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AIロックスターがやってくる

ニューズウィーク日本版 2018年3月2日 17時10分

<AIが作った曲で大ヒットを狙う? スポティファイやグーグルが取り組む音楽AIの世界>

人工知能(AI)で消える仕事――。最近、そんなどきっとするようなタイトルの新聞記事や書籍をよく見掛ける。そしてもちろん、音楽をつくるという(一見したところ)クリエーティブな仕事も、危険にさらされつつある。

既にミュージシャンたちは、近年の技術進歩から大きな打撃を被ってきた。レコードやCDではなく、ストリーミング配信で音楽を聴く人が増えるにしたがい、ミュージシャンの収入は激減。音楽業界全体の売上高も、CDが最も売れていた90年代末の半分に減った。

それでも新しい音楽を聴きたいという需要は確かに存在するし、自分たちはその欲求を満たせる存在だと、ミュージシャンたちは自負していた。だが今、その自信も危うくなっている。

音楽ストリーミング配信大手のスポティファイやIBM、グーグル、さらにはジュークデックといったスタートアップが、AIを使って「曲作り」そのものに取り組んでいるのだ。あと10年もすれば、グラミー賞の最優秀楽曲賞の受賞者はソフトウエア、なんて日が来るかもしれない。

スポティファイは昨年、パリにクリエーターテクノロジー研究所を新設して、音楽AI研究の第一人者であるフランソワ・パシェを、ソニーコンピューターサイエンス研究所(ソニーCSL)から引き抜いた。AIを使って自前のヒット曲を作り、スポティファイで配信すれば、これまでのようにミュージシャンに使用料を支払わなくて済む(そしてその分儲かる)からだ。

ヒット曲のパターンを探せ

ただし、パシェの説明はちょっと違う。彼に言わせれば、音楽AIは曲作りにおける人間のパートナーだ。数々の名曲を世に送り出したビートルズのジョン・レノンとポール・マッカートニーのペアを引き合いに出して、AIは「レノンにとってのマッカートニーのようなもの」と言う。「私たちが開発しているのは、優れたアイデアをもたらしてくれる賢い仲間、いわばコラボレーターだ」

実際、パシェとソニーCSLの研究チームは、メロディーも楽器編成もビートルズに似た楽曲をAIに作らせてみた。作詞と編曲を担当したのは人間だ。完成した「ダディーズ・カー」は、確かにビートルズがキャンディーのCMのために書いたような曲だ(YouTubeで公開されている)。

IBMも、音楽AI「ワトソン・ビート」を人間のサポート役と位置付けている。ワトソン・ビートはイギリス人音楽プロデューサーのアレックス・ダ・キッドとコラボして、「ノット・イージー」という曲を完成させた。



そのプロジェクトは怖いくらい徹底的に計算されていた。ワトソンは、過去に大ヒットした2万6000曲以上の歌詞を読み込み、メロディーやコード進行を分析して、「心を揺さぶるパターン」を探した。また、過去数十年分のニューヨーク・タイムズ紙の1面記事、歴史的な最高裁判決、ウィキペディア、ブログ、ツイッター、人気映画のあら筋を読み込み、ヒット曲と時代背景の関係を探った。

だが、こうして作られた曲「ノット・イージー」は、全くヒットしなかった。それでも今後は分からない。ビートルズは現役時代に237曲、マイケル・ジャクソンは137曲を作ったが、AIならそれくらい数秒で作れる。「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」というように、数千万曲のうち1曲くらいは大ヒットするかもしれない。

コンサートにもAIの波が

とはいえ、最近のミュージシャンの最大の収入源はシングルやアルバムの売り上げではなく、コンサート収入だ。こればかりはAIも容易に代われないように見える。ステージ上にコンピューターしかないコンサートなんて、誰も行きたがらないだろう。

だが、それもエルトン・ジョンの試みによって変わるかもしれない。70歳のポップス界の大御所は1月に、コンサート活動からの引退を表明。ただし、今後3年間にわたる最後のツアーのデータをAI企業ライバル・セオリーと、舞台芸術などを手掛けるスピニフェックス、そしてグーグルに提供して、「ポスト生物学的エルトン・ジョン」を作るという。

具体的にはジョンの楽曲データ、コンサートの写真や映像、インタビュー等をデジタル化してAIに読み込ませ、バーチャル・リアリティー(VR)のジョンを作って、ツアーを続けさせようというのだ。VRゴーグルを着ければ、観客はジョンのライブを見ている気分を味わえるという。

こうしたVR技術に音楽AIを加えれば、とうの昔に死去したアーティストの「新曲」を作り、発表することも可能になる。さらにロボット工学を駆使すればVRゴーグルなしで、ポスト生物学的なロボットのジョンの演奏を見られるかもしれない。

やはりミュージシャンは廃業して、アマゾンの倉庫係にでもなるしかないのだろうか?

そんなことは絶対にないとは言い切れない。だが、1920年代にラジオが登場したときから99年のナップスターまで、ミュージシャンたちは昔からテクノロジーの進歩に脅かされ、そのたびに時代の変化に適応してきた。AI音楽がちまたにあふれれば、人間が作った曲がプレミアム化するという恩恵だって予想できる。それにAIでヒット曲を作る試みが、大失敗に終わる可能性も十分あるのだ。

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[2018.2.20号掲載]
ケビン・メイニー(本誌テクノロジーコラム二スト)

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