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トランプのアジア歴訪で中国包囲網を築けるか

ニューズウィーク日本版 2017年11月2日 19時40分

<アメリカにはアジア太平洋の絆を強めて中国に対抗する構想がある。ただし、トランプにはそれを運ぶ資格がないかもしれない>

ドナルド・トランプ米大統領が11月5~14日の日程で初めてアジアを訪問する。歴訪を待ち受けるアジア諸国の見方は複雑だ。アメリカは今も強さを残しているが、対アジア戦略は漂流気味で、中国の覇権が拡大しつつあるからだ。

良い面もある。H.R.マクマスター米大統領補佐官(安全保障担当)、ジェームズ・マティス米国防長官、ジョン・ケリー米大統領首席補佐官が仕切るトランプ政権の国家安全保障チームは、アメリカの同盟国から絶大な信頼を集めている。同盟国には上から目線で、中国にばかり気を取られていたバラク・オバマ米前政権下のスーザン・ライス元米大統領補佐官とジョン・ケリー前国務長官のチームと比べれば、よっぽど評判がいい。

さらに、相応の防衛費を払わない同盟国は守らないとした昨年の米大統領選中の公約や、北朝鮮への対応で協力を得られるなら中国に譲歩するという当初の考え方を、トランプが実行に移していないことも、アジア諸国に安心感を与えている。トランプが12日間もかけて、日本、韓国、中国、ベトナム、フィリピンのアジア5カ国を歴訪すること自体、今後もアメリカはアジアへの関与を継続するという安心材料になる。

習近平の軍国主義発言が幸いする?

悪い面として、米大統領選中にやり玉に挙げた自由貿易協定の再交渉に、トランプが本腰を入れるのではないかと、アジアの同盟国は警戒を強めている。アメリカの環太平洋経済協定(TPP)からの離脱は、アメリカがアジアで犯した失敗として、ベトナム戦争以降最悪の部類だ。アジアの経営者たちは、アメリカ経済の健全性を信じ、日本、韓国、東南アジア諸国の対米投資は活況だ。だがアメリカは、TPP離脱でアジアにおける貿易のルール作りから身を引き、その隙に中国が主導権を握られた。トランプ政権は朝鮮半島の危機が悪化する最中に、米韓自由貿易協定(FTA)を破棄すると韓国を脅し、再交渉を迫っている。トランプ政権の国家安全保障チームがいくら韓米同盟の結束を表明しても、トランプのこうした行為がすべてを台無しにしかねない。

皮肉だが、中国の北京で10月下旬に開かれた中国共産党の第19回党大会で、中国が内外に傲慢なほどの自信を見せつけたことが、トランプには吉と出るかもしれない。党大会では、全国から集まったおべっか使いの代表2300人が「習近平新時代の中国の特色ある社会主義思想」を盛り込んだ党規約を満場一致で採択。さらに習を「中国共産党の核心」と位置付けた。鄧小平以来初めて、個人崇拝という罠を事実上解禁した。休憩なしで3時間半という長大な演説で、習は「大国」としての中国の地位を強調しし、軍を近代化して「戦争に備え」なくてはならない、と宣言した。



トランプ政権がTPPから離脱したのと対照的に、習は中国政府が主導する「一帯一路」構想の推進を約束した。一帯一路構想は、アジア、中国、欧州を高速鉄道などのインフラでつなぎ、交易を盛んにすることを目指している。中国がどれほど気前の良い条件を提示したのかは不明だが、東南アジアから中東にいたるまで、多くの国がすでに参加の意思を表明している。計画は着々と実現しており、警戒が必要になってきた。

第二次大戦後、ヨーロッパ諸国の戦後復興のためにアメリカが行った大規模な援助計画マーシャル・プランは無償援助が中心だったが、一帯一路構想で中国から借りる資金には返済義務がある。しかも中国は、建設工事を請け負うのは中国企業ではならないなど、厳しい条件を課している。これらの条件に難色を示したタイ政府などは、同意するまで一帯一路の国際首脳会議に招待してもらえなかった。また一帯一路は交易だけでなく中国海軍の軍事インフラの改善にもつなげる二重の狙いがある。そうなれば、インド、アメリカ、日本がインド洋を通航しにくくなる恐れがある。

オーストラリアやシンガポールは、中国に対する批判を鈍らせようとする中国の動きに気付いている。オーストラリア政府は、中国が自国の企業を使ってオーストラリアの政党に巨額の政治献金を行い、影響力を及ぼそうとしてきた証拠を握っている。シンガポールでも、近年やってきた中国政府と似たような口をきく中国からの移民が、シンガポールにある中国系住民の各種団体であっという間に影響力を持つようになり、政府与党が調査を始めている。アジア太平洋地域の情報機関は、ニュージーランドで9月に実施された総選挙にも、中国が介入した可能性があると睨んでいる。選挙の結果、TPPの旗振り役だった与党国民党が下野し、TPPに批判的な最大野党労働党を中心とする連立政権が誕生した。この地域では、同様のエピソードが続出している。

「海洋民主主義」で中国を牽制せよ

多くの小国が中国の圧力に屈する姿には落胆するが、アジアの大国は、中国の影響力拡大に対抗している。日本、インド、オーストラリアは、「海洋民主主義」と称した独自戦略を掲げ、相互の連携を強めている。ベトナムは2000年以上にわたり、中国の侵略に立ち向かい、今も領土を守っている。

インドネシアは国土があまりに広大なうえ、国民の間に中国に対する警戒感もあるため、中国が影響力を行き渡らせるのは無理だ。レックス・ティラーソン米国務長官は、こうした力関係を念頭に、米シンクタンク戦略国際問題研究所で10月に行った演説で、「自由で開かれたインド太平洋戦略」を提唱した。自由経済や民主主義といった共通の価値観を持つインドやオーストラリアとも連携し、海洋権益の拡大を図る中国を牽制(けんせい)する。恐らくトランプもアジア歴訪中の演説で、その重要性を強調するだろう。



この戦略は、海洋を軍事・経済の両面から支配することの重要性を唱えた19世紀の海洋史家マハンの理論に基づいており、ここには数々の利点がある。なかでもアメリカにとって有利なのは、中国の影響力拡大を警戒するアジアの同盟諸国が、パワーバランスを保つために自ずと中国から距離を置くようになることだ。

一方で、疑問もある。アメリカ自身が「自由で開かれた貿易ルール」を拒んでおきながら、自由で開かれたインド太平洋戦略は成り立つのか、という疑問だ。

この戦略は、韓国を微妙な立場に追いやることにもなる。各種世論調査によれば、米軍による韓国へのTHAAD(高高度防衛ミサイル)配備に反対して中国で起きている韓国叩きに対し、韓国人は危機感を抱いている。北京では、韓国製品の不買運動も起きた。だが韓国政府は、日本、オーストラリア、インドと比べると、中国政府と真っ向から対立することに及び腰だ(韓国は他の3カ国と比べて、中国の海洋進出にまつわる対立も少ない)。

北朝鮮問題で韓国に何を言うか

トランプと韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領の関係も微妙だ。韓国政府はトランプを国賓として迎えるが、トランプは北朝鮮について何を言い出すのか、来る途中にも予期せぬツイートを投稿するのではないか、と気を揉んでいる。

アメリカは北朝鮮に対して軍事的な選択肢を行使する準備ができていると表明することは、絶対に必要だ。北朝鮮の核攻撃を阻止するためなら、先制攻撃も辞さないと言ったのもそうだ。だが、もし外交努力が失敗すれば、アメリカは北朝鮮を先制攻撃する用意があると主張したトランプの発言は、中国の支持を得られなかったばかりか、韓国を余計に警戒させた。韓国はアジアの中で、アメリカと中国の間を揺れ動く「スイング・ステート(激戦州)」になるかもしれず、トランプには韓国の支持を失う余裕などない。

ビル・クリントン元大統領やオバマなど、歴代のポピュリスト大統領たちは、大統領選中の自分の発言に対するアジア諸国の反応を見極めてから、初めて現実的なアジア戦略を描いた。トランプは人の話を聞くのが苦手だが、今回のアジア歴訪で最も重要なことは、アジアの声に耳を傾けることだ。

(翻訳:河原里香)

From Foreign Policy Magazine



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マイケル・グリーン(米戦略国際問題研究所日本部長)

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