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イケメン首相トルドーの人気に陰り

ニューズウィーク日本版 2018年4月13日 15時40分

<不動の人気を謳歌してきたトルドー首相だが、観光旅行と揶揄されたインド訪問で墓穴を掘った>

政治家らしからぬルックスとリベラルな言動で好感度ナンバーワンを誇るカナダのジャスティン・トルドー首相。だが、これまで政治的危機と無縁だったわけではない。16年5月、最高裁判所が限定的な合憲判断を下し、期限付きで法制化を命じた安楽死法が議会で採決された日のことだ。

新民主党とカナダ保守党の2大野党は法案に反対し、牛歩戦術で成立を阻止しようとした。それにいら立ったトルドーが、ある野党議員を投票箱のほうに押し出そうとしたとき、誤って彼のひじが別の女性野党議員の胸に当たってしまった。

メディアはこの一件を「エルボーゲート」と命名。「テフロン大統領」の異名を取った故ロナルド・レーガン元米大統領並みに傷つかない人気を誇ってきたトルドーだが、さすがにこの一件は致命的と思われた。

ところが、直後に行われた世論調査の結果はセーフ。有権者はエルボーゲートなど意に介さなかったのだ。ほかにも支持率急落につながりそうな案件はあった。総選挙中に公約に掲げた選挙制度改革を断念したこと、多額献金者に自身や閣僚と面談する機会を与えたこと、キューバの前指導者フィデル・カストロの死に際して妙に親愛の情を込めたコメントをしたこと......。

これらも全てセーフ。発足後2年余り、トルドー政権は重力の法則に逆らうかのように高支持率を謳歌してきた。

だがここにきて、ついにその人気に陰りが見えてきた。最新の世論調査では、トルドー率いる自由党政権の支持率は15年10月の総選挙以来最低の36%。一体何が起きたのか。

トルドー首相は2月、妻と3人の子供を連れてインドを公式訪問した。この訪問が2つの理由で物議を醸した。

1つは、一家がカラフルな民族衣装を着て世界遺産などの観光名所を次々に訪れたこと。これにはボリウッド映画のコスプレをして観光旅行を楽しみたいだけではないか、とインド人も首をかしげた。「トルドー首相、インド人だって普通そんな格好はしませんよ」――インドの有力議員はそうツイートした。



「ただの若造」との見方も

2つ目は、それよりもはるかに重大な失態だ。首相の訪問中にニューデリーのカナダ高等弁務官事務所で催された夕食会に、シーク教過激派のジャスパル・アトワルが招待されたのである。アトワルは86年に起きたカナダ訪問中のインド閣僚の暗殺未遂事件に関わり、カナダの刑務所で5年間服役した人物だ。

夕食会の前にアトワルの招待は取り消されたが、カナダ政府はこの一件で責任逃れを画策し、とんだ茶番劇を演じてしまった。トルドーの側近らは当初、与党・自由党のインド系議員ランディープ・サライがアトワルを招待者リストに入れたと主張。サライ1人に責任を押し付けて幕引きを図ろうとした。

その後、首相の国家安全保障担当顧問が、インド政権内の一部分子がトルドーに恥をかかせるためにアトワルをリストに入れたと、何の根拠もなくメディアに漏らした。当然ながらインド政府はこれに激怒。カナダの国民も信じなかった。この茶番劇は、トルドーとインドのナレンドラ・モディ首相の会談が1週間の訪問の最終日にようやく行われたことを内外に印象付ける結果となった。

エルボーゲートと違って、インド訪問のまずいお膳立てが大きな痛手となったのはなぜか。カナダの有権者はトルドーを支持しつつも、彼とその取り巻きに漠然とした不信感を抱いてきた。今回の一件でその感情が表面化したとみていい。

不信感の1つはトルドーその人に対するもの。首相の重責を担うにはまだ政治経験が足りない、パーティー好きの若造ではないかという見方があった。

トルドーは15年の総選挙でほぼ完璧な選挙戦を展開し、そんな見方を吹き飛ばした。さらに就任後は世界中にポピュリズムの嵐が吹き荒れるなか、分別ある冷静な姿勢で国政の舵を取り、内外の期待を一身に集めた。何よりもドナルド・トランプ米大統領の保護主義的な「貿易爆弾」の信管を慎重に抜こうとする姿勢が高評価につながった。

だが、インドの民族衣装を着て、ダンスのパフォーマンスまで披露したのは間が悪過ぎた。折しも、一部の外国メディアが彼をコケにし始めていたからだ。

大打撃を与えたのは英デイリー・メールの記事だ。カナダの首相は「世界一政治的に正しい政治家なのか」という見出しで、おバカなトルドーのモンタージュ写真を掲載。タブロイド紙の記事とはいえ、この写真はカナダのソーシャルメディアで広く拡散され、首相のイメージダウンにつながった。

さらに「テロリスト招待」疑惑で、有権者の心にくすぶっていたもう1つの疑念が噴き出した。こちらはトルドーだけでなく、自由党全般への疑念だ。



一強の油断が落とし穴

自由党はかつて過激な民族的マイノリティーとつながりがあるとして、有権者の不信を買っていた。00年には自由党の有力議員がタミル人のテロ組織の資金集めとみられる夕食会に参加し、一大スキャンダルになった。

アトワルの一件は、票集めのため過激派にまで取り入ろうとした自由党の恥ずべき過去――トルドーが消したい過去を有権者に思い出させたのだ。

注目すべきは、最近のトルドーの失点が見たところ全てオウンゴールであること。インド訪問以外にも、近頃のトルドー政権は勇み足が目立つ。

17年12月には、雇用主が中絶の権利を認めなければ夏期の就労体験プログラムの補助金を出さないという方針を打ち出した。この決定は激しい批判を浴びたが、自由党政権は頑として譲らなかった。アメリカと違ってカナダでは保守VSリベラルの「文化戦争」が起きていないため、リベラルはやりたい放題だ。

議会の多数議席を握る自由党はおおむね野党の抵抗なしに、どんどん政策を実現できる。トルドー政権は怖いものなしのホッキョクグマのようなもの。政治家なら誰しもそうなりたいだろうが、天敵がいてこそ政治センスは磨かれる。

敵のいない世界でぬくぬくと冬籠もりを決め込んでいるトルドーと自由党。問題は次の選挙までに目覚めるかどうかだ。

From Foreign Policy Magazine

<本誌2018年4月17日号掲載>

ジョナサン・ケイ

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