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ヒツジがヒトの臓器工場になる日

ニューズウィーク日本版 2018年2月20日 13時55分

<移植手術用の臓器を無限につくり出したり1型糖尿病の治療法となったりすることが期待されている「キメラ技術」の研究で新たな一歩>

ヒトの臓器を動物で作るキメラ技術研究の一環で、科学者たちは、人間とヒツジのハイブリッドを作り出すことに成功した。いずれこの技術が、移植用臓器の生産や1型糖尿病の治療につながる可能性がある。

米スタンフォード大学の中内啓光とカリフォルニア大学のパブロ・ロスが、2月18日にテキサス州オースティンで開催されたアメリカ科学振興協会(AAAS)の年次総会で発表した。

動物の体内で培養された人間の臓器は、臓器提供の持続可能な代替手段となり得る。アメリカでは臓器移植を必要としている人が約11万5000人にのぼり、国の待機リストには10分毎に新たな患者が登録されている。毎日20人が移植を待ちながら命を落としていっており、臓器の需要が供給を遥かに上回っている状態だ。

研究チームは、成人の幹細胞(iPS細胞)をヒツジの初期段階の受精卵に注入。それをヒツジの体内に戻し、さらに3週間、成長させた結果、人間型の細胞をもつヒツジが生まれた。現在は、ヒツジの胚の細胞1万個あたりの人間の細胞はたった1個だが、人間への臓器移植を成功させるには人間の細胞が全体の約1%になるようにする必要があるとロスは語った。

マウスの膵臓では成功

研究者たちは、この戦略が一部の糖尿病患者への治療法開発につながる可能性があると考えている。

1型糖尿病になると、インスリンの分泌が不足して血糖値の調整ができなくなる。インスリンは通常、膵臓の特定の島細胞でつくられる。

実験的な治療法として島細胞を移植する方法(膵島移植)が用いられているが、長期的な成功は限定的で、その問題のひとつが拒絶反応だ。

理論上、科学者たちはレシピエント本人の細胞を使って、本人の体に適合するオーダーメイドの臓器をつくることが可能だ。この方法を使うことで、免疫システムが拒絶反応を起こすリスクを軽減することができると期待されている。

研究チームでは以前、遺伝子操作によって膵臓がなくても成長するようにしたラットの体内でマウスの膵臓を培養。ラットの体内でマウスの細胞が膵臓に成長し、研究チームは、こうして培養された膵臓の細胞を糖尿病のマウスに移植することに成功している。

「我々は既にラットの体内でマウスの膵臓を作り、糖尿病のマウスに移植して、免疫抑制剤を一切使わずにほぼ完全に治癒させることに成功している」と中内は説明した。

次のステップは、サイズを大きくして人間の臓器でこのアプローチを試すことだ。研究者たちは、膵臓を持たないヒツジをつくり、人間のDNAでその空間を埋めることができるかどうかを調べている。



だがロンドンのフランシス・クリック研究所のロビン・ラベルバッジは、懸念の声をあげている。

「ヒツジの膵臓の細胞型を全て人間の細胞に置き換えることに成功したとしても、膵臓内の血管はヒツジ由来のものになる」と彼は指摘する。「これらの臓器を人間に移植して、拒絶反応を完全に抑えることができるはずがない」

現在、研究チームが受精卵の培養を行なえるのは最大28日まで。研究者たちは、これを最大70日に延ばせば、より説得力のある結果がもたらされる可能性があると言っている。人間とヒツジのハイブリッドをつくるのは、ラットとマウスの場合よりも難しいと中内は言う。

中内は、キメラ技術の成功に大きな期待を寄せている。「5年あるいは10年かかる可能性もあるが、最終的には人間とヒツジのハイブリッドをつくることができるようになると考えている」

(翻訳:森美歩)

キャサリン・ヒグネット(科学担当)

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