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イラン王政懐古の掛け声は衛星波に乗って広がる

ニューズウィーク日本版 2018年1月30日 17時20分

<革命から39年、王政時代に憧れる若者たち。その裏に亡命者の思惑と巧妙なメディア戦略が>

「革命を起こしたのは間違いだ!」「レザ・パーレビ!」

パーレビ王朝を打倒した1979年のイラン革命から今年1月で39年。昨年12月28日に発生しイラン各地に飛び火した反政府デモで、参加者の一部からは故モハマド・レザ・パーレビ元国王の長男の名前を叫ぶ声が上がった。

レザ・パーレビ元皇太子は57歳の今も亡命先のアメリカで暮らしており、今さら王座に返り咲くとは思えない。一方、イランのデモ参加者の大部分は20代以下――つまり自分が知らない王朝の復活を要求しているわけだ。彼らの真剣さを疑うわけではないが、政治的見解については説明が必要だろう。なぜいま若者たちはパーレビ王朝復活を求めているのか。

原因は一言で言えばテレビ、とりわけ亡命イラン人による衛星放送のせいだ。

革命当初の亡命者はほとんどが国王の支持者で、彼らの多くがロサンゼルスに住み着いた。1990年代前半から、こうした亡命者の一部は祖国に向けて放送を開始した。

政府は当初、必死に放送をブロックしようとした。警察や治安部隊が民家を強制捜索。屋根やベランダや居間にこっそり設置された衛星放送受信アンテナを探し出して没収した。

しかし90年代後半~2000年代前半に受信アンテナの低価格化・小型化が進み、エリート層でなくても購入でき、隠れて設置しやすくなった。しまいには当局が検挙し切れないほど普及。地元メディアによれば、総人口の70%以上が衛星テレビを視聴しているという。

受信アンテナの普及につれて、国外からペルシャ語のテレビ番組を放送するチャンネルの数も膨れ上がった。今では数十チャンネルがイラン向けに24時間ペルシャ語放送を行っている。こうした衛星チャンネルは、製作者と資金提供者の政治的背景こそさまざまだが、いずれもイスラム共和制を拒否している。これらの衛星チャンネルと、亡命者が運営する数々のウェブサイトやラジオ局が、文化とメディアをイランの政治闘争の主要な戦場にしている。

最高指導者アリ・ハメネイは、欧米と亡命者がイランに対し、主にメディアを武器にして侵略する「ソフトウォー」を仕掛けていると繰り返し主張。このメディアによる侵略に新たな番組編成で反撃するよう、保守派民兵組織バシジと国営メディアに指示している。

だが視聴者を引き付けているのは、味気ない国営メディアではなく、外国の放送チャンネルだ。14年、国営文化交流センターの責任者は次のように語った。「国営テレビはつまらなくて壁に頭をぶつけたくなる。どのチャンネルでも年取った聖職者がどう生きるべきかを説教している。若者が見なくても責められない。私は現体制を支持し、イラン・イスラム文化の促進に努めているが、その私だって見やしない」



コンテンツは欧米並みに

イラン向けの衛星放送は始まって20年以上になるが、劇的に変わったのはこの10年だ。09年以前に衛星テレビで放送される番組は、政治亡命した世代のニュースやニュース分析、革命前のイランの連続ドラマの再放送、ロサンゼルス在住のイラン系ポップス歌手のミュージックビデオがほとんどだった。パーレビ政権下のイランに対する郷愁を誘おうとした例もあったが、講義形式で内容も退屈になりがちだった。

だが09年の英BBCペルシャ語放送の登場を皮切りに、イラン向け衛星テレビ局の質は変わった。現在では欧米並みの高水準が当たり前のようになっている。だが何より重要なのは、コンテンツが劇的に向上したことだ。想定する視聴者層にアピールするパーレビ王朝寄りのニュースや娯楽番組がついに提供されようとしている。

なかでもこうした変化をリードし多くの視聴者を獲得している放送局が、10年にロンドンから衛星放送を開始したマノト。『ダウントン・アビー』など欧米の人気ドラマのペルシャ語吹き替え版から、大ヒットした30分のニュース番組『ニュースルーム』までとラインアップは幅広い。

『ニュースルーム』では毎回、タッチスクリーン式のパソコンの前に座った若いジャーナリスト4人が、司会者の進行でイランの時事問題について議論を交わす。全員がファーストネームで呼び合うのは、格式を重んじるイランのニュース業界では前代未聞だ。

マノトはたちまちイランの一般家庭におけるテレビ番組のあるべき姿の見本となった。ボイス・オブ・アメリカ(VOA)やBBCほど政治色が露骨でないところも、若者を中心に視聴者を引き付けている。しかしそれは国内外のライバルと同じく思惑があってのことだ。

それが特に顕著に表れているのがマノトの娯楽番組だ。リアリティーTV、ゲーム、歴史ドキュメンタリーなど多彩なラインアップで、10年以降は革命前のイランを賛美する傾向を強めている。

「古きよきイラン」を演出

なかでも昨今の王政回帰ムードを理解するカギといえる番組が『タイムトンネル』。『ニュースルーム』の人気司会者の1人を進行役に古い記録映像やドキュメンタリー、写真などを使って革命前のイランを描き出す。革命以前の文化をノスタルジックに見せる。ベールから解放されたミニスカートの女性たち。ナイトクラブとアルコールとダンスがあふれる音楽シーン......。要するに、革命を境に禁じられ、特に若者が待望している側面を見せるのだ。

決め手は、『タイムトンネル』が批判をしないことだ。見終わったときには、イランの何もかもが完璧で穏やかで、何より楽しいと思えた時代への憧れしか残らない。当時の抑圧や格差の蔓延には一切触れない。視聴者を「何もかも完璧だったのに、なぜ革命なんか起こしたんだ」という気持ちにさせる。



もちろん回帰ムードに貢献しているのはマノトだけではない。BBCやVOAなど他チャンネルも王政時代への郷愁をあおっている。

VOAは79年以前のイランのポップカルチャーを賛美する番組を放送。BBCはパーレビ政権下とイスラム体制下の治安機構と刑務所についての討論番組を放送している。議題としては許容範囲だが、参加している専門家の政治的傾向は明かされていない。ソーシャルメディアやメッセージアプリも、「王政時代の女性はベールをかぶらなかった」という表面的な賛美だらけだ。当時の社会的・政治的抑圧が話題に上ることはめったにない。

それでもイスラム共和制を取る現政権が国内の野党勢力を弾圧していなければ問題はなかっただろう。反政府派と野党指導者のほとんどが逮捕されたか亡命を余儀なくされ、保守派と改革派の膠着状態が長期化するなか、若者たちは現体制に代わる選択肢に飢えている。

たまたま手近にあった唯一の選択肢が、パーレビ王朝の復活を待ちわびるニュース・娯楽産業だったというだけの話だ。

From Foreign Policy Magazine

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[2018.1.30号掲載]
ナルゲス・バジョグリ

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