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北朝鮮の平和攻勢、日本は外交孤立に陥るのか? - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2018年5月2日 14時30分

<北朝鮮が平和攻勢へと転じた現状で核・ミサイル開発の問題が進展した場合、日本が拉致問題で制裁を続ければ外交孤立に陥る可能性がある>

北朝鮮問題については、4月27日の南北会談が成功し、その映像が世界中を駆け回ってしまったなかでは、もうトランプ米大統領としても「ちゃぶ台返し」は難しい、そんな流れができています。では、本当に南北融和は可能なのでしょうか?

北朝鮮の経済社会の開放は、難しい作業になると予想されます。例えば、宇宙船が大気圏に再突入するときに、角度が急過ぎては加熱して爆発してしまうし、角度が浅過ぎては宇宙空間へ弾き飛ばされてしまうように、北朝鮮も開放を焦っては「体制崩壊や準備不足の統一」が起きて失敗するし、開放を怖がっていては結局は鎖国と敵対の政策に戻るしかない、つまり「成功するゾーンは狭い」わけです。

ですが、和平ムードがここまで来ると、この「狭いゾーン」を狙った政策を北朝鮮が打ってくることは考えられます。それは「限定的な交流、限定的な自由」という「管理された開放」というようなものになるでしょう。

つまり北の体制は維持するし、体制批判は取り締まる。だが、命を軽んずることはしない。韓国、中国、そして国際社会とのヒト・モノ・カネの流れは基本的に自由にする。ベトナム型の自由経済も徐々に入れる。北の住民は韓国を訪問できるが、それは「体制批判をしない」人に限られ、また南への転居は認めない。情報や文化の流入は統制する。そのような管理に韓国も協力する。そんな筋書きです。

仮にそのような筋書きができたとして、体制保証と経済自立のための援助スキームなどのパッケージと引き換えに、1年とか2年をかけて「核とICBMの放棄」を行う、そんな条件を韓国、中国、米国がのむ、そうしたシナリオも現実味を帯びてきました。

しかしそうなると、日本は外交孤立に陥るのではないか、そんな憶測が出ています。確かに、日本の場合は核・ミサイル・拉致の3つの問題で北朝鮮を批判し、制裁を続けてきたわけです。今回、その中で拉致問題だけが残ってしまうようだと、日本としては簡単には制裁を止めるわけには行きません。仮に日本だけが制裁を続けるような事態となれば、北朝鮮の平和攻勢に対して外交孤立に陥る可能性はあります。

これに対して安倍政権は様々な手を打っているようです。4月中旬に行われた日米首脳会談では、あらためて拉致問題が取り上げられましたし、今回、南北首脳会談を受けて行われた安倍=トランプの電話会談でも、トランプ大統領には、来るべき米朝首脳会談で、この問題を取り上げると述べさせたそうです。前後しますが、安倍総理は韓国の文在寅大統領との電話会談の際に、4月27日の南北首脳会談で拉致問題が取り上げられたというコメントを引き出しています。

手は打たれており、周囲の反応もあるという現状を踏まえて、実際に拉致問題そのものを前進させるにはどうしたら良いのでしょうか。被害者の親御さん達が高齢化する中で、これが最後のチャンスだという切羽詰まった声もあります。安倍政権の側で日朝交渉の可能性も模索されるなかで、何か打つ手はあるのでしょうか?



3つ考えてみたいと思います。

1つは、現在の北朝鮮の指導者世代は、拉致問題の当事者世代ではないということを認めることです。拉致という犯罪の深刻さを考えると、被害者を返してこない現在の指導層の世代も同罪に思われる、これは自然なことです。ですが、そこにこだわっては、それこそ北朝鮮が平和攻勢を仕掛けてきている現在の流れから孤立してしまいます。

2014年のストックホルム合意で「特別調査委員会」を設けておきながら、2016年には一方的に調査を中止したことで、現在の指導層世代への不信感があるのはよく分かります。ですが、反対にこの調査打ち切りという問題は、むしろ核問題をめぐる外交戦の中で起きたことだとすれば、先方も「調査委員会打切り」という事件を「水に流せる」可能性も出てくると思います。

2つ目は、南北合意で出てきた「離散家族の再会」、あるいは金正恩が口にしたという「故郷を失った人々へ希望を与える」というコメント、その対象に拉致被害者が入るという認識を確立することです。もちろん、拉致被害者は犯罪被害者ですから、原状回復は最優先で行われるべきです。ですから、こうした扱いはある種の譲歩になるわけですが、それでも「家族再会」という大きな枠の中で、解放なり再会が実現できればという判断はあると思います。

その場合は、以前から家族会の飯塚繁雄氏が取り組んでいたように、韓国の拉致被害者家族会との連携や離散家族問題の団体などと協調するのも効果的ではないでしょうか。

3つ目は、被害者本人の不安感を取り除く措置をしておくということです。例えば、現在までに、拉致の目的は「工作員に日本語を教えて偽の日本人を養成する」ためであったという可能性が濃厚とされています。ということは、拉致被害者は脅迫を受けながらではあっても、犯罪行為の幇助をさせられていたかもしれません。そうした場合、北朝鮮国外で、つまり日本と韓国で訴追されることはないという保証を事前に明確にしておくということは、北朝鮮政府にしても、拉致被害者にしても出国へのハードルを下げる効果があると思います。必要に応じて、韓国側との調整が必要ですが、それは可能ではないかと思います。

また、仮に日本人同士ではない、つまり拉致被害者と北朝鮮の住民の間に生まれた子供を伴って帰国する場合にも、日本国籍を保証し、同時にヘイトなどの差別から守るという保証をするのも必要でしょう。

いずれにしても、今回の米朝首脳会談へ向けて、拉致問題に関しても具体的な成果が得られるよう、実務的な調整が必要だと思います。

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