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対イラン交渉には「なだめ役」も必要だ

ニューズウィーク日本版 2017年10月19日 10時40分

<「悪者」トランプがムチを振るうのなら、欧州にアメをやる役を任せるべし>

交渉をまとめるためには、場合によっては「悪者」になることも必要だ――ドナルド・トランプ米大統領は87年の自伝でそう主張した。対イラン政策でも、この本の手法をそのまま踏襲しているのは確実だろう。

トランプは10月13日、15年に結んだ核合意をイランが遵守しているとは認めないと宣言。「さらなる暴力と恐怖、イランの核武装という極めて現実的な脅威」につながる道は歩まないと強調した。

この「脅し」が追加の譲歩を引き出すためのものだとしたら、トランプは間もなく、交渉にはムチを振るう「悪者の警官」とアメをやる「善人の警官」の両方が必要なことを悟るだろう。イランとの交渉で後者の役割を最もうまく務められるのは、ヨーロッパだ。

イランにとってのアキレス腱は今も経済だ。ヨーロッパとの経済関係の強化は、イランの行動を変えさせる強力なてこになる。トランプ政権はヨーロッパを説得して、共同でイランに圧力をかけるべきだ。

イランの核武装阻止を目的とした15年の核合意を破棄したいと考える勢力はほとんどいない。それでも、トランプの対イラン強硬策がヨーロッパで一定の理解を得られる可能性はある。

中東におけるイランの地域戦略に対し、アメリカとヨーロッパは共通の懸念を抱いている。イラクとシリアへの武力介入、イスラエルの国家としての生存権に対する強硬な反対、イラン国内の抑圧的な支配などだ。

ただし、両者が足並みをそろえるためには、必要不可欠な条件が1つある。アメリカが核合意を破棄しないことだ。

性急な核合意破棄はヨーロッパの多くの国々に恐怖をもたらす。アメリカは根気強くヨーロッパとの協調を模索すべきだ。

例えばヨーロッパは、イランのミサイル開発を正当防衛的な軍事戦略の一環と見なす傾向が強い。しかし、この解釈はイラクやシリアなどへのイスラム革命の輸出というイランの長期的な取り組みと矛盾する。

イランがこれらの国々で武装勢力を支援する背景には、中東の政治秩序をひっくり返そうとする狙いがある――この点はヨーロッパも認識している。トランプはヨーロッパとの話し合いでそれを強調すべきだ。



制裁解除で経済は好転

イランでも一部の指導者は、外交の「過度な軍事化」に警告を発している。ハサン・ロウハニ大統領は14年3月、「ミサイルの発射や軍事演習は筋のいい抑止力ではない」と発言した。

ロウハニは国内で対立する強硬派のイラン革命防衛隊を激しく非難している。軍事的「抵抗」に固執する彼らは、イランを普通の国に変えようとする努力を何度も台無しにしてきた。

ヨーロッパは、この内部闘争でロウハニのような穏健派に期待している。トランプが本気でイランの行動を変えたいのなら、ヨーロッパ式のアプローチを採用して目標達成を図るのも1つの方法だ。

トランプが今後の交渉で「悪者」を演じるとすれば、最大の攻め所は経済だ。その際にはイランに対するヨーロッパの基本姿勢を理解する必要がある。

ヨーロッパは安全保障とビジネスの両面で、イランに関与したいと考えている。イランは人口8000万の大きな市場であり、中東では比較的国内が安定している。ヨーロッパにとって、核合意の破棄という選択肢はあり得ない。

ヨーロッパ諸国は核合意の破棄は望まないとしても、イランとの経済的な関わり方を調整する余地はある。具体的には、イラン政府が経済成長の起爆剤になるような関係を望むのなら、外交政策の穏健化が不可欠だとはっきり伝えることはできる。

ヨーロッパ諸国は、長年の同盟国であるアメリカが対イラン強硬策を強く主張すれば同調せざるを得ない。そのことはイランもよく知っている。ヨーロッパ諸国はイランに対して、「私たちにそのような選択をさせないでほしい」というメッセージを送るべきだ。

シリアやイラクへの軍事介入を見るとイランが無敵の強国に思えるかもしれないが、国内経済の低迷という弱点は克服できていない。

制裁が解除されて以降、イランの経済が好転したことは確かだ。原油生産は制裁前の水準を回復し、国外からの直接投資も増えている。昨年の経済成長率は約6%を記録し、イラン中央銀行によれば、今年も5%の成長が予測されている。

だが、これでもまだ十分とは言えない。政府高官によれば、イランの失業者は340万人に達するが、毎年創出できる新規雇用は必要な数の半分に満たないという。また、別の高官によれば、失業率が60%に達している都市もあるとのことだ。



イラン政府の弱点を突け

イランの体制内では、雇用拡大の加速が必須課題だという点で全ての派閥の認識が一致している。貧困と汚職への不満が暴動に発展する事態は避けたい。雇用は、現体制の政治的命運を握る問題なのだ。

イランが世界経済への復帰を果たすカギを握っているのがヨーロッパ諸国だ。ロウハニ政権は発足以来、経済再生の柱としてヨーロッパ企業の誘致を推進してきた。

この方針は、ロウハニが9月の国連総会で行った演説からも明らかだ。イランはアメリカと付き合わなくても結構だが、アメリカがイランとヨーロッパのビジネス上の関係を断ち切ろうとすれば、核合意の継続は危うくなると、ロウハニは述べた。

ヨーロッパとのビジネス上の関係の強化は、イランに多くの恩恵をもたらしている。今年上半期のイラン・ヨーロッパ間の貿易高は、前年比で94%増えた。技術移転への期待もあるし、大型プロジェクトへの融資も始まりつつある。

問題は、制裁解除が経済の好転を生んだ結果、イラン国民が経済の復活まであと一歩という期待を抱くようになったことだ。その期待に応えられなければ、体制が揺らぎかねない。

ここに、トランプ政権とヨーロッパ諸国のチャンスがある。経済問題に絡めてイランに選択を突き付ければいいのだ。イランが中東地域での勢力拡張を目指し続ければ、ヨーロッパはイランとの経済的関わりから手を引く。

しかし、イランが経済的安定を最優先にすれば、ヨーロッパはイランのビジネス上のパートナーであり続ける。このどちらを選ぶのかと、イラン政府に迫ればいい。

対イラン政策では、ヨーロッパの経済的な影響力を利用して譲歩を引き出すのが最善の策だ。トランプは、自らは「悪者」の役割を担うにしても、この点を理解しておく必要がある。

From Foreign Policy Magazine

<本誌2017年10月17日発売最新号掲載>


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アレックス・バタンカ(米中東問題研究所上級研究員)

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