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北朝鮮の姿勢軟化は制裁の成果か、時間稼ぎか

ニューズウィーク日本版 2018年3月16日 15時30分

<北朝鮮からの突然の米朝首脳会談の申し出に本気度を試されているのはアメリカ政府のほう>

北朝鮮がアメリカ側のコートに、国際社会を驚かせるほど強烈なボールを打ってきた。金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長が唐突に、ドナルド・トランプ米大統領との首脳会談を提案したのだ。しかも最終的な核の放棄をちらつかせながら。これに対してトランプも、今年5月までに米朝会談を実現させる意向を表明した。

北朝鮮からの会談提案は、韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領の対話攻勢と、トランプ政権の圧力強化の成果のようにみえる。果たしてアメリカ政府は、このボールをうまく打ち返せるだろうか。

「トランプ政権がこれまで最大限の圧力をかけてきたのは、北朝鮮を核放棄に向けた交渉の場に引きずり出すためだ」と、ジェニー・タウン(米ジョンズ・ホプキンズ大学高等国際問題研究大学院米韓研究所アシスタントディレクター)は言う。「そこへ金のほうから対話を持ち出してきた。さあ(アメリカは)どうする? 今度はアメリカの本気度が試される番だ」

金から米朝会談が提案されたのは、3月5日に行われた金と韓国の特使団との会談でのこと。この会談自体、金が最高指導者に就任してから初の韓国政府高官との接触として注目を集めていた。その席で金は、核開発問題を含めてアメリカとの国交正常化交渉に前向きな姿勢を示したという。北朝鮮の体制存続が保障されるなら核を保有する理由はないとし、対話の継続中は核・ミサイル実験を凍結するとの意向も示した。

北朝鮮問題をめぐってはこのところ緊張が高まる一方で、最悪の場合、東アジアでの核戦争に発展するのではないかとの懸念が広がっていた。

アメリカ政府は人材不足

この状況を打開するため、既に北朝鮮と韓国は4月末に板門店で首脳会談を行うことで合意している。一連の動きについてトランプは「前進の可能性あり」としつつ、「裏切られるかもしれない。どちらへ転んでもアメリカは強い姿勢で臨む」とツイートしていた。

アメリカと国連主導の制裁が強化され、アメリカが限定的な先制攻撃に出るとの臆測も流れるなか、韓国政府はピョンチャン冬季五輪を最大限に利用して北朝鮮との対話に踏み込んできた。その結果、トランプも対話を受け入れざるを得なくなった。

トランプ政権にとって、本格的な外交交渉は初体験だ。しかも人材が不足している。国務省の北朝鮮担当特別代表だったジョセフ・ユンは前触れもなく辞任した。核問題をめぐる6カ国協議でアメリカの次席代表を務めたこともあり、次期駐韓米国大使の本命とされていたビクター・チャは、土壇場になって候補から外された。2人とも北朝鮮問題の大ベテランだ。



「今こそ経験豊かな人材が必要なのに」と言うのは、米外交問題評議会シニアフェローで、ジョー・バイデン前副大統領の顧問を務めたイーライ・ラトナーだ。「相手の真意を見極められる外交手腕に優れた交渉団がぜひとも必要になる」

金の好戦的な性格や核・ミサイル開発に固執してきたこと、体制維持の必要性などを考慮しても「金の本心はつかみかねる」と言うのは、ランド研究所のブルース・ベネットだ。「あの男は1938年のミュンヘン会談で国際社会を欺いたヒトラーなのか、それとも本気で平和的解決を望んでいるのか」

トランプ政権のある高官は、北朝鮮の提案に懐疑的だ。アメリカ政府は交渉の扉を開いておくべきだが、北朝鮮が何度も約束を破ってきた事実を忘れてはならないという。「核兵器製造を続けるための単なる時間稼ぎなら、そうはさせない。こっちは何度も痛い目に遭わされてきたのだから」。また制裁はじわじわと効いているようなので、「交渉の一方で」制裁も続けるべきだと付け加えた。

過去1年間、米朝が互いに脅し、侮辱し、挑発し合ってきたことを考えれば、直接会談の提案が大きな変化なのは間違いない。だが北朝鮮側が和解の意思らしきものを示したのは、これが初めてではない。そのたびに期待は裏切られてきた。

しかし今回は韓国の特使団との会談の席で、金正恩が直々に対話を持ち出した。このことの意味は大きいとタウンは言う。それは「彼が先代や先々代とは違うことの証し」だ。

チャンスを逃すのは愚か

この急展開は韓国大統領の対話攻勢とトランプ政権の制裁強化の相乗効果だと、オバマ前政権の高官たちはみる。そして今回の対話提案は本気かもしれないと考えている。

「金正恩が本当に計算を変えた可能性がある。そこを確かめねば」とラトナーは言う。「いま私たちが聞いている話は、これまでに聞いた話と少しばかり違う。......トランプ政権がこれを無視したり、拒否したりするのは愚かなことだ」

もう1つの希望の光は、米韓合同軍事演習の実施を受け入れるとしていることだ。北朝鮮は従来、毎年の米韓演習を自国の体制転覆を狙った予行演習と決め付け、つい最近までは「反撃」の可能性も口にしていた。



韓国とアメリカはパラリンピックの閉会後に合同演習を実施すると発表しているが、こうなると北朝鮮の姿勢軟化への見返りとして、規模の縮小を余儀なくされるかもしれない。

合同演習の容認というメッセージは「極めて重要」だとラトナーは言う。米韓関係にくさびを打ち込む好機と、金正恩が考えた可能性もある。一方、首脳会談で「非核化」を議題にした場合は、双方の立場の相違が明確になるかもしれない。

マイク・ペンス米副大統領は2月に訪問先の韓国で、北朝鮮が核・弾道ミサイル開発を諦めるまで圧力をかけ続けると述べている。対して北朝鮮は、非核化は外交交渉の前提ではなく、交渉の結果としてもたらされると言いたいらしい。

ペンスは6日の声明でも、北朝鮮が核開発計画を後退させるまで譲歩しないと繰り返した。いわく、「アメリカと同盟国は金体制が核開発計画を終わらせるまで最大の圧力をかけ続ける。あらゆる選択肢が検討の俎上にあり、それは非核化に向けた確実かつ検証可能で具体的な道筋を見届けるまで変わらない」。

核放棄の問題だけが唯一の障害ではない。5日に行われた韓国特使団との夕食会で、金は53年の休戦以来、南北に分断されたままの朝鮮半島の統一という「新しい歴史」についても口にしたとされる。

もちろん、それは韓国とアメリカが長年にわたって追求している民主的な統一ではあるまい。ランド研究所のベネットに言わせれば、「金は韓国主導の統一に言及していない。あくまでも自分が主導する気だ」。

金体制存続の保障があれば核兵器保有の必要はないと北朝鮮は言い、対話への扉を開いたかにみえる。しかし問題は、北朝鮮の考える「保障」の中身だ。彼らはアメリカが敵視政策をやめ、経済制裁を解除し、合同軍事演習をやめ、さらには何十年も前から韓国に駐留している米軍の撤退も要求してくると思われるからだ。

なにしろ北朝鮮は長年にわたり、リビアの例を持ち出してきた。指導者のカダフィ大佐は03年に大量破壊兵器計画を放棄したが、約10年後にアメリカの陰謀で体制を覆された。そう信じているから、自分たちの考える形の統一でなければ体制は保障されないと考えるだろう――ベネットはそう語る。



民間の船舶を利用した制裁逃れを防ぐ努力など、アメリカの制裁は厳しさを増している。北朝鮮の対話提案には、制裁緩和への期待も含まれているだろう。米議会筋も、最近の北朝鮮による「ほほ笑み外交」は、輸出による外貨獲得をほとんど不可能にする制裁をなんとか緩和してほしいからだとみている。

もちろんトランプ政権は北朝鮮への「最大の圧力」を続ける決意で、制裁緩和を持ち出すことはない。しかし北朝鮮の対話姿勢によって、アメリカが他国を、とりわけ中国を説得して追加制裁を打ち出すのが難しくなったのは事実だ。

現に中国は、アメリカが国連安保理に要求した33隻の北朝鮮船舶の制裁追加案に異議を唱えている。金正恩がアメリカとの対話に前向きな姿勢を見せている現在、中国が今までのような圧力を加え続ける保証もない。

タウンは言う。「そもそも、先に対話を望むと言ったのはトランプ政権の側だ。もしもこのチャンスを逃したら、追加の経済制裁をしたくても国際社会の同意は得られないだろう」

<本誌2018年3月20日号[最新号]掲載>

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キース・ジョンソン、ダン・デ・ルース

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