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プリンスの素顔を記録した男

ニューズウィーク日本版 2017年12月13日 19時0分

<元専属フォトグラファーが明かす伝説のロックスター、プリンスの6つのエピソード>

16年に急逝したロックスターのプリンスは、どうすれば自分が一番よく見えるか知り尽くしていた。パスポート用の写真撮影さえ手を抜かなかった。

そんなプリンスのことを、写真家で映像作家のアフシン・シャヒディほど近くで見つめた男はいない。シャヒディは93年から20年近くにわたり、プリンスのフォトグラファーを務めた。

シャヒディはミュージックビデオの撮影スタッフとして、プリンスの自宅兼スタジオがあるペイズリーパークを初めて訪れたときのことをよく覚えている。「すっかり圧倒されて、彼から目を離せなかった。『絶対にプリンスを見つめるな』と言われていたが、無理だった」

ところがプリンスはシャヒディに話し掛けてきて、以来、たびたび仕事を依頼するようになった。やがてシャヒディはプリンスのシネマトグラファーとなり、01年には専属フォトグラファーに就任。04年の「ミュージコロジー・ツアー」など、プリンスに同行して世界中を回った。

シャヒディが専属フォトグラファーになって以来、プリンスは他の人間に自分の撮影を許さなかった。「責任重大だと緊張した。ほかに誰も撮影している人はいなかったから」

シャヒディが撮りためてきた写真は、新著『プリンス──ア・プライベート・ビュー』にまとめられて、アメリカで10月下旬に発売された。前文を書いたのはビヨンセだ。間近で見たプリンスはどんな人物だったのか。本誌ザック・ションフェルドが、シャヒディにとっておきのエピソードを6つ聞いた。

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1, メールは略語を愛用
01年頃から、プリンスとメールでやりとりをするようになった。それまで私は、あまりメールを使うほうではなかったから、「LOL」が「爆笑(laugh out loud)」の意味だということすら知らなかった。でも、プリンスはメールの最後によく「LOL」と書いていたので、私も同じように返信していた。

あるとき妻に、「プリンスとメールをやりとりする仲で、しかも彼が最後に『愛を込めて(lots of love)』って書いてくれるなんて最高じゃないか?」と言ったら、妻は目を丸くして首を振った。「それ、『爆笑』って意味よ!」

それまで自分が書いたメールを思い返して青くなった。プリンスが何かの費用について質問してきたメールにも、私は「LOL」と返事を書いていたんだ。後に、そのことをプリンスに説明したら大笑いしていた。



2, パスポート写真も妥協なし
あるときプリンスから、スタジオに来てほしいと電話があった。コンサートで売るツアーブックか、雑誌の表紙写真の話だと思って出掛けたら、「アフシン、パスポート用の写真を撮ってくれ」と言う。ちょうどリハーサルを終えたところで、プリンスは上機嫌だった。

私は「からかっているんですね」と言った。ジョークが好きな人だったからね。そして「それならパスポート用の写真を撮れるキンコーズに行きましょう」と提案した。そのときのプリンスの表情といったら。それでようやく、本気で私にパスポート用の写真を撮ってほしいと思っているのだと気が付いた。

プリンスがシャワーを浴びて身支度を整えている間に、急いでパスポート用写真の仕様を調べた。撮ったことがなかったのだ。しばらくして、プリンスが最高におしゃれな格好で現れた。まるでMETガラのパーティーにでも行くような格好だった。

パスポート用写真には、ちょっとやり過ぎのような気がした。そのせいで申請が却下されてしまったら大変だ。だから「最高に決まってます。でも当局は、あなたの顔がはっきり写っている、ごくシンプルで普通な感じの写真を求めているんじゃないかと思います。今の格好は最高ですが、なんというか、もう少しドレスダウンしてもらえませんか」と頼んだ。

プリンスは私をじっと見て、「本気か?」と言うので、「写真がダメだと言われて、パスポートの発行が遅れてしまうといけないので」と説明した。すると彼はきまり悪そうに、「やり過ぎたかな」とつぶやくと、着替えに戻っていった。

彼が立ち去った瞬間、「ちょっと待った、俺は今、天下のプリンスに着替えてこいって言ったのか?」とわれに返って焦った。戻ってきたプリンスは、きれいになでつけてあった髪をクシャクシャと崩した。もう光沢のあるシャツも着ていなかった。

『プリンス――ア・プライベート・ビュー』

3, 東京の教会にて
おしゃべりしている最中にいきなり、「明日、一緒にパナマに行ってくれないか?」「明日、モロッコに行くぞ」なんて言われるのはざらだった。そう言われれば、従うしかない。

日本をツアーで回っていたときの話だ。オフの日に、ボディーガードと3人で仙台から新幹線で東京まで足を延ばし、(ジャズ・クラブの)ブルーノートでチック・コリアのライブを聞いたことがあった。

ライブ後の午前3時か4時頃、ホテルに戻る途中でプリンスに言われた。「朝、早起きして身だしなみを整えておいてほしい。行きたい場所がある」。「分かりました。どこへ行くんです?」と尋ねると、「ロビーで朝7時に」とだけ答えが返ってきた。

少し寝て、スーツを着てロビーに降りると、リムジンが待っていて、東京の何の変哲もない一画に連れていかれた。建物に足を踏み入れると、そこは何と教会だった。

周りの日本人は、私たちにほとんど注意を払わなかった。言葉はちんぷんかんぷんだった。プリンスと一緒に東京の教会で席に座っているなんて、これまでの人生で一番浮世離れした経験だと、思ったものだ。

パスポート用に撮影した写真 AFSHIN SHAHIDI, FROM PRINCE: A PRIVATE VIEW



4, ビジネスの天才
プリンスは音楽だけでなく、ビジネスの才能にもたけていた。私は最初の頃、撮影したプリンスの写真を通信社に無償で提供して配信させていた。写真の使用料で儲けようとは思っていなかった。撮影は、あくまでもプリンスの依頼を受けてのこと。新譜や公演の宣伝のために、メディアには自由に写真を使ってもらおうと思っていた。

ところが、あるときプリンスに言われた。「どうしてただで使わせてしまうんだ?」。プリンスはお金が欲しかったわけではない。私に商売の知恵を伝えようとしていた。

「宣伝のためですよ。そういうものなんです。雑誌の編集部は、通信社で写真を探してそれを誌面に載せるんです」と、私は答えた。プリンスは言った。「違う。俺はプリンスだ。向こうから写真を欲しいと言ってくる」

そこで、私は写真の使用権を売るためのウェブサイトを立ち上げた。すると、どの都市で公演を行っても、写真を使わせてほしいと地元紙が連絡してくるようになった。

5, ビリヤードも天才
確か、シカゴだったと思う。大きな公演の後でクラブに行くと、そこにビリヤード台があった。「やってみないか?」と、プリンスに誘われた。私は大学時代ずっとビリヤードをやっていて、自信があった。「やりましょう」と同意しつつ、内心は「あまりコテンパンにやっつけないようにしよう」と思っていた。

結果は、私の完敗。手も足も出なかった。プリンスは素晴らしい腕前の持ち主だった。しかも、それを鼻高々に見せつけた。

04年のロックの殿堂の式典を控えて AFSHIN SHAHIDI, FROM PRINCE: A PRIVATE VIEW

6, プリンスの朝
ある朝、ペイズリーパークを訪ねた。約束の時間どおりだったけれど、いつもより早い時間だった。スタジオのスタッフの誰かがドアを開けてくれるものと思っていたのに、ベルを鳴らしても誰も出ない。もう1度鳴らすと、ようやくドアが開いた。そこにいたのは、プリンス本人だった。

頭にはドゥーラグ(布のキャップ)、足は室内履き。明らかに、いま起きたばかりに見えた。私は思わず笑ってしまった。

「何がそんなにおかしい?」と、プリンスが言った。戸惑っているように見えた。「あなたがドアを開けてくれるなんて、夢にも思っていませんでした。ユーモラスな状況だと思ったんです」と、私は答えた。「そうか。今回は特別だと思ってほしい」と、プリンスは言った。

けれども、それから数回は、いつもプリンスがドアを開けてくれた。そして、そのたびに言われた。「今回は特別だ」

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[2017.12.12号掲載]
ザック・ションフェルド(カルチャー担当)

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