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トランプの強気が招く偶発的核戦争

ニューズウィーク日本版 2017年10月19日 19時41分

<衝動的なアメリカと北朝鮮の挑発合戦で、核保有国間に史上初の偶発的衝突が起こるリスクが高まっている>

北朝鮮とアメリカの間の緊張が高まるにつれ、米国防総省内外である懸念が再燃している。行き過ぎた挑発か技術的なミスをきっかけに、偶発的な軍事衝突が起きてしまうことだ。

米朝の最高指導者がいずれも核兵器を手にし、しかも衝動的な性格であることで、偶発的衝突の危険性はますます高まっている。軍事力で圧倒的に優位なアメリカと、貧しく孤立しているが核兵器だけはもっている北朝鮮という釣り合わない2国が対峙していること自体、この上なく不安定だ。

ドナルド・トランプ米大統領と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長の威嚇合戦で、導火線はさらに短くなっている。北朝鮮が9月15日に弾道ミサイル発射実験を行った後、日本海を航行中だった米海軍の駆逐艦は国防総省から「警戒命令」を受け、北朝鮮に向けて巡航ミサイル「トマホーク」の発射を準備するよう命じられたと、軍事情報筋は米フォーリン・ポリシーに語った。

「巡航ミサイルの発射準備を命じた事例は過去にもあるが」と元米国防総省高官は言う。「この場合は、米軍がトマホークを使用する可能性が増大している表れと見ていいだろう」

警戒命令は本来、米軍部隊が即座に軍事命令に対応できるようにしておくために出される。トマホーク発射の警戒命令が出た場合、駆逐艦は発射準備をし、標的をプログラムする。近海に配備する水上艦や潜水艦も、数十発の巡航ミサイルを装備している。

トマホーク発射のシナリオ

どんなシナリオになればトマホークを発射するのかについて、米軍関係者は明言を避けた。最近では今年4月、シリアで化学兵器の製造拠点になっていた空軍基地に向けて59発のトマホークを発射した例がある。

もし北朝鮮がグアムや日本、韓国に向けてミサイルを撃てば、「大統領や国防長官が急いで攻撃を決断しなければならない場合に備えて、米軍はいつでもトマホークを発射できる状態にしておきたいはずだ」と、米国防総省の危機管理計画に詳しい元国防総省高官は言う。

複数の元米軍関係者によれば、警戒命令が出たからといって、必ずしも米軍の軍事行動が差し迫っているわけではない。むしろ偶発的衝突が起きた場合に備え、予防策を取っているだけだと言う。アメリカは北朝鮮に向けたトマホークの発射を検討する以前に、まずはサイバー戦争や海上封鎖など控えめな選択肢に重点を置くはずだと、元米軍関係者はみる。



北朝鮮は7月3日に米本土を射程に収めるICBM(大陸間弾道ミサイル)の発射実験を実施。その2か月後には6回目の核実験を行い、水爆だったと主張した。この頃から、トランプと金正恩の言い争いは激しさを増した。トランプが金を「小さいロケットマン」と呼べば、金もトランプを「アメリカの狂った老いぼれ」と言い返した。

軍備管理の専門家や元米軍関係者は、アメリカが北朝鮮を侮辱するたび、北の挑発がエスカレートすると危惧している。北朝鮮外務省は9月の声明で、金は核弾頭を搭載したミサイルを太平洋上で爆発させることを検討中だと言った。まさに攻撃的な行為で、アメリカは軍事行動を取らざるを得なくなる。

「計算ミスから衝突が起きる危険もある。トランプがあまり金を罵ると、金は国内で弱腰と映らないために強硬手段をとらざるを得なくなる」と、元米軍高官は言う。

「双方の指導者が過激な言葉のバトルを行った結果、互いに過剰反応を引き起こし、収拾がつかない事態に発展するかもしれない。過去にも指導者同士がうっかり戦争を引き起こしたケースはあるが、核保有国同士では前例がない」

ジェームズ・マティス米国防長官は9月、アメリカとグアムを含む米領やアメリカの同盟国に対するいかなる脅威にも「大規模な軍事攻撃」で報復すると北朝鮮に警告した。マティスはその後、韓国の首都ソウルのアメリカ人や韓国人を危険にさらさずに報復攻撃を行うことは可能だと言ったが、そのための具体的な軍事的手段は明かさなかった。

ソ連の誤解であわや核戦争

米軍はこれまで、韓国軍や日本の自衛隊と共同訓練を実施し、韓国に攻撃型原子力潜水艦を派遣し、韓国上空や北朝鮮沿岸に戦略爆撃機を飛行させるなどして、北朝鮮を強く牽制してきた。

金や歴代の北朝鮮政権は、アメリカとの間で何度も小競り合いを起こしたにも関わらず、全面的な対決は避けてきた。それはまさに、金一族が体制維持を何よりも重視している証拠だと、今年CIAに新設された「コリア・ミッション・センター」のヨンソク・リーは言う。

「米朝衝突を絶対に避けたいと思っているのは金正恩だ。金は死ぬまで長期政権を全うすることを望んでいる」とリーは言う。アメリカを相手に戦争を起こすなど「長生きの助けにならない」

冷戦中は、アメリカとソ連の間で核戦争寸前までいった危機一髪やニアミスがいくらでもあった。なかでも1983年にNATO(北大西洋条約機構)が「エイブル・アーチャー」作戦と名付けた核ミサイル発射訓練を実施した時は、ソ連側がその訓練を本物の核攻撃を偽装したものだと誤解し、あわや核戦争になるところだった。



だが北朝鮮の核危機は、アメリカとソ連という対等なライバル国の対立とは異なる。世界最強の軍事力を持つアメリカに対峙するのは、貧しくて世界から孤立し、核兵器しか持たない北朝鮮だ。強い側のアメリカは、北朝鮮など敵として取るに足らない相手だとタカをくくっている可能性がある。トランプが先週、アメリカのミサイル防衛はほぼ完璧に敵のミサイルを撃墜できると豪語したのがいい例だ。技術面でまだ課題が残っていることを知らないのだろうか。

そうした過信は、北朝鮮に対する先制攻撃という選択肢を、実際以上に魅力的に見せる恐れがある。

米政府関係者は、トランプ政権は北朝鮮との対話を重視しているという。だがホワイトハウスは、軍事的な選択肢も除外しないと言ってきた。

ケネディも中国の核施設攻撃を考えた

米海軍大学教授のライル・ゴールドスタインは、先制攻撃で敵の主力を破壊するという決断の誘惑について研究した。1960年代、ケネディ元大統領とジョンソン元大統領は、当時核実験を始めたばかりだった中国が核兵器を持たないよう、奇襲攻撃で核施設を破壊することを真剣に考えたという。結局攻撃しなかったのは、中国が猛然とベトナム戦争に介入してくることを恐れたからに過ぎない。

今のアメリカと北朝鮮の関係は、当時のアメリカと中国の関係に似ていると、ゴールドスタインはいう。中国(当時)も北朝鮮も一見弱く、先に仕掛けたくなる「無防備さ」を持っている点が。

(翻訳:河原里香)

From Foreign Policy Magazine



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