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「北極シルクロード」争奪戦は中ロが先行中

ニューズウィーク日本版 2018年4月23日 12時5分

<温暖化の影響で航行が容易になった、北極海航路の開発に邁進する中ロの思惑>

北極海の氷が異例のペースで解け続け、世界中に懸念が広がっている。その一方で、氷の減った北極海を貨物輸送の近道にと期待を膨らませる国もある。

中国は北極海航路を利用した貨物輸送が自国の北極戦略の柱になると考え、ロシア北方経由でアジアからヨーロッパへ貨物を輸送することを夢見ている。今年初めにはフランスやロシアの砕氷タンカーが北極海航路を単独航行。商業船舶が砕氷船なしで、それも真冬に北極海を航行するなど、以前ならほぼ不可能だった。

ロシアも北極海の氷が解けて新たな経済フロンティアが開けると確信している。北極は石油・天然ガス資源の宝庫であり、世界の工場と消費者を結ぶ輸送ルートとしてもうまみが多い。



ロシア政府は30年までに巨費を投じて船舶の製造や造船会社の設立、航行援助施設や北極海航路沿岸の港の開発を進める構えだ。ウラジーミル・プーチン大統領も3月1日の年次教書演説で、北極海航路を利用した貨物輸送の重要性を繰り返し強調した。「わが国の目的は、北極海航路を正真正銘のグローバルかつ競争力のある輸送ルートにすることだ」

北極海航路を利用した貨物輸送量は昨年、過去最大規模に。25年までに10倍に増えるとロシア政府は期待している。

西はムルマンスクから東はベーリング海峡まで延びる北極海航路は、中ロ両国の北極戦略の焦点になってきた。北極海航路を利用すればインド洋からスエズ運河を抜ける南回りのルートに比べ時間が3割短縮できる。さらにはロシアの寂れた地域の活性化にもつながる。スターリン時代と旧ソ連末期には北極海航路を利用した国内輸送が盛んに行われていたが、ソ連崩壊後、利用は途絶えていた。



現在は巨額の投資と止まらない温暖化のおかげで北極海航路は再開したものの、今すぐ既存の航路に対抗できるわけではない。氷がなくなれば航行可能期間が長くなり、航行距離も南回りルートよりはるかに短いが、問題はコスト。商業化には数十年はかかりそうだ。

「北極海航路はロシアにとっては重要になるだろうが、それ以外の国にとっては重要にはなり得ない」と、トゥルク大学(フィンランド)のツォーマス・キイスキーは言う。

狙いはエネルギー資源

航行距離は短くても、氷の多い海域を航行するには速度を落とさざるを得ない。また船体に一定の耐氷性能が必要なケースが大半で、どちらもコスト増につながる。ロシア沿岸の浅い海域は国際海運の主力の大型コンテナ船は通れない。地中海や東南アジアなど、貨物大手のグローバルネットワークのハブ市場とも直結していない。

そうした現実は実際の貨物量に表れている。北極海航路を利用した貨物輸送量は昨年、過去最多の970万トンに達したが、そのうち航路全域を航行したのはわずか19万4364トン。残りはロシアの国内輸送(大型エネルギープロジェクトの建設機材が多い)か、ヤマル半島の液化天然ガス(LNG)の対アジア輸出などに限られていた。

それでもロシア極北の石油・ガス資源を市場に運ぶという点で、北極海航路は重要だ。ロシアのガス生産企業ノバテクは砕氷LNG輸送船15隻を発注。その第1号が昨年8月に北極海航路を航行、第2号は冬に砕氷船の先導なしで韓国からロシア北方経由でフランスまで航行した。

ロシアは北極のエネルギー資源を開発したがっている。14年のクリミア併合を受けて欧米が科した制裁も一因だ。制裁によってロシアは従来の油田・ガス田の生産性を維持するのに必要な新技術へのアクセスを制限されていると、米シンクタンク、戦略国際問題研究所のヘザー・コンリー上級副所長は指摘する。

アメリカのいない隙に

ヤマルLNGプロジェクトが軌道に乗った今、ロシアは国際LNG市場でのシェア拡大を狙っている。LNG市場にはアメリカが大規模参入したばかりだが、ヤマル半島のLNGは低コストで、そうしたライバルより安く売れる。北極海航路のおかげで、プロジェクトがフル稼働する20年には、世界のLNG市場におけるロシアのシェアは倍増する見込みだ。



北極海経由のエネルギー貿易はロシアと中国の絆を強化している。中国は120億ドルを投じてヤマルLNGプロジェクトを支援しており、ロシア産LNGの大口顧客になる見込みだ。北極海航路は、人口の集中する北東部をはじめ中国の大規模な天然ガス需要に対応するのに役立つだろう。さらに、この航路を使えば海賊行為が横行するマラッカ海峡も通らずに済む。

「クリミア併合以降、状況は一変した」と、キイスキーは言う。「ロシアは北極海航路を自国の輸出ルートにし、中国との関係を強化したがっているようだ」

中国は北極海航路を「北極シルクロード」と呼び、習近平(シー・チンピン)国家主席が提唱する数兆ドル規模の広域経済圏構想「一帯一路」と結び付けている。「北極シルクロードは一帯一路の一部となって、これまで以上に重視されている」と、コンリーは言う。

一方、アメリカは出遅れている。オバマ前政権下で北極が注目を浴びたのは気候変動絡み。トランプ政権はアラスカ沖の北極圏海域でのエネルギー開発を推進する以外、北極を優先課題とはしていない。「誰も緊急課題と考えておらず、予算もない」と、コンリーは言う。「その隙にロシアと中国は北極での利権と活動を拡大する一方だ」

アメリカが北極の重要性に気付く頃には、もう手遅れかもしれない。

From Foreign Policy Magazine

<本誌2018年4月24日号掲載>

キース・ジョンソン、リード・スタンディッシュ

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