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トランプの挑発が、戦いたくない金正恩を先制攻撃に追い詰める

ニューズウィーク日本版 2017年9月29日 19時0分

<北朝鮮の金正恩は分別がなさそうに見えるが実際は理性的で、アメリカとの戦争を望んでいない。それより問題はトランプだ>

ドナルド・トランプ米大統領は先週、北朝鮮の金正恩国務委員長を「狂った男」と批判した。

さらに、金正恩はアメリカを憎むあまり自暴自棄になって自殺行為に突き進んでいると言った。

トランプに言わせれば、金正恩が核開発を断固続行したい理由はただ1つ、アメリカと同盟国を破滅させるためだ。トランプはそれを根拠に、金正恩に対する敵対的で過激な発言を正当化する。

だがもしそれがトランプの思い違いで、北朝鮮情勢を悪化させているだけだとしたら? トランプが「ロケットマン」と呼んだ金正恩は、本当にアメリカと戦争をしたいのだろうか。

北朝鮮問題の専門家は、トランプが思うほど話は単純ではない、という。

「金正恩はアメリカとの戦争を望んでいない。北朝鮮が先制攻撃を行えば極めて危険で、金正恩が何より恐れる政権崩壊につながることが分かっているからだ」と、米シンクタンク、ブルッキングス研究所のロバート・エインホーンは本誌に語った。

金正恩の好戦的な態度は「意識的な戦略」だと、エインホーンは言う。

「金正恩にしてみれば、核・ミサイル実験で抑止力を着実に向上させつつ言葉で威嚇を繰り返すのは、現体制を終わらせようとしているアメリカから自国を守るための現実的なやり方だ。」と、バラク・オバマ前米政権下で核不拡散のアドバイザーを務めたエインホーンは言う。

はったりは北朝鮮の十八番

「金正恩は一見、理不尽に見えるが、実は極めて合理的な人物だと思う」とエインホーンは言う。

だとすれば、金政権は戦争を望んでいるのではなく、政権存続のためなら戦争も厭わない、という意思表示を世界(とくにアメリカ)に向かってしているに過ぎない。

曖昧で誇張した脅し文句でアメリカを威嚇するのは北朝鮮の常套手段で、金正恩から始まったことでもない、米シンクタンク外交問題評議会で米韓関係が専門のスコット・スナイダー上級研究員は言う。

「北朝鮮は、どれほど敵を脅しても軍事行動に出ないですむ作文のプロだ」とスナイダーは言う。要は、はったりに長けているということだ。

北朝鮮が既存の世界秩序を破壊し、周辺地域を不安定にしているのは事実だが、北朝鮮の威嚇行為は、世界と地域の不安定要因になっている面はあるとしても、論理的な筋道は立っていると、スナイダーは言う。

関係者が一様にショックを受けているのはむしろ、トランプの気質の問題だ。トランプの暴言が、最後は金正恩を戦争に追い込んでしまうかもしれないのだ。



「トランプが『ロケットマン』は自殺行為に突き進んでいると言うが、それはむしろ金正恩がいちばんやりたくないことだ」とスナイダーは言う。「トランプはまるで、金を罠にかけて攻撃させようとしているみたいだ」

スナイダーもエインホーンも、トランプが先週国連演説で北朝鮮を完全に破壊すると脅したことは、完全に無用な挑発だったと言う。

「北朝鮮を完全に破壊すると言うなど、前代未聞だ」とエインホーンは言う。「こういう大げさな脅し文句はむしろ、北朝鮮の得意技だ。イランがイスラエルを消滅させると脅す時もこんな言い方をする。アメリカの大統領の言葉ではない」

トランプの挑発で米朝の緊張関係が高まった結果、北朝鮮がアメリカの圧力に屈して態度を軟化させる可能性もなくはないと、スナイダーは言う。だがそれは最高のシナリオであり、ほとんど期待できない。

北朝鮮が核開発をあきらめる確率は、「今この会場で死んだエルビス・プレスリーと偶然会うのと同じくらいだ」と、NATO(北大西洋条約機構)で最高司令官を務めたジェームズ・スタブリディス海軍退役大将は今週、米ペンシルベニア大学で開催されたイベントで言った。

アメリカと北朝鮮の対立を解消するシンプルな解決策などない。だが金正恩は戦争を望んでおらず、逆にトランプの挑発が対北朝鮮関係を悪化させ、孤立した北朝鮮の猜疑心を駆り立てているという見方で、大方の専門家は一致する。トランプは北朝鮮が先制攻撃するようけしかけているようにも見え、その日は刻一刻と近づいている。

(翻訳:河原里香)

ジョン・ホルティワンガー

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