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米朝戦争の落とし穴----誘導兵器不足で必要以上の死者が出る

ニューズウィーク日本版 2017年10月4日 19時40分

<北朝鮮との戦争シミュレーションを進める米軍には思わぬ弱点があった。イランやシリアの空爆で誘導兵器を使い過ぎ、開戦後1週間で底を突く見通しだ>

米軍が北朝鮮と戦う場合に備えて計画を練るなか、米国防総省と米議会は厳しい現実に直面している。もし米朝戦争が起きれば、太平洋軍が備蓄する誘導爆弾や誘導ミサイルは1週間足らずでなくなってしまう恐れがあるという。

匿名を条件に本誌の取材に応じた複数の関係筋によれば、米軍は誘導爆弾や誘導ミサイルが底をつけば、精度の劣る無誘導爆弾による攻撃に頼るしかなく、その結果、両軍ともに死者が増えるのは確実だという。

地上から狙われる米軍パイロット

無誘導爆弾を投下するにはパイロットは低空飛行で標的に接近する必要がある。敵の地対空ミサイルに撃墜される危険はそれだけ増す。米軍のパイロットの大多数は、イラクやアフガニスタンで10年以上そうした危険がないまま飛行しており、地対空ミサイルを回避した経験がほとんどないため、北朝鮮からの攻撃で撃墜される可能性が高い。

無誘導爆弾は当然のことながら命中精度が低く、標的を外して誤爆被害を引き起こす確率も高い。誘導爆弾とミサイルの補給には、最長で1年かかるため、それだけ戦争が長引くことになる。

そうなれば、北朝鮮は韓国の首都ソウルに大砲やミサイルの一斉砲撃を行う恐れがあると、米シンクタンク、ディフェンス・プライオリティーズの軍事専門家で退役軍人のダニエル・デービス中佐は言う。ソウルと周辺地域の人口は2500万人で、朝鮮半島を南北に分断する軍事境界線から南に約55キロしか離れていない。いくつかの推計によれば、双方が攻撃をエスカレートさせて核戦争になれば、民間人の死者は100万人に上るとみられている。

国防総省の作戦立案者がこの困難なシナリオと格闘する間にも、ドナルド・トランプ米大統領は北朝鮮の核・ミサイル開発問題をめぐって、金正恩国務委員長を相手に脅しや侮辱の応酬を続けている。こうした罵り合いが、避けられたはずの戦争を引き起こすのではないかと、多くの米政府高官は恐れている。

トランプは10月1日、レックス・ティラーソン米国務長官が米朝間の対立を緩和するために北朝鮮と直接対話のチャンネルはあると発言したのに対し、北朝鮮と交渉するのは「時間の無駄だ」とツイッターで一蹴。金正恩を再び「小さいロケットマン」と呼んで侮辱した。

9月に北朝鮮が米本土に届くICBM(大陸間弾道ミサイル)に搭載可能な水素爆弾の核実験を実施した後、トランプは北朝鮮を「完全に破壊する」と脅し、その時に初めて金正恩を「小さいロケットマン」と呼んだ。北朝鮮はトランプのことを「狂った老いぼれ」だと言い返し、太平洋上で水爆実験を行う可能性に言及。さらに、アメリカの戦略爆撃機がたとえ国際空域を飛行中でも、自分たちには撃墜する権利があると言った。



アメリカが北朝鮮と戦争する瀬戸際まで来たのは、今回が初めてではない。米軍は1994年、ビル・クリントン元米大統領の命令で、北朝鮮に巡航ミサイルとステルス爆撃機を派遣して寧辺の核施設を空爆する計画を進めていた。核爆弾の燃料となるウラン濃縮活動をやめさせるためだ。結局、攻撃すれば全面戦争になると判断したクリントンが最終的に軍事攻撃を断念。その代わり、国連安保理による制裁強化で北朝鮮への圧力を高めることに力点を置いた。

だがトランプ大統領の下では、米朝戦争の危機が一層差し迫って見える。ジェームズ・マティス米国防長官は9月、北朝鮮に対して核・ミサイル開発をやめるよう通告した。マティスはさらに、北朝鮮がアメリカや同盟国を攻撃すれば、アメリカは北朝鮮を全滅させると警告。「北朝鮮の全滅を望んでいるわけではないが、我々には多くの軍事的選択肢がある」と言った。

マティスは恐らくこの発言で、米軍が核兵器で反撃する可能性を示唆したのだろう。だが国防総省は、核攻撃という破滅的なシナリオに至らずにすむ軍事的選択肢も持っている。国防総省は、北朝鮮が通常兵器でアメリカの同盟国を攻撃した場合、韓国や日本、米海軍の艦船に配備するミサイル防衛能力を総動員して迎撃する構えだ。ただし専門家は、北朝鮮の弾道ミサイルを迎撃するのは技術的に困難ではないかと疑っている。

サイバー攻撃も模索

米情報機関も北朝鮮の核開発を止めるため、核施設にサイバー攻撃を仕掛ける方法を模索中だ。実際にアメリカは、イスラエルと共同開発したコンピューターウィルス「スタックスネット」を使って、2010年にイランの核施設を一時使用不能に追い込んだと信じられている。

もし米情報機関の分析で、北朝鮮が大気中で核実験を行う兆候が分かれば、米軍が北朝鮮のミサイル発射台を標的に空爆を行うことも選択肢になる。そうした空爆では、レーザー誘導、レーダー誘導、熱誘導、GPS誘導など、命中精度が高く米軍が好んで使う精密誘導爆弾やミサイルを使用することになるだろう。

だが国防総省は、そうした誘導兵器の不足に苦労している。イラクやシリアにおけるISIS(自称イスラム国)の掃討作戦で使用頻度が上がったことが原因の1つだ。米政府関係者は、誘導爆弾の不足が、北朝鮮と空中戦を戦う米軍の能力にどれほど影響を与えるかについて、表立ったコメントはしない。だが匿名の関係筋は、もし米朝戦争が起きれば、不足はすぐに明るみになると言う。「あらゆる精密誘導兵器の備蓄があっという間になくなり、粗悪な無誘導爆弾の使用に逆戻りするだろう」と、米議会のある軍事専門家は言う。



誘導爆弾や誘導ミサイルを1週間以内に使い切ってしまう可能性があるかと尋ねると、米議会の軍事専門家は、「そうなっても全く驚かない。第一に、米軍は現時点で多くの精密誘導爆弾を紛争地域で使っている。第二に、こうした兵器の数はそもそもあまり多くない。土壇場になって、足りないことに気づくことになるだろう」。ほかにも、複数のアナリストがこの分析に同調している。

とはいえ、すべての専門家が同意見というわけではない。退役して間もないある空軍幹部は、匿名を条件に取材に応じ、誘導爆弾が1週間以内でなくなるという予測に疑問を呈した。「本当にそんな状態なのか。わが軍には、必要な兵器を必要な場所に運ぶ能力が備わっている」

中東で毎日100~200発投下

しかしヘザー・ウィルソン空軍長官は先日公開の場で、誘導爆弾や誘導ミサイルの不足が切迫した問題になりつつあるとの見解を明らかにした。米軍はイラクとシリアにおいて、これらの兵器を毎日100~200発のペースで使っている。「だが、投下するのと同じペースでは補充できない」と、ワシントンで行われた国防関連の会議で語った。

国防総省は、空爆のペースを維持するために、世界各地の統合軍に配備されていた誘導兵器をを移送せざるを得なくなっている。ISIS(自称イスラム国)への空爆作戦が始まった2014年8月以来、アメリカ軍が使った誘導兵器の数は累計5万4000発以上。元米空軍幹部でその後下院議員に転じたウィルソンは、前述の会議において、「誘導爆弾は手薄な状態にある」と認めた。

米軍はこの問題をかなり前から察知していた。国防総省は2018年度の予算要求で、ロッキード・マーティンが生産する空対地ミサイル、ヘルファイアを、2017年の1500発から、2018年には3600発と、2倍以上に増やす提案をした。また、ボーイングおよびレイセオンが生産する精密誘導装置を備えた小口径直径爆弾も、2017年の4500発から2018年の7300発への増産を求めた。

国防関連企業が必要としているのは、増産を可能にする投資であり、それを可能にする予算の確実な執行だと、ウィルソンは訴えた。ただし、これが実現したとしても、国防産業が実際に増産にこぎつけ、兵器不足が軽減されるまでには少なくとも1年はかかると、2016年に発表された国防総省報告書は述べている。

しかしながらトランプは、最近投稿した一連のツイートが真意だとすると、北朝鮮との対立をさらにエスカレートさせるつもりのようだ。自らの指揮下にあるアメリカ軍トップや外交官が、もっと時間をかけ、慎重に事を進めるよう望んでいるとしても、この大統領は意に介しそうにない。

(翻訳:河原里香、ガリレオ)


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