー誌記者)

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