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ネットフリックスで傑作『サイコ』は見られない

ニューズウィーク日本版 2017年10月18日 11時0分

<動画配信とオリジナルコンテンツ製作の偏重で映画史に残る傑作を見るチャンスが失われている>

ネットフリックスの共同設立者でCEOのリード・ヘイスティングスが生まれた1960年、映画界は「豊作」だった。

サスペンス系ホラー映画の原点になったアルフレッド・ヒッチコック監督の『サイコ』。ビリー・ワイルダー監督のコメディーの傑作『アパートの鍵貸します』。スタンリー・キューブリック監督の史劇『スパルタカス』。いずれも60年の作品だ。

ところが、ネットフリックスの世界にこの年は存在しない。61年と59年の映画なら1作ずつ配信しているが、60年の映画はゼロ。おまけに名監督のヒッチコック、セルジオ・レオーネ、フランソワ・トリュフォーの作品も全く見られない。

ネットフリックスの旧作映画のセレクションは実にひどい。9月の時点で視聴可能な70年以前の映画はわずか43作。50年以前にさかのぼると、25作に満たない。これが、世界で契約者1億人超を擁する一大エンターテインメントプラットフォームか? 90年代のしょぼい貸しビデオ屋のような品ぞろえではないか。

確かに、ネットフリックスのDVDレンタルサービス加入者なら(この時代にそんな人がまだ400万人いる)、ずっと幅広い選択肢がある。とはいえ同社が動画配信やオリジナル作品の制作に軸足を移すなか、映画好きは古典的名作が置き去りにされる未来を案じている。

映画好きを嘆かせた決断

前からこうだったわけではない。今年、創業20年を迎えたネットフリックスがストリーミング配信サービスに進出したのは07年。当時の利用者はこの新手のサービスで、さまざまなジャンルの映画を楽しめた。

しかしDVDがフロッピーディスクと同じ道をたどりかけている近年、ネットフリックスは映画オタクではなく、暇つぶしに映画を見る平均的視聴者に照準を合わせ始めた。「各国の映画を幅広く取りそろえるのでなく、現代の主流作品を重視している」と、バージニア工科大学のスティーブン・プリンス教授(映画研究)は指摘する。

それにしてもクラシック映画が、なぜこうも少ないのか。「彼らの市場動向の読みに加え、映画会社から旧作を買い付けるのが困難なことが主な要因だ」と、スウェーデンの映画研究者ヤン・オルソンはみる。

言い換えれば、ストリーミング配信は権利取得が高額になるということ。そしておそらくネットフリックスは、過去の名画には高額の配信権に見合うだけの需要がないと判断しているということだ(取材申し込みに対して、同社の代表者はコメントを拒否した)。

そんななか、ネットフリックスは今年に入って新たな機能を導入した。一部の映画のタイトルシークエンス(作品冒頭の題名や出演者などのクレジットが出る場面)を飛ばして見られるようにしたのだ。



『サイコ』のヒッチコック監督 Hulton Archive/GETTY IMAGES

映画ファンのショックは大きかった。作り手にとって、タイトルシークエンスは革新的な表現に挑戦できる場。『ファーゴ』の空虚な雪景色、『めまい』の恐ろしくも魅惑的な目のクローズアップがいい例だ。「タイトルシークエンスを失えば、芸術的価値の幾分かが失われる」と、映画評論家のノア・ギテルはガーディアン紙の記事で嘆いた。

映画マニアにしてみれば、これこそネットフリックスの在り方を示す決断だ。この会社は、巨大な配信能力に釣り合う文化的・芸術的知識を持ち合わせていない――。

ネットフリックスがオンラインDVDレンタル会社として始動したのは97年。07年までに、DVD送付数は10億件以上に達していた。だが創業者ヘイスティングスには、もっと大きな野心があった。目標は「エンターテインメント業界を変革するHBOのような企業」になることだと、05年に語っている。

目標は達成された。ネットフリックスは13年、初のオリジナルドラマ『ハウス・オブ・カード/野望の階段』を制作。高く評価され、商業的にも成功を収めた。4年後の今、オリジナルおよびライセンスコンテンツに投入する費用は60億ドルに上り、HBOと同じく(映画というより)テレビ分野の企業として認められている。

カンヌ映画祭から「追放」

その一方で、暇つぶしに映画を見たがる視聴者の市場価値も忘れていない。それを象徴的に物語るのがコメディー俳優アダム・サンドラーと結んだ契約だ。

3月、ネットフリックスは計3億2000万ドル超を投じて、サンドラー主演の長編映画を新たに4本制作することを決定。翌月に明らかになったところによれば、ネットフリックス契約者はサンドラー主演映画の視聴に5億時間以上を費やしている。芸術性は低くても、サンドラー作品の市場性は抜群なのだ。

「ネットフリックスは今やオリジナルコンテンツに注力している」と、著名な映画史研究家で映画評論家のレナード・マルティンは言う。

ネットフリックスと映画愛好者の「衝突」は、タイトルシークエンス騒動に続いて、5月に開催されたカンヌ国際映画祭でも起きた。ネットフリックスは最高賞パルムドールを競うコンペティション部門に、自社制作の2作品を出品。その1つ『オクジャ』が上映された際、ネットフリックスのロゴが映し出されると会場からブーイングの声が上がった。

批評家や審査員が問題視したのは、同作が劇場公開されない点だった。反発を受けて、映画祭側はルール改定を決定。来年から、フランスの映画館で上映されない作品はコンペティション部門に出品できなくなった。

ネットフリックスもいずれ、クラシック映画にそれなりの需要があることに気付くかもしれない。しかし、マルティンは万一に備えている。「DVDは全部捨てずに取ってある。場所塞ぎだから、実に厄介なんだが」


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[2017.10.10号掲載]
ザック・ションフェルド(カルチャー担当)

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