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米地方選の民主党勝利は復活の兆しなのか - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2017年11月9日 16時15分

<今週7日に実施されたニューヨーク市長選、ニュージャージー、バージニア州知事選でいずれも民主党候補が勝利し、民主党の勢いが復活したという見方が出ているが......>

アメリカでは11月の第一火曜日が「選挙の投票日」になっています。ちょうど今から1年前の11月6日には、大統領選の結果トランプ現大統領が劇的な勝利を収め、同時に行われた連邦議会の選挙では、共和党が上下両院で過半数を占めました。

それから1年、今年の「選挙の日」は11月7日でした。今年は、大統領選もなければ連邦議会の中間選挙もありませんが、通常の選挙年のサイクルから外れた地方選挙が一部であり、注目されていました。

話題になっていたのはまずニューヨーク市長選で、1期目を終えるデビット・デブラシオ市長は民主党の中でも左派に属する政策を推し進めており、党内では「もっと中道の候補が」いいという声に乗って「ヒラリー・クリントン出馬の待望論」が叫ばれていた時期もありました。一方で、共和党側にはトランプ大統領の長男であるドン・ジュニア氏への待望論もありました。

ですが、結局「大物候補」の参戦はなく、現職に対して共和党は若手州議会議員のニコル・マリオタキスを候補に擁立し、結果的には現職のデブラシオ市長が圧勝しています。デブラシオ市長は、移民政策を中心にトランプ政権と強く対立しており、公立大学の無償化や貧困層向け渋滞の整備など、長い間の保守市政ではできなかった左派政策を続々と実行しているので、今回の選挙結果はその路線が信任されたことを意味すると見て良いでしょう。

私の住むニュージャージー州では、クリス・クリスティ知事(共和党)が2期目を満了して多選禁止の制度に引っかかるため、ガダーノ副知事が共和党候補になりました。しかしゴールドマン・サックスの幹部だった民主党のビル・マーフィー候補にあっさり敗れてしまいました。ガダーノ副知事の不人気は、クリスティ路線への「ノー」であり、ここでも有権者は「アンチ・トランプ」に走ったと言うことはできます。

ただし、クリスティ知事と共和党州政府の不人気は、トランプ派だったことだけでなく、政治的報復として「わざとニューヨークとの間の橋で渋滞を発生させた」疑惑と、その責任を側近に押し付けた姿勢への反発もありました。いわゆる「ブリッジゲート事件」ですが、この事件が大きく足を引っ張ったという要素も無視できません。

全国的に話題になったのは、バージニア州でした。まず州知事選ではトランプ派と言われた共和党のエド・ギレスピー候補と民主党のラルフ・ノーサム候補が僅差の戦いと言われていたのですが、フタをあけてみると53.9%対45.0%という大差で民主党が勝利しています。また、同州の州議会下院選挙では、トランスジェンダーの候補(民主党)が共和党の現職を破って当選して注目を浴びるなど、民主党が躍進しています(選挙結果は集計中のため未確定)。

この結果を受けて、「民主党の勢いが復活」といった報道も出ていますが、実際はどうでしょうか? 民主党にとって必ずしも楽観はできない事態という見方もあります。



例えば、ニューヨークのデブラシオ市長は、ヒラリーよりサンダースに近い「党内左派」です。一方で、隣のニュージャージーの新しい知事は、投資銀行家で「党内の中道派」、つまりヒラリーに近いわけです。現在の民主党では、2016年の党大会が「ヒラリー勝利」を前提に運営が歪められていたという問題で、深く静かな党内抗争が起きていますが、この両者が「並び立たない」中では党勢の挽回は難しいのです。

また、バージニアの勝利は確かに画期的ですが、2016年の大統領選でトランプに入れた中道票が「政権に失望して民主党にシフトした」という流れは顕著ではありません。それよりも、2016年にはヒラリーを嫌って棄権した若年層が投票所に来て民主党に入れたという要素の方が大きかったようです。

何よりも、ニューヨーク、ニュージャージー、バージニアというのは、基本的に東北部に属しており、民主党の党勢が元々強いところです。そこで勢いが戻ったからといって、全国レベルでの復活という評価は簡単にはできません。

何よりも、11月5日の日曜日に26人が犠牲になる乱射事件の起きたテキサスでは、「乱射犯を狙撃した」民間人と保安官がヒーローになる中で、「銃があったから惨事がこのレベルで済んだ」という世論が強い状況があります。そんな中で、中西部から南部にかけての大統領への支持は、揺らいでいないと見るべきでしょう。

確かに大統領の支持率は40%を切っており、就任1年の大統領としては史上最低レベルというのは間違いありません。ですが、大統領を支持しない票がこぞって投票所に行くような流れが全国的にできたのかというと、それは全く白紙です。

何よりも、民主党では左派のサンダース派と中道のヒラリー派が和解し連携すること、そして新世代のリーダー、それも左派色やウォール街の匂いが薄い候補が待たれます。できれば草の根の土と油の匂いが似合う一方で、シリコンバレーの描く未来社会への理解もできるような若い世代の候補を中心にまとまることが必要です。そうでなければ、全国的な「分裂」をまとめて現職に対抗するような政治的モメンタムは生まれないからです。

今回の地方選の勝利によって、このような本質的な課題を忘れてしまうようでは、民主党は2020年にホワイトハウスを奪還するどころか、2018年の中間選挙の勝利も難しくなると思います。


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