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アフリカ系ヒーロー映画『ブラックパンサー』が大ヒットした意味 - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2018年2月22日 19時40分

<マーベル・コミック原作でアフリカ系ヒーローが主人公の『ブラックパンサー』が公開早々大ヒットを記録している。アメリカ社会におけるこの現象の意味とは......>

2月16日(金)に公開された、マーベル・コミック作品の映画化『ブラックパンサー』は、業界の予想をはるかに上回る大ヒットとなっています。封切りされた週末の興行収入が2億ドル(約214億円)を越えて「歴代5位」となっただけでなく、平日である20日の火曜日になっても1日あたりの興収は2000万ドル(22億円弱)と異例のペースが続いています。

本稿の時点では、封切り5日目までの累計が出ていますが2億3600万ドルを越えており、スター・ウォーズのエピソード8『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』を上回るという驚異的なペースとなっています。私は、17日の土曜日に見に行きましたが、午後3時頃に小さなシネコンに行ったら深夜までソールドアウトと言われてしまい、隣町の大規模シネコンまで遠征する羽目になりました。

そのシネコンはスクリーンが24面ある大規模なものですが、ここでは30分間隔で上映がされており、各回の入場は整列させられるという、まさにスターウォーズ級の大ヒットという感じでした。

同じマーベルでも『スパイダーマン』『アイアンマン』など、あるいはその「ヒーロー総登場バージョン」である『アベンジャーズ』シリーズなどは、教科書通りの勧善懲悪劇の枠組みを守っていると言えます。一方で、この『ブラックパンサー』は、スーパーヒーロー映画でありながら統治者の孤独、生と死の境界、アフリカの大自然とそこの根ざした人々というようなスケールの大きなテーマを扱っているのが画期的でした。

どこか「クロサワ映画」のようでもあり、また日本でいえば『樅の木は残った』とか、越後上杉家の「御館の乱」のようでもあり、またシェイクスピア悲劇のようでもあり、要するに普遍的な物語をしっかり描いた作品とも言えるでしょう。

主題からはやや離れた部分ですが、韓国の釜山市があるシーンの舞台となっており、釜山市がロケに協力していてダイナミックなシーンが撮れていたのが印象的でした。また、同じシーンでは、トヨタの「レクサス」が重要なコンセプトの部分でタイアップをしていて、非常に珍しいことですが、「ウィン=ウィン」のイメージ作りの相乗効果を生んでいました。

ストーリーについては、お話しするのは差し控えますが、主役のティ・チャラを演じたチャドウィック・ボーズマン(『42』でのジャッキー・ロビンソン役が有名)は思慮深く重厚なリーダー像の造形に成功していましたし、脇を支える女優陣(ルピタ・ニョンゴ、ダナイ・グリラ、レティーシャ・ライト)は華やか、また脇の白人キャラとしては、マーティン・フリーマンとアンディ・サーキスという「ホビット」のコンビ、そして複雑な役柄でマイケル・B・ジョーダンの演技も光っていました。

この『ブラックパンサー』の大ヒットですが、2つ大きな意味合いがあるように思います。



1つは、60年代からの時間軸という問題です。この映画の原作は言うまでもなく、マーブル・コミックの有名な「アメコミ」ですが、このコミックが登場した60年代半ばには、もうひとつ「ブラックパンサー党」という政治結社がありました。カリフォルニア北部のオークランド市に本部を置き、人種差別の激しい時代にあって「武装して黒人のコミュニティを守る」という主義を貫いた団体です。

ですが、そのような闘争の姿勢は当時のアメリカの体制からは危険視されることとなり、党員の多くはFBIや警察によって殺害されています。公民権運動の歴史をたどる際には、今は「非暴力主義」を掲げたキング牧師を中心のストーリーが「公認の歴史」となっていますが、暗殺されたマルコムXからブラックパンサー党の歴史というのは、いわば秘められた歴史という位置付けになっていました。

アメコミの「ブラックパンサー」は、この「ブラックパンサー党」とは直接の関係はありませんが、同じ時代に生まれたこともあり、漠然とではありますが「秘められた存在」のようになっていました。マーベルのアメコミの世界の延長で、「ファンタスティック・フォー」や「アベンジャーズ」には、この「ブラックパンサー=ティ・チャラ」というキャラとしては登場していますが、このような大作映画になるというのは隔世の感があります。

もう1つは、現在、2018年という時代についてです。オバマ時代が終わり、トランプがホワイトハウスの主となっている中で、何となく、現在のアメリカというのは「忘れられた白人層が復讐をしている」時期のような感覚を持ってしまうことがあります。

ですが、そうではないのです。アフリカの王国を舞台にした純粋にアフリカ人の物語が、歴代5位の興行収入を叩き出したというのは、オバマの時代よりも、さらに時代は先へ進んでいる証拠です。より若い世代が社会に出てくる中で、多様性を重んじつつ人々が共存する社会へと、時代は前進しているのです。トランプ現象ばかり見ていると、見失いがちになる、そうした時代感覚を、この「ブラックパンサー」は強く喚起していると言っていいでしょう。

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