Infoseek 楽天

インドネシア、警察が同性愛者に「男性復帰」を強制指導

ニューズウィーク日本版 2018年1月31日 15時0分

<インドネシアのなかでも例外的にイスラム法を厳格に適用するアチェ州で、同性愛禁止に違反したとして同性愛者12人が拘束され、再教育されている。果たしてその方法とは>

インドネシアのスマトラ島北端にあるアチェ州で1月28日、地元警察による理髪店(サロン)の一斉摘発が行われ、サロンで従業員として働いていた同性愛者の男性らを拘束した。

容疑は同州で適用されているシャリア法(イスラム法)に基づく同性愛禁止違反で、被拘束者は警察の厚生施設に拘留され、「男性への復帰」を強制的に指導、再教育されているという。

世界最大のイスラム人口を擁する東南アジアの大国インドネシアでは、「多様性の中の統一」を国是に掲げて、イスラム教徒が人口の88%と圧倒的多数を占めながらも国教とはせず、キリスト教、ヒンズー教、仏教なども認める寛容性を統治理念としている。

しかしアチェ州はイスラムの聖地メッカに地理的に最も近いことから「メッカのベランダ」と称され、インドネシア国内でもイスラム教の教義を最も厳格に適用しており、シャリア法が例外的に認められている。

地元の報道などによると、同州のロスマウェ、パントンラブなど北アチェ県にあるサロン5店舗が強制捜査の対象となった。周辺住民からの通報で女装した男性が就労し、いかがわしい行為をしている可能性がある、との疑いが生じたためだと警察はしている。

5つのサロンで働いていた従業員と利用者の同性愛者12人が身柄を拘束され、更生施設に収容後、派手な色に染めた長髪をはさみで刈られ、坊主頭にされた。さらにスカートなどの女装を男性の服装に替えられた上、大きな声での発生練習を強制されている。

「社会の病巣を一掃する」

いずれも「男性らしさを取り戻すため」で、内股ではない大股での「男らしい」歩行訓練も行われている。警察ではこうした訓練を最低でも5日間実施するとしている。

北アチェ県警察のウントゥン・スリアナタ本部長はメディアの取材に対し「今回の摘発はアチェ社会の病巣の一掃が目的であり、この作戦で同性愛者の増加を防止したい」と話している。

さらに身柄を拘束した同性愛者の何人かの携帯電話からポルノ画像が発見されたとして「インドネシアの未来を担う次世代を危機から救うためにもこうした作戦は必要」との考えを示した。

警察はサロンに居合わせた女性も同州では違法となる同性愛者と一緒にいたことから警告のため一時的に身柄を拘束したという。

アチェ州ではシャリア法に基づき、イスラム教徒の女性は頭部を覆うヘジャブの着用が義務付けられ、婚外性交渉、公共の場での夫婦以外の男女の親密な行為、夫婦以外の男女のホテル同室宿泊、未成年者との性交、そして同性愛は宗教警察により厳しく取り締まられる。

2017年5月には同性愛行為をしたとして男性2人が宗教警察に逮捕され、むち打ち刑82回の実刑判決を受けたこともある。



アチェ州以外では同性愛は違法ではない。しかし大多数を占めるイスラム教徒の倫理観、価値観が優先される傾向があり、2017年10月には首都ジャカルタの市内にあったサウナ施設が強制捜査を受けて、同性愛者の客と従業員、オーナーの58人が逮捕された。

この時もやはり周辺住民から警察への情報提供が端緒で、「男性同士の売春行為が行われている」として強制捜査となった。逮捕者の中には中国人、タイ人、オランダ人の外国人6人が含まれ、直接の容疑は反ポルノ法と麻薬取締法違反だった。

こうした傾向に対し、より厳しい取り締まりを主張するイスラム教団体もある一方、人権保護の立場から「社会がよりLGBTを理解し寛容の精神をもつことが必要」とする組織も増えてきている。

しかし、自身もイスラム教徒であるジョコ・ウィドド大統領は、この問題には寛容と言われながらも実際には取り組みに消極的。今年と来年に控えた統一地方首長選、国会議員選挙、大統領選挙に向け、あえてイスラム教団体を敵に回すような「火中の栗」を拾うことを自重しているとの見方が有力だ。LGBTにとっては厳しい環境が続きそうだ。

今回のアチェ州での同性愛者の拘束と「男に戻る措置と再教育訓練」は明らかにLGBTの人々の「人間性、尊厳を侵害するものであり、なにより重大な人権侵害にあたる」と国際人権団体アムネスティのインドネシア支部、ウスマン・ハミド代表はメディアに対し指摘し、批判している。

[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など



大塚智彦(PanAsiaNews)

この記事の関連ニュース