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リトビネンコ事件再び?ロシア元スパイが毒物で重体──スティール文書と接点も

ニューズウィーク日本版 2018年3月7日 19時0分

<ロシアの元スパイがイギリスで毒を盛られる事件がまた起きた。ロシア政府は関与を否定しているが、トランプのロシア疑惑にからむ文書との関連も噂され、謎は深まるばかりだ>

イギリス南部に住むロシアの元スパイとその娘が外出中に「正体不明の物質」によって意識不明の重体になった。2006年のアレクサンドル・リトビネンコ殺人事件を連想させるこの事件に関して、ロシア政府はイギリスの捜査当局と協力する用意があるという声明を出した。

一方、イギリスのボリス・ジョンソン外相は、ロシア政府が関与しているならば、責任ある者を処罰するために「必要と判断するあらゆる手段を講じる」と警告した。国の安全保障に関わる事件であるため、イギリスのテロ対策機関が捜査を主導している。

セルゲイ・スクリパリ(66)と娘のユリア(33)は3月4日、イギリス南部ソールズベリーにあるショッピングセンターのベンチで意識不明になっているところを発見され、病院に運ばれた。通報をした目撃者が、2人は「何か強いものを飲んだ」ように見えたと話したため、警察は警戒した。

ウィルトシャー警察の広報担当によれば、毒物検査の結果が出るまでには時間がかかり、今のところ情報を公開する予定はない。

BBCの報道によれば、スクリパリには43歳の息子がいたが、恋人とサンクトペテルブルクに旅行中に肝不全で入院し、その後死亡した。スクリパリの妻も最近死亡し、兄も死亡した。この3人の死は過去3年の間に起きている。

イギリスに寝返った逆スパイ

スクリパリはロシアの軍事情報機関元大佐で、イギリスのためにスパイ活動を行ったとして有罪判決を受けた。

病院では、専門家がスクリパリとその娘が中毒症状を起こしていることを確認、「重大事件」と宣言した。

事件の背後にロシア政府の関与が疑われるなか、ロシアのプーチン大統領の報道官ドミトリー・ペスコフは、イギリス当局から支援要請はないが、モスクワはいつでも捜査に協力する用意があると発表。スクリパリが毒を盛られたことを「悲劇的」だと言った。

スクリパリは2006年にロシア当局に起訴され、スパイ行為で有罪判決を受けた。彼は90年代から2000年代にかけて、ロシアのスパイの身元に関する機密情報を英情報機関に提供したとされている。

判決は禁固13年だったが、10年に米ロが合意したスパイ交換で釈放された。このとき、ロシアに帰還したスパイのなかには「美しすぎるスパイ」として有名なアンナ・チャップマンがいた。

スクリパリはイギリスのウィルトシャー州ソールズベリーに落ち着き、それ以来目立たないように暮らしていた。




放射性の猛毒ポロニウムを盛られて死んだロシアの元スパイ、リトビネンコの肖像 Sergei Karpukhin-REUTERS

ジョンソン外相は、英議会でリトビネンコ暗殺事件との類似点を指摘した。議員からの性急な質問に対して、ジョンソンは「この事件の詳細や、どんな犯罪であったのかを推測するには時期尚早だ」と述べた。「しかし、議員の皆さんが疑惑を抱いていることは承知している。そして、私が議会に言いたいのは、これらの疑惑に十分な根拠があることが証明されれば、政府は国民の生活と価値観、そして自由を守るために必要な措置を講じるということだ」と、彼は付け加えた。

「私は今、誰かを非難しているわけではない。特定ができないからだ。世界中の政府に言っておく。イギリスの領土内で無実の命を奪おうとするなら、必ず制裁あるいは懲罰を受ける」

スクリパリ父娘の発見後、危険な化学物質と放射能に関する政府の専門家がソールズベリーに呼び出された。警察と専門家が調査をする間、2人が夕食をとったと思われる地元のレストラン「ジッジ」と近くのパプをはじめ一帯が封鎖された。

健康被害から国民を守る政府機関イングランド公衆衛生サービスは、これまで得られた証拠からすると、国民にただちに危険が及ぶことはないとみている。

ウィルトシャー州警察は、「事件の直後に数人の救急隊員が病院で検査を受けたが、1人を除くすべてが退院したこと」を確認した。

毒物の正体は強力な麻薬か

複数の報道によると、事件で使われた不審な物質はフェンタニルと考えられている。ヘロインの50倍以上強く、薬物中毒者の間で人気上昇中の麻薬だ。

「そのベンチには年取った男性と、少し若い女性がいた。女性は男性に寄りかかっていて、気を失っているように見えた。」と、2人を目撃したフレイヤ・チャーチはBBCに語った。「男性のほうは手を奇妙な具合に動かしながら、空を見上げていた」

「すごく気になって、何かをしなくちゃと思った。でも正直に言って、2人があまりにもボーッとした感じだったので、どうやって助けることができるのか、わからなかった。だからその場を離れた。でも2人は何かとても強いものを飲んだようにみえた」

スクリパリと彼の娘はソールズベリー地区病院の集中治療室で治療を受けている。この事件はテロとの関連で論じられてはいないが、ロンドンに本部を置くテロ対策警備室が捜査を引き継いだ。

「今回の捜査はまだ初期段階にあり、現時点ではどんな憶測も無益だ」とイギリスのテロ対策を統轄するマーク・ローリー副総監は語った。

「今の段階では、被害者らが重篤な症状に陥った原因を明らかにすることに集中している。われわれがこの事件を非常に真剣に受け止めていることを改めて国民に示したい。今のところ国民に広く危険が及ぶとは考えていない」



オンライン誌バズフィードによる2017年の調査によれば、米情報機関によってロシアとの関連が裏付けられたイギリス国内での死者は14名にのぼる。

スクリパリの事件についての詳細はあいまいで、まだ未確認情報が多い。だが一部には、放射性物質ポロニウム210で毒殺されたロシア連邦保安局(FSB)の元職員アレクサンドル・リトビネンコの事件との関連を指摘する声もある。

2006年にロンドンで殺害されたリトビネンコは、ロシア政府とプーチン大統領を公然と批判していた。彼はMI6(英国情報部国外部門)から報酬を受け、ロシアのマフィアの捜査に関わっていた。

イギリス当局は捜査の結果、KGB出身の国会議員アンドレイ・ルゴボイがリトビネンコのお茶に毒を入れて暗殺したと告発。プーチン大統領が暗殺を命じたと非難した。ルゴボイは犯行を否定している。

リトビネンコの未亡人マリーナ・リトビネンコはデイリー・テレグラフにこう語った。スクリパリ事件は「私の夫に起こったことに似ているが、より多くの情報が必要だ。その物質が何か。放射性物質だったのかどうか」



スクリパリ事件が起きたタイミングに着目して、インターネットでは、トランプとロシアに関する「スティール文書」との関連を指摘する推測が飛び交っている。

この文書を執筆したのはMI6元職員クリストファー・スティール(53)。ニューヨーカー誌3月5日号でその人物像が記事になり、インターネット上で広く話題になっている。

ソ連が崩壊し、分裂した90年代、スティールはモスクワの英国大使館に勤務する外交官を偽装したスパイだった。

2006年から09年にかけて、スティールはロンドンに戻ってMI6のロシア部門主任を務め、その後、独立して調査会社オービス・ビジネス・インテリジェンスを立ち上げた。オービスは、クリントン陣営のために働く弁護士の依頼で、このトランプに関する文書を作成した。

同時に、スティールはロシアでスパイとしても働いていた。彼がMI6のロシア部門を運営しはじめたころ、スクリパリはイギリスの諜報機関に機密情報を渡していたと言われており、2人が知り合いだった可能性が高まっている。

ニューヨーカー誌のスティールの記事にはこんな一節がある。「スティールが恐れていたのは、ロシア人の情報提供者の正体がばれて、死刑になることだ」

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シェイン・クラウチャー

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