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米韓離間工作だったとしても南北会談は吉報だ

ニューズウィーク日本版 2018年1月5日 20時45分

<米韓同盟の行く末を案ずるなら、南北会談を止めるよりトランプの暴言を止めるべきだ>

韓国の平昌冬季五輪が1カ月後に迫った今、北朝鮮と韓国は南北当局者の会談に向けて舵を切った。実現すれば、2015年12月に次官級会談が決裂して以来およそ2年ぶりとなる。平昌オリンピックの期間は合同軍事演習は行わないことで米韓が合意したのを受け、北朝鮮が南北会談に応じた形だ。

だがこの報道を受けたアメリカの専門家の反応は冷ややかだ。彼らの多くは、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長が南北対話再開を呼びかけた背景には、対話重視の韓国と圧力重視のアメリカとの間に楔を打ち込む狙いがあると警告する。米韓同盟に亀裂、という懸念はもっともだが、それを理由に南北対話を止めるほうがリスクは大きい。米政府が韓国との関係悪化を恐れるのであれば、ドナルド・トランプ米大統領の暴言を止めるのが先だろう。

金が米韓同盟の弱体化を狙っていると警鐘を鳴らす専門家の見方もあながち間違ってはいない。トランプ政権が北朝鮮に対する圧力を最大限に強化するよう息巻いているのに、韓国の文在寅政権が北朝鮮との接近に傾けば、米韓軍事演習や北朝鮮への制裁強化といった問題で米韓両国が折り合うのは困難になる。米韓が離間すれば、韓国が一方的に譲歩して北朝鮮がいいとこ取りをする、という悪い結果にもつながりかねない。北にとってはまさしく好都合で、米韓関係はさらに混乱するだろう。

トランプの要求は無理筋

それでも、南北対話には大きな意義がある。2017年に朝鮮半島情勢が一気に緊迫化したのは、北朝鮮がミサイル発射や核実験を相次いで実施し、危機感を強めたアメリカが軍事力行使をちらつかせて威嚇するとともに経済制裁を強化したからだ。米朝対立が激化したことで、小規模な衝突や交戦がすぐさま大規模な軍事衝突に発展するリスクが増大した。南北高官級会談を再開したからといってその問題が完全に解決されるわけではないが、南北間に対話チャンネルがあれば、些細な出来事がコントロール不能な大規模衝突にエスカレートする事態は回避できる。

トランプの対北朝鮮政策が抱える重大な欠陥を補う意味でも、南北対話は有益だ。アメリカによる圧力を減らすために北朝鮮が丸のみできる条件など、そもそもあり得ない。外交に圧力は欠かせないとはいえ、落としどころもなく相手に犠牲を押し付けるばかりでは、北朝鮮の譲歩は望めない。もしトランプ政権が戦争をせずに北朝鮮の政策を変更させたいなら、北朝鮮が受け入れられる外交的な道筋が必要だ。南北対話には、そうした道筋を北朝鮮に与えられる余地がある。



さらに、南北対話再開で米韓同盟に亀裂が入って生じるリスクは、韓国の通常戦力で緩和できる。海上の南北の軍事境界線に当たる北方限界線(NLL)付近で2010年3月に起きた韓国海軍哨戒艦「天安(チョンアン)」の沈没事件と、同年11月に韓国・延坪島(ヨンピョンド)を北朝鮮軍が砲撃した事件を受けて、韓国は軍事力を大幅に増強させ、北朝鮮の挑発行為に単独で対応できるよう作戦を進化させた。米韓同盟の主要目的の1つは、北朝鮮による南北統一を何としても回避することだ。独自の軍事力を強化した韓国軍は、たとえ南北対話が米韓同盟の弱体化につながっても単独で自衛できるはずだ。

韓国との関係を損なわないようにするいちばんの方法はトランプが態度を変えることだ。いま朝鮮半島を不安定化させているのは韓国ではなく、米韓FTAを槍玉に挙げたり、金正恩を「チビのロケットマン」と侮辱したり、先制攻撃を匂わせたりしてきたトランプだ。文は米韓同盟を完全に破棄することは望まないだろうが、朝鮮半島の平和という目標達成のためにより効果的なのは、攻撃的で予測不可能なトランプに頼ることより北朝鮮と対話を始めることなのだ。

南北会談の再開は朝鮮半島の安定と平和へ向けた第一歩だ。北朝鮮が米韓間に楔を打つために会談を利用するという懸念も軽んじてはいけないが、リスクは限定的なのに対して恩恵ははるかに大きい。トランプとトランプ政権幹部が口を慎めば、リスクはもっと小さくなるだろう。緊張に次ぐ緊張だったこの1年、誰も得はしなかった。やり方を変えるべきときだ。

(翻訳:河原里香)


エリック・ゴメス(ケイトー研究所政策アナリスト)

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