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米朝首脳会談を前に、日々綱渡りのトランプ政権 - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2018年3月15日 15時45分

<ティラーソン解任が示唆する政権と国務省の異常な関係など、トランプ政権には予測不能な要素が満載。米朝首脳会談に向けて安倍政権が調整に動くのは当然>

今週13日に実施された連邦下院のペンシルベニア州第18区補欠選挙では、基本的に保守色の濃い選挙区でありながら、民主党候補が善戦、本稿の時点では649票差で勝っています。ただ、率で言えば0.2%という僅差ということもあり、現時点では共和党陣営が敗北を認めていませんが、仮にこのまま敗北が確定すれば、トランプ政権にとっては痛手になります。大統領自身が投票日の直前に現地入りして「放談・漫談調」の大演説をやって、支持者を喜ばせたことがニュースになりましたが、それでも負けたのですから確かな痛手でしょう。

この「ペンシルベニア18区」ですが、そんなに「こだわる」必要はないという見方も一部にはありました。というのは、この選挙区割りがあまりにも不自然なために、州の最高裁が判断して新しい区割りが決定しているからです。ですから古い区割りで勝ってもそれを維持できるわけではないし、そもそもこの3月の補選で勝ったとして議席は11月の中間選挙では改選になるからです。

それではなぜトランプ陣営が「こだわった」のかというと、それは現在の政治モメンタムが「一寸先が闇」だからです。まず日々の政治対決で勝ち続けなければ11月の中間選挙での勝利はおぼつかない、そのような危機感が政権を駆り立てているようです。

いま世界中から非難されている「鉄鋼、アルミ関税」も、基本的に無理筋なのにもかかわらず、この「ペンシルベニア州18区補選」に勝ちたい一心で発表したという解説も一部にはあるのです。そこまでして、仮にこのまま敗北が確定すれば、政権はかなりの痛手を被ります。

一方でこの補選の投票日には、トランプ政権の「第二の暴露本」というべき本が発売になっています。今回は、ホワイトハウスの内情ではなく、現在特別検察官による捜査が進められている「ロシア疑惑」に関するものです。タイトルは『ロシアン・ルーレット』という刺激的なもので、NBCテレビの記者・解説者の2人、マイケル・イシコフとデビット・コーンの共著です。

この「ロシア疑惑」について、現時点では「政権反対派は盛り上がっている」一方で、まだまだ「トランプ支持者は意に介していない」という状況に見えます。ですが、こうした暴露本の刊行や捜査の進展によっては、日本の「森友問題」のように「支持者の中にも動揺が広がる」事態になるかもしれません。

さらに政権の組織の中も問題が続いています。ホワイトハウスの内部人事が数カ月ごとに動揺して、多くの辞任が発生していますが、今回のティラーソン国務長官の解任劇は、深刻な背景があると考えられます。大統領とティラーソンの個人的な確執だとか、方針の違いなどと言われていますが、その背景として考えられるのは「国務省とホワイトハウスの確執」です。



国務省というのは、日本で言えば外務省であり、ワシントンの本省を中心に全世界に大使館や領事館などを擁して外交・領事業務を行なっている巨大組織です。その国務省は、現在十分に機能を発揮できていません。アメリカの中央官庁ですから、上位の管理職ポジションは政治任用、つまり政権交代に伴って今回の場合は共和党系の人材が登用されるはずなのですが、「トランプ政権の極端な外交方針」を嫌って「一流の人材」が任用できていないのです。そこで、多くのポジションが空席となる中で、中堅の官僚が「代理・代行」として管理職の機能を担っていたりします。

このように、機能が十分に発揮できない一方で、リベラルな中堅が管理職の機能を代理していることもあるようです。全体として、トランプ政権の方向性よりは常識的であり、相手国との関係でいえばこれまでの経緯を踏まえて良好な関係を志向することになります。そうした国務省の方向性なり、現状を代弁していたのがティラーソンであり、それが解任されたことは、ホワイトハウスと国務省の関係が異常な状態になっていることも示唆しています。

このような状態で、トランプ政権としては「何としても11月の中間選挙で勝利したい」という執念にも似た思いを抱えています、そのために日々の政局をにらみながら「起死回生」を狙っている側面があります。なんと言っても、中間選挙での敗北は、そのまま大統領弾劾という事態に直結するからです。これまで下院については、共和党が圧倒的に優勢と言われていましたが、今回の「ペンシルベニア18区」での苦戦は、下院についても危機感を持たねばならないことを突きつけた格好になりました。

今回の「米朝首脳会談に応じる」というトランプ大統領の発表は、こうした政治状況を受けた中での「ある種のギャンブル」の側面も持っています。これは大変に危険なことです。例えば、大統領の「コアの支持者」の発想からすれば、あるいは大統領が選挙戦の時から言い続けたことを踏まえるのであれば、「米本土に届く核ミサイルの脅威を除去した」その代わりに「金のかかる在韓米軍駐留もやめることにした」などという「アメリカ・ファースト」的な判断が誘発されてしまう可能性もあります。そのような判断が安易に下されると、東アジアの地政学は激変します。

その点で、安倍総理が訪米も視野に入れつつ、トランプ政権との調整に動いているのは当然のことと思われます。この点に関しては、田中真紀子氏が「森友問題から逃げるために訪米するのか」といった批判をしていたそうですが、そんなことを言っている場合ではないのです。安倍総理にしても、政府内に非があることは否定できないので国民には誠実な説明を心がけつつ、とにかくトランプ政権との調整に全力を傾けて欲しいと思います。

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